上 下
8 / 13

8 泣いたアルヴィン卿

しおりを挟む
 妹以外そこにアルヴィン卿が潜んでいると承知の上だったのに、驚いた。
 それはもう猛威をふるう妹に釘付けになっていたものだから、ばっちり。

 母に至っては、たぶん忘れていて本気で驚いている。
 不整脈でも起こしそうなほど顔色が悪い。心配。


「エヴェリーナ!!」


 アルヴィン卿が涙ながらに妹の名を叫んだ。


「……」


 妹は、ポカンとしてる。
 あまりの事に完全に無になっている。

 たしかに、驚きの美貌だわ。
 黙っていれば、本当に奇跡の美貌なのに。


「君がそんな人間だとは思わなかったッ!!」


 アルヴィン卿は拳を震わせて、号泣。

 やってよかった。
 本心からそう実感した。

 私はふらふらとした感じを装って、椅子に座った。
 ディーンが泣いたアルヴィン卿に釘付けなまま、テーブルの上で私の手をそっと握った。


「なんて心の醜い人間なんだ! 君に心はあるのか!? こんなにあたたかなパーティーを開いてもらったのに、なぜそんな酷い事ばかり言えるんだ! 私には君がわからない! もうわからないよ!!」

「……」


 誰も口を挟めない。
 とりあえず母も座った。


「私をなんだと思っているんだ!? 君の魔法の杖かなにかか!? 違うッ!! 私はアルヴィン・クーパーだ!!」


 それはわかってる。
 大変。取り乱しているんだわ。


「アルヴィ──」

「私はッ!」

 
 口は挟めない。
 私は諦めてじっと観察する事に決めた。

 アルヴィン卿は拳を震わせて号泣しつつ、肩幅に足を開いて腰を据えて、妹に想いの丈をぶつけにかかる構えだ。


「君を愛していた!! だが君は……君はッ、その悪魔のような心を隠し、純真な令嬢を装っていた!! 私の愛したエヴェリーナは幻だ! 虚像だよ!! 君は私を騙したんだ!!」


 そうよ。
 いい感じ。

 ただ、滂沱の涙が……ちょっと心配。


「私の心は壊れてしまった!」


 ああ、壊れちゃったわ。


「君と結婚するなんてできない! 私には、君を愛する事ができないよ!!」

「アルヴィン様……」


 やっと妹が反応した。


「婚約は破棄させてもらう!!」

「……!」


 妹が覚醒。

 私たちの心は喝采をあげた。
 きっと、絶対、みんな同じ喜びを噛み締めている。絶対そう。

 妹が狼狽えている。そんな姿、初めて見る。


「アルヴィン様……これは、これは罠です!!」

「馬鹿を言うなッ!!」

「!」


 アルヴィン卿が吠えた。
 みんなびっくりした。


「みんな君を喜ばせるためにした事だ! 彼らは私の大切な友人だ! 君は友人を傷つけた!! 君は……サプライズの意味がわからない人だ。喜ばないなら仕方ない。だが喜ばないのと君の反応とでは桁が違う。君は……君はッ!」

「……」

 
 なに。
 なんて言うの。

 泣き喚くアルヴィン卿が次になにを言うか、凝視して待っちゃう。


「神にでもなったつもりか!!」


 なるほど。そっちね。


「貢ぎ物!? 君には愛が必要ないんだ。君が愛だと思っているものは崇拝だ! 崇拝は愛じゃないんだ!! そして神の愛も君には届かないッ!!」


 方向が謎。


「君は地獄の魔女だ!! 人を喰う魔女さ! 君と関わる人間は魂を喰らわれて、ボロボロになるまで碾臼ひきうすのように磨り潰されて精魂尽き果てて生きた屍になるだけだ!!」


 すごい。
 的確な場所に戻って来た。


「そして絶望のうちに死ぬ」


 言ったわ。
 素晴らしい着地。


「君と結婚したら私は死ぬ! 私の家族も領民も君の餌食にはさせない! これ以上君と同じ空気を吸うのも嫌だ! 穢れるッ!! 君との事を頭から消し去りたいよ! 君を忘れたい!!」

「アルヴィン様……っ」


 妹がうるうるし始めたけれど、涙の量からしてアルヴィン卿に完敗してるから歯が立たない。


「しっかりしてください……! 私を思い出して……っ!」

「黙れッ!!」


 アルヴィン卿は止まらない。


「君とは絶対結婚しないッ! 婚約は破棄だ!! さようならオーベリソン伯爵!」

「はっ、はい!」


 急にふられて父があたふた。
 妹が父を睨んだけれど、もう無駄。後戻りはできない。誰も。

 そしてアルヴィン卿は涙でぐちゃぐちゃな顔をディーンに向けて


「さらば友よ!」

 
 と叫んで、大股で退室するかに見せかけて戸口でふり返り、


「!」


 妹が嬉々と反応するものの、


「レディ・カルロッテと末永く幸せにッ!! 彼女は素晴らしい女性だァッ!!」


 とディーンに言い残してついに去った。


「…………」


 静寂だけが残された。
 私たちは恐らく、誰が口火を切るのか待っていたのだと思う。

 そして妹以外は喜びを顔に出さないよう、細心の注意を払って耐えていた。
 歓喜を。

 歓喜を!!

 私たちはついに勝利したのだ。
 エヴェリーナという碾臼に魔女に!


「どういう事?」


 妹が呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても

亜綺羅もも
恋愛
クリスティーナ・デロリアスは妹のエルリーン・デロリアスに辛い目に遭わされ続けてきた。 両親もエルリーンに同調し、クリスティーナをぞんざいな扱いをしてきた。 ある日、エルリーンの婚約者であるヴァンニール・ルズウェアーが大火傷を負い、醜い姿となってしまったらしく、エルリーンはその事実に彼を捨てることを決める。 代わりにクリスティーナを押し付ける形で婚約を無かったことにしようとする。 そしてクリスティーナとヴァンニールは出逢い、お互いに惹かれていくのであった。

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった

七瀬ゆゆ
恋愛
王宮で開催されている今宵の夜会は、この国の王太子であるアンデルセン・ヘリカルムと公爵令嬢であるシュワリナ・ルーデンベルグの結婚式の日取りが発表されるはずだった。 「シュワリナ!貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」 「ごきげんよう、アンデルセン様。挨拶もなく、急に何のお話でしょう?」 「言葉通りの意味だ。常に傲慢な態度な貴様にはわからぬか?」 どうやら、挨拶もせずに不躾で教養がなってないようですわね。という嫌味は伝わらなかったようだ。傲慢な態度と婚約破棄の意味を理解できないことに、なんの繋がりがあるのかもわからない。 --- シュワリナが王太子に婚約破棄をされ、王様と結婚することになるまでのおはなし。 小説家になろうにも投稿しています。

今、目の前で娘が婚約破棄されていますが、夫が盛大にブチ切れているようです

シアノ
恋愛
「アンナレーナ・エリアルト公爵令嬢、僕は君との婚約を破棄する!」  卒業パーティーで王太子ソルタンからそう告げられたのは──わたくしの娘!?  娘のアンナレーナはとてもいい子で、婚約破棄されるような非などないはずだ。  しかし、ソルタンの意味ありげな視線が、何故かわたくしに向けられていて……。  婚約破棄されている令嬢のお母様視点。  サクッと読める短編です。細かいことは気にしない人向け。  過激なざまぁ描写はありません。因果応報レベルです。

ざまぁを回避したい王子は婚約者を溺愛しています

宇水涼麻
恋愛
春の学生食堂で、可愛らしい女の子とその取り巻きたちは、一つのテーブルに向かった。 そこには、ファリアリス公爵令嬢がいた。 「ファリアリス様、ディック様との婚約を破棄してください!」 いきなりの横暴な要求に、ファリアリスは訝しみながらも、淑女として、可憐に凛々しく対応していく。

義妹に婚約者を寝取られた病弱令嬢、幼馴染の公爵様に溺愛される

つくも
恋愛
病弱な令嬢アリスは伯爵家の子息カルロスと婚約していた。 しかし、アリスが病弱な事を理由ににカルロスに婚約破棄され、義妹アリシアに寝取られてしまう。 途方に暮れていたアリスを救ったのは幼馴染である公爵様だった。二人は婚約する事に。 一方その頃、カルロスは義妹アリシアの我儘っぷりに辟易するようになっていた。 頭を抱えるカルロスはアリスの方がマシだったと嘆き、復縁を迫るが……。 これは病弱な令嬢アリスが幼馴染の公爵様と婚約し、幸せになるお話です。

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

【完結】私の妹を皆溺愛するけど、え? そんなに可愛いかしら?

かのん
恋愛
 わぁい!ホットランキング50位だぁ(●´∀`●)ありがとうごさいます!  私の妹は皆に溺愛される。そして私の物を全て奪っていく小悪魔だ。けれど私はいつもそんな妹を見つめながら思うのだ。  妹。そんなに可愛い?えぇ?本当に?  ゆるふわ設定です。それでもいいよ♪という優しい方は頭空っぽにしてお読みください。  全13話完結で、3月18日より毎日更新していきます。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。

処理中です...