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16 白い嘘が許されなくても

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「ハハハハハッ!! ヒヒッ! ヒッ! ギャハハハハッ!!」


 認めはしない。
 でも、否定もしない。

 私は理性を手放した。
 兄に掴みかかろうとした私を、アルセニオが引き戻して抱きしめた。アルセニオは優しく私を宥め、頭や背中を撫でたりキスをしてくれた。

 体が、バラバラになってしまいそう。

 だけど、私にはアルセニオがいた。
 彼は奇跡だった。

 冷たい理性が痺れるように私の体を駆け抜けた。


「ふ、ふふ……」

「ソニア?」


 アルセニオが心配している。
 目配せをして正気を知らせ、私はそっとアルセニオを押し戻した。

 そして再び、狂った兄と向き合う。

 私はアレの妹だ。
 フロリアン伯爵家の名に懸けて、始末をつけなければならない。


「楽しい? 、勝った気でいるのね」

「んん?」


 その醜いニヤケ顔を、絶望に塗り変えてあげるわ。


「カルミネ、お兄様の子じゃないんですって」

「は?」

「スージーのほうが一枚上手だったみたいね。フロリアン伯爵家の血を娼婦で穢したかったそうだけれど、残念。ただ娼婦に遊ばれて、利用されただけよ。


 作り話だ。
 真実のみを口にすると誓ったけれど、この白い嘘が許されないなら喜んで罰を受ける。

 カルミネに罪はないのだから。
 私が守る。


「……ハッ。そうか。構わないさ。むしろいい! 次のフロリアン伯爵は貧民上がりか!」


 悪人って、しぶといわね。


「いいえ。フロリアン伯爵家はマックス・アーカート卿が継ぐのよ。お父様がそう取り決めてあった通りにね」

「馬鹿を言うな。顔も知らない他人が、私生児持ちのふしだらなお前を面倒見てくれるとでも思うか? お前はもう、息子のカルミネをフロリアン伯爵家の血を引く唯一の跡継ぎとして育て、しがみついて生きていくしかないんだよ!」

「いや、違う」


 アルセニオが私に並び、しゃがんで兄の顔を覗き込んだ。その手に掲げるランプが、アルセニオの顔をはっきりと兄に突き付ける。


「……バーヴァ伯爵……?」

「私を甘く見てもらっては困る。若くして爵位を継承した青二才とはいえ、貴殿と違い誇り高い貴族なんだ」

「そんな……ソニアとは、婚約を破棄したはず……」

「ああ。貴殿が寄こした〝賠償金〟とやらで、貴殿の罪を暴いた。欺くとはこうやるんだよ。私たちの愛は変わらない。貴殿ひとり、退場するだけだ。さらば」

「……この卑怯者ッ!!」


 また椅子ごと飛び跳ねた兄を無視し、アルセニオが私の肩を抱いて退こうとした。

 けれど近づきすぎていた。
 兄が、私のドレスの襞を掴んでいた。


「!」

「待て! 待ってくれ、ソニア! お前には私だけだ! たった一人の肉親を見棄てるのかッ!? 助けてくれ! お兄様だぞ!? 愛してるんだ! 愛してるよソ──」

「んんっ」


 私は渾身の力を込めて、椅子に繋がれたままの兄の手を蹴った。
 だって、アルセニオに肩を抱かれて手は出ないんだもの、仕方ないでしょう?


「ぐあっ!」


 くたばり遊ばせ、人でなし。

 忌々しい尋問は神父の手に戻った。
 私はアルセニオに伴われ、暗がりから、その罪を確かめ続けた。

 夜が明けるまで。
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