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14 私の気持ち

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 咄嗟に口を覆った。


「ごめんなさい……!」


 私、なにを言ってるの?
 これでは謝罪にならないし、本当にジェルマンを庇う為に来たみたい。


「違うのよ、デュモン……私……」


 もう頭がぐちゃぐちゃで、わからない。

 最低だ。どうしてこんな時に混乱するの?
 とんでもなく不作法で、情けなくて、惨めで、恥ずかしくて、申し訳ない。


「……っ」


 顔を覆って泣いていると、彼がすぐ傍まで近づいて来て、戸枠に腕を掛けて、私を覆うように屈みこんだ。


「それで? 12年あの男がいない人生を積み重ねて、あなたは、今もまだ戻りたいんですか?」

「いいえ……」


 涙を拭って見あげる。
 あまりに間近にいたので、少し後ずさった。

 けれど。

 彼が扉を閉めて、私を扉と彼の間に、追い詰めた。


「……」


 言い知れぬ不安に、頭が真っ白になる。


「プリンセス」


 そう私を呼んで、彼は両肘を壁に突き立てる。
 天蓋のように彼は私に覆い被さっていた。私は無意識に洟をすすった。涙は感情と関係なく頬を伝って、私は息を震わせて瞬きを繰り返した。


「あなたは、軽率だ。どうして今夜、俺の部屋に来たんです?」

「……デュモン?」


 彼は私を追い詰め、覆い被さっていた。
 だけど、恐くはなかった。

 それでも、こんなに近くで見つめ合って沈黙を守る意味を、私は、勘違いであってほしいと願った。


「……」


 彼の眼差しは、鋭く、重く、冷たいようで、あたたかい。
 見つめていると、刹那、彼の瞳は傷ついたように煌めいた。それから目を細め、溜息を吐いて目を逸らした。

 緊張が解ける。


「悪い噂が立ったら、せっかくの求婚が台無しですよ」


 彼が離れていく。
 ほっとした。彼と、心が繋がったままだと感じられた。


「あの求婚が台無しになるなら、悪い噂もいいわね」

「そこが軽率だって言うんです。いいですか? プリンセス」


 デュモンが意地悪な顔をして、私の鼻先に人差し指を突き立てる。


「あなたには美貌と金がある。好きな男を選び放題だ。でも夫は釣り合う相手であるべきです。貴族ですよ。だからくだらない噂なんかひとつもあっちゃいけないんです。夜! 男の部屋に! 来るべきじゃない!」

「……」

「なにをキョトンとしているんです」

「え?」

「帰ってください。用事があるんです。思ったよりあいつが根性なしじゃあない事もわかりましたし、悪い奴でもない。マヌケでしょうがね。それにあなたの……」


 唐突に言葉を切って、彼は背を向けた。
 私の涙は止まっていた。なぜか頭がすっきりしていた。


「おやすみなさい、プリンセス」

「デュモン。あなた、私が結婚しても、お友達でいてくれる?」


 口をついて出た言葉を聞いてから、私は自分の気持ちを知った。
 彼の背中を見つめていると、大きく肩が揺れた。それから荒く息を吐いて、彼は拳を震わせて、深呼吸して、ゆっくり肩越しに振り向いた。


「あなた次第です」


 私の事を呪っているような声。
 

「俺の事は、すべて、あなた次第なんですよ」


 私は無言で先を促した。彼はもう一度こちらに体を向けると、じりじりと距離を詰めながら顎をピクピクさせて、静かに続けた。


「お友達がご希望なら、もちろん。噂をもみ消してほしいなら、お安い御用だ」

「……」

「12年経った。もうガキじゃないんですよ、あなたも、俺も。わかるでしょう。わかって言っているんでしょう? それで? どんな男も挑発したらいけないって事まで俺が教えたほうがいいですかね? プリンセス?」


 私は、


「おやすみ、デュモン」


 逃げ出した。
 
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