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8 私は困惑している
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「久しぶりだなぁ、マルグリットお嬢様。疲れた顔して。眉間から悪霊かなにか生まれてきそうだぜ」
「あなた……どうして、ここに……?」
「わっ、わたくしはっ、しっ、しらせて──」
「わかってるわ。落ち着きなさい、ポチョムキン」
私の数倍動揺している執事に、冷めた紅茶を促す。
「どっ、どうも……ガフッ」
「大丈夫かよ、爺さん」
私はエディを睨んだ。
いくら屈強な筋肉を隠すふくよかな身体つきとはいえ、ポチョムキンは老齢なのだ。余計な負担をかけるのは、本意ではない。
私は噎せるポチョムキンの背中を摩った。
「相変わらず仲良しコンビだな」
「お黙りなさい。ポチョムキンの言う通り、あなたには報せていないはずでしょう。なぜ来たの」
「だから、飛び入り」
傍まで来ると、エディは遠慮なく果物に手を伸ばした。
それはこちらもお腹がいっぱいだったので、勝手に摘まんでもらう。
エディが指を拭いて、エディの祖父であるポチョムキンが口を拭く間、私たちは同じ沈黙を共有した。
「そうだとしても、分別があればあなたは立候補しないはず」
「なんで?」
「なんでって……」
ポチョムキンが落ち着いたので、私は正面からエディを見あげた。
「私にとってあなたは、ほぼ兄よ」
「それだけ信頼されてるって事だよな。嬉しいぜ」
「……え?」
私としたことが。
疲労に困惑が重なって、頭の回転が鈍くなっている。
「俺を信用してない?」
「いいえ? 信用はしてる」
「だろ?」
「だからって、あなたは疑似的な兄であってお婿さん候補にはなり得ないわ」
「決めつけるなよ。相変わらず石頭だな。変わってない」
そう言って目を細め、エディが私の頬を親指と人差し指でみゅっと挟んだ。
「エェェェェディィィィイッ!?」
ポチョムキンが珍しく顔面蒼白になって、
「みゃうぇえ(やめて)」
私も私らしからぬ声で抵抗。
「はぁ。こんな不細工な瓶底眼鏡して。もっと洒落たやつにしろよ。美人なんだから」
「……」
このまま声を出してはいけないと察し、私は渾身の睨みを利かせた。
エディは、私が体の脇でわなわなと拳を震わせていてもまったく動じずに、頬をつまんでいるのとは反対の手で眼鏡を奪い去った。
「!」
……この男、死にたいの?
「めぇみゃい(見えない)」
「眼鏡を外していても安心できるお婿さんじゃないとな」
「……」
仕方ないので、エディの腹部に拳を打ち込む。
けれど、類稀なる優秀な筋肉を受け継いだエディには、まったく効果なし。
「頑丈だろ? まだお馬さんゴッコしてやれるぜ?」
「……」
腕力でも権力でも敵わないところが、この男の疑似兄たる所以。
おちょくられるし、立場上無礼ではあるのだけれど、私に息抜きをさせてくれるのはエディだけだったので、私が庇い続けた。そういう意味で、お互いに強い絆で結ばれているのは理解している。
理解はしているのだけれども。
「……!」
私はポチョムキンに目で命じた。
孫を退けて、と。
筋肉には筋肉。絶対、それに尽きる。経験則で確信している。
「エディ! 馬鹿者! やめないかっ! お嬢様からッ、はっ、離れ……うんぬっ!」
「爺さん。俺は本気だぜ」
同じ筋肉を備えていても、青年と老人。
そこはむしろ、同じ筋肉を備えているからこそ年齢で差が出るのだろうか。
「うぇいぃ(エディ)」
とにかく忌々しい指を退けて。
そんな私の憤怒をよそに、微笑んでいる気配が、降り注いでくる。
それがどこか懐かしくて、嬉しくて……
「──」
え?
「……」
「エディ!!」
ポチョムキンが吠えた。
私は一瞬の気の迷いから覚め、我に返った。
「あなた……どうして、ここに……?」
「わっ、わたくしはっ、しっ、しらせて──」
「わかってるわ。落ち着きなさい、ポチョムキン」
私の数倍動揺している執事に、冷めた紅茶を促す。
「どっ、どうも……ガフッ」
「大丈夫かよ、爺さん」
私はエディを睨んだ。
いくら屈強な筋肉を隠すふくよかな身体つきとはいえ、ポチョムキンは老齢なのだ。余計な負担をかけるのは、本意ではない。
私は噎せるポチョムキンの背中を摩った。
「相変わらず仲良しコンビだな」
「お黙りなさい。ポチョムキンの言う通り、あなたには報せていないはずでしょう。なぜ来たの」
「だから、飛び入り」
傍まで来ると、エディは遠慮なく果物に手を伸ばした。
それはこちらもお腹がいっぱいだったので、勝手に摘まんでもらう。
エディが指を拭いて、エディの祖父であるポチョムキンが口を拭く間、私たちは同じ沈黙を共有した。
「そうだとしても、分別があればあなたは立候補しないはず」
「なんで?」
「なんでって……」
ポチョムキンが落ち着いたので、私は正面からエディを見あげた。
「私にとってあなたは、ほぼ兄よ」
「それだけ信頼されてるって事だよな。嬉しいぜ」
「……え?」
私としたことが。
疲労に困惑が重なって、頭の回転が鈍くなっている。
「俺を信用してない?」
「いいえ? 信用はしてる」
「だろ?」
「だからって、あなたは疑似的な兄であってお婿さん候補にはなり得ないわ」
「決めつけるなよ。相変わらず石頭だな。変わってない」
そう言って目を細め、エディが私の頬を親指と人差し指でみゅっと挟んだ。
「エェェェェディィィィイッ!?」
ポチョムキンが珍しく顔面蒼白になって、
「みゃうぇえ(やめて)」
私も私らしからぬ声で抵抗。
「はぁ。こんな不細工な瓶底眼鏡して。もっと洒落たやつにしろよ。美人なんだから」
「……」
このまま声を出してはいけないと察し、私は渾身の睨みを利かせた。
エディは、私が体の脇でわなわなと拳を震わせていてもまったく動じずに、頬をつまんでいるのとは反対の手で眼鏡を奪い去った。
「!」
……この男、死にたいの?
「めぇみゃい(見えない)」
「眼鏡を外していても安心できるお婿さんじゃないとな」
「……」
仕方ないので、エディの腹部に拳を打ち込む。
けれど、類稀なる優秀な筋肉を受け継いだエディには、まったく効果なし。
「頑丈だろ? まだお馬さんゴッコしてやれるぜ?」
「……」
腕力でも権力でも敵わないところが、この男の疑似兄たる所以。
おちょくられるし、立場上無礼ではあるのだけれど、私に息抜きをさせてくれるのはエディだけだったので、私が庇い続けた。そういう意味で、お互いに強い絆で結ばれているのは理解している。
理解はしているのだけれども。
「……!」
私はポチョムキンに目で命じた。
孫を退けて、と。
筋肉には筋肉。絶対、それに尽きる。経験則で確信している。
「エディ! 馬鹿者! やめないかっ! お嬢様からッ、はっ、離れ……うんぬっ!」
「爺さん。俺は本気だぜ」
同じ筋肉を備えていても、青年と老人。
そこはむしろ、同じ筋肉を備えているからこそ年齢で差が出るのだろうか。
「うぇいぃ(エディ)」
とにかく忌々しい指を退けて。
そんな私の憤怒をよそに、微笑んでいる気配が、降り注いでくる。
それがどこか懐かしくて、嬉しくて……
「──」
え?
「……」
「エディ!!」
ポチョムキンが吠えた。
私は一瞬の気の迷いから覚め、我に返った。
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