14 / 28
14 私の気持ち
しおりを挟む
咄嗟に口を覆った。
「ごめんなさい……!」
私、なにを言ってるの?
これでは謝罪にならないし、本当にジェルマンを庇う為に来たみたい。
「違うのよ、デュモン……私……」
もう頭がぐちゃぐちゃで、わからない。
最低だ。どうしてこんな時に混乱するの?
とんでもなく不作法で、情けなくて、惨めで、恥ずかしくて、申し訳ない。
「……っ」
顔を覆って泣いていると、彼がすぐ傍まで近づいて来て、戸枠に腕を掛けて、私を覆うように屈みこんだ。
「それで? 12年あの男がいない人生を積み重ねて、あなたは、今もまだ戻りたいんですか?」
「いいえ……」
涙を拭って見あげる。
あまりに間近にいたので、少し後ずさった。
けれど。
彼が扉を閉めて、私を扉と彼の間に、追い詰めた。
「……」
言い知れぬ不安に、頭が真っ白になる。
「プリンセス」
そう私を呼んで、彼は両肘を壁に突き立てる。
天蓋のように彼は私に覆い被さっていた。私は無意識に洟をすすった。涙は感情と関係なく頬を伝って、私は息を震わせて瞬きを繰り返した。
「あなたは、軽率だ。どうして今夜、俺の部屋に来たんです?」
「……デュモン?」
彼は私を追い詰め、覆い被さっていた。
だけど、恐くはなかった。
それでも、こんなに近くで見つめ合って沈黙を守る意味を、私は、勘違いであってほしいと願った。
「……」
彼の眼差しは、鋭く、重く、冷たいようで、あたたかい。
見つめていると、刹那、彼の瞳は傷ついたように煌めいた。それから目を細め、溜息を吐いて目を逸らした。
緊張が解ける。
「悪い噂が立ったら、せっかくの求婚が台無しですよ」
彼が離れていく。
ほっとした。彼と、心が繋がったままだと感じられた。
「あの求婚が台無しになるなら、悪い噂もいいわね」
「そこが軽率だって言うんです。いいですか? プリンセス」
デュモンが意地悪な顔をして、私の鼻先に人差し指を突き立てる。
「あなたには美貌と金がある。好きな男を選び放題だ。でも夫は釣り合う相手であるべきです。貴族ですよ。だからくだらない噂なんかひとつもあっちゃいけないんです。夜! 男の部屋に! 来るべきじゃない!」
「……」
「なにをキョトンとしているんです」
「え?」
「帰ってください。用事があるんです。思ったよりあいつが根性なしじゃあない事もわかりましたし、悪い奴でもない。マヌケでしょうがね。それにあなたの……」
唐突に言葉を切って、彼は背を向けた。
私の涙は止まっていた。なぜか頭がすっきりしていた。
「おやすみなさい、プリンセス」
「デュモン。あなた、私が結婚しても、お友達でいてくれる?」
口をついて出た言葉を聞いてから、私は自分の気持ちを知った。
彼の背中を見つめていると、大きく肩が揺れた。それから荒く息を吐いて、彼は拳を震わせて、深呼吸して、ゆっくり肩越しに振り向いた。
「あなた次第です」
私の事を呪っているような声。
「俺の事は、すべて、あなた次第なんですよ」
私は無言で先を促した。彼はもう一度こちらに体を向けると、じりじりと距離を詰めながら顎をピクピクさせて、静かに続けた。
「お友達がご希望なら、もちろん。噂をもみ消してほしいなら、お安い御用だ」
「……」
「12年経った。もうガキじゃないんですよ、あなたも、俺も。わかるでしょう。わかって言っているんでしょう? それで? どんな男も挑発したらいけないって事まで俺が教えたほうがいいですかね? プリンセス?」
私は、
「おやすみ、デュモン」
逃げ出した。
「ごめんなさい……!」
私、なにを言ってるの?
これでは謝罪にならないし、本当にジェルマンを庇う為に来たみたい。
「違うのよ、デュモン……私……」
もう頭がぐちゃぐちゃで、わからない。
最低だ。どうしてこんな時に混乱するの?
とんでもなく不作法で、情けなくて、惨めで、恥ずかしくて、申し訳ない。
「……っ」
顔を覆って泣いていると、彼がすぐ傍まで近づいて来て、戸枠に腕を掛けて、私を覆うように屈みこんだ。
「それで? 12年あの男がいない人生を積み重ねて、あなたは、今もまだ戻りたいんですか?」
「いいえ……」
涙を拭って見あげる。
あまりに間近にいたので、少し後ずさった。
けれど。
彼が扉を閉めて、私を扉と彼の間に、追い詰めた。
「……」
言い知れぬ不安に、頭が真っ白になる。
「プリンセス」
そう私を呼んで、彼は両肘を壁に突き立てる。
天蓋のように彼は私に覆い被さっていた。私は無意識に洟をすすった。涙は感情と関係なく頬を伝って、私は息を震わせて瞬きを繰り返した。
「あなたは、軽率だ。どうして今夜、俺の部屋に来たんです?」
「……デュモン?」
彼は私を追い詰め、覆い被さっていた。
だけど、恐くはなかった。
それでも、こんなに近くで見つめ合って沈黙を守る意味を、私は、勘違いであってほしいと願った。
「……」
彼の眼差しは、鋭く、重く、冷たいようで、あたたかい。
見つめていると、刹那、彼の瞳は傷ついたように煌めいた。それから目を細め、溜息を吐いて目を逸らした。
緊張が解ける。
「悪い噂が立ったら、せっかくの求婚が台無しですよ」
彼が離れていく。
ほっとした。彼と、心が繋がったままだと感じられた。
「あの求婚が台無しになるなら、悪い噂もいいわね」
「そこが軽率だって言うんです。いいですか? プリンセス」
デュモンが意地悪な顔をして、私の鼻先に人差し指を突き立てる。
「あなたには美貌と金がある。好きな男を選び放題だ。でも夫は釣り合う相手であるべきです。貴族ですよ。だからくだらない噂なんかひとつもあっちゃいけないんです。夜! 男の部屋に! 来るべきじゃない!」
「……」
「なにをキョトンとしているんです」
「え?」
「帰ってください。用事があるんです。思ったよりあいつが根性なしじゃあない事もわかりましたし、悪い奴でもない。マヌケでしょうがね。それにあなたの……」
唐突に言葉を切って、彼は背を向けた。
私の涙は止まっていた。なぜか頭がすっきりしていた。
「おやすみなさい、プリンセス」
「デュモン。あなた、私が結婚しても、お友達でいてくれる?」
口をついて出た言葉を聞いてから、私は自分の気持ちを知った。
彼の背中を見つめていると、大きく肩が揺れた。それから荒く息を吐いて、彼は拳を震わせて、深呼吸して、ゆっくり肩越しに振り向いた。
「あなた次第です」
私の事を呪っているような声。
「俺の事は、すべて、あなた次第なんですよ」
私は無言で先を促した。彼はもう一度こちらに体を向けると、じりじりと距離を詰めながら顎をピクピクさせて、静かに続けた。
「お友達がご希望なら、もちろん。噂をもみ消してほしいなら、お安い御用だ」
「……」
「12年経った。もうガキじゃないんですよ、あなたも、俺も。わかるでしょう。わかって言っているんでしょう? それで? どんな男も挑発したらいけないって事まで俺が教えたほうがいいですかね? プリンセス?」
私は、
「おやすみ、デュモン」
逃げ出した。
3
お気に入りに追加
870
あなたにおすすめの小説
転生令嬢だと打ち明けたら、婚約破棄されました。なので復讐しようと思います。
柚木ゆず
恋愛
前世の記憶と膨大な魔力を持つサーシャ・ミラノは、ある日婚約者である王太子ハルク・ニースに、全てを打ち明ける。
だが――。サーシャを待っていたのは、婚約破棄を始めとした手酷い裏切り。サーシャが持つ力を恐れたハルクは、サーシャから全てを奪って投獄してしまう。
信用していたのに……。
酷い……。
許せない……!。
サーシャの復讐が、今幕を開ける――。
婚約破棄されました。あとは知りません
天羽 尤
恋愛
聖ラクレット皇国は1000年の建国の時を迎えていた。
皇国はユーロ教という宗教を国教としており、ユーロ教は魔力含有量を特に秀でた者を巫女として、唯一神であるユーロの従者として大切に扱っていた。
聖ラクレット王国 第一子 クズレットは婚約発表の席でとんでもない事を告げたのだった。
「ラクレット王国 王太子 クズレットの名の下に 巫女:アコク レイン を国外追放とし、婚約を破棄する」
その時…
----------------------
初めての婚約破棄ざまぁものです。
---------------------------
お気に入り登録200突破ありがとうございます。
-------------------------------
【著作者:天羽尤】【無断転載禁止】【以下のサイトでのみ掲載を認めます。これ以外は無断転載です〔小説家になろう/カクヨム/アルファポリス/マグネット〕】
この婚約破棄は、神に誓いますの
編端みどり
恋愛
隣国のスーパーウーマン、エミリー様がいきなり婚約破棄された!
やばいやばい!!
エミリー様の扇子がっ!!
怒らせたらこの国終わるって!
なんとかお怒りを鎮めたいモブ令嬢視点でお送りします。
【 完結 】「平民上がりの庶子」と言っただなんて誰が言ったんですか?悪い冗談はやめて下さい!
しずもり
恋愛
ここはチェン王国の貴族子息子女が通う王立学園の食堂だ。確かにこの時期は夜会や学園行事など無い。でもだからってこの国の第二王子が側近候補たちと男爵令嬢を右腕にぶら下げていきなり婚約破棄を宣言しちゃいますか。そうですか。
お昼休憩って案外と短いのですけど、私、まだお昼食べていませんのよ?
突然、婚約破棄を宣言されたのはチェン王国第二王子ヴィンセントの婚約者マリア・べルージュ公爵令嬢だ。彼女はいつも一緒に行動をしているカミラ・ワトソン伯爵令嬢、グレイシー・テネート子爵令嬢、エリザベス・トルーヤ伯爵令嬢たちと昼食を取る為食堂の席に座った所だった。
そこへ現れたのが側近候補と男爵令嬢を連れた第二王子ヴィンセントでマリアを見つけるなり書類のような物をテーブルに叩きつけたのだった。
よくある婚約破棄モノになりますが「ざまぁ」は微ざまぁ程度です。
*なんちゃって異世界モノの緩い設定です。
*登場人物の言葉遣い等(特に心の中での言葉)は現代風になっている事が多いです。
*ざまぁ、は微ざまぁ、になるかなぁ?ぐらいの要素しかありません。
私が根性を叩き直してやります!
真理亜
恋愛
一つの国が一人の毒婦の手によって滅亡の危機を迎えていた。そんな状況の中、隣国から嫁いで来た王女は国を立て直すために奔走する。毒婦によって愚王になり果てた夫をハリセンで叩きながら。
「私は陛下の教育係ですから」
【完結】結婚式当日に婚約破棄されましたが、何か?
かのん
恋愛
結婚式当日。純白のドレスを身に纏ったスカーレットに届けられたのは婚約破棄の手紙。
どうするスカーレット。
これは婚約破棄されたスカーレットの物語。
ざまぁありません。ざまぁ希望の方は読まない方がいいと思います。
7話完結。毎日更新していきます。ゆるーく読んで下さい。
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!
しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる