12 / 20
12 ひとりぼっち
しおりを挟む
「なぜなの?」
枯れたような声を絞り出して、私は妹に尋ねた。
血の繋がった、同じような姿の、私の妹。
まったく知らない未知の人物であるかのようにさえ、思える。
彼女のすべてが、私にはもうわからなかった。
憎む事さえ、難しいほどに。
あなたは誰なのと……問いたいほどに。
マーシアが私を睨んだ。
涙を流して、憎しみを込めて。
「なぜ!? 私より頭がいいんだから自分で考えなさいよ!!」
「……」
モーリスが視線で逮捕を命じる。
軍人が妹を後手に縛り上げる様を見ていたら、酷い焦燥感が胸を破った。一瞬前まで妹の事を悪い夢か幻みたいに、存在まで疑ったくらいなのに。
それでも、マーシアは私の妹なのだった。
気づくと私はモーリスの後ろに立ち、彼の肘を掴んで震えて見あげた。
「お願い。酷い事はしないで」
次の瞬間、妹が首を巡らせて私を罵った。
「私を罪人にしたのはあなたよ!」
「!?」
私は初めて恐れを感じた。
彼女は狂っているのではない。正気で言っている。わかっている。
あれが妹。
「たった1年早く生まれただけで、あなたは愛されて、褒められて、世の中からも持て囃されて、聖人ぶって……だから私は愛されなかった! あなたが善い子で、私があなたじゃないから!! あなたが生きている限り、私の見える場所で息をしている限り、私の人生は塵屑なのよ!!」
「……」
妹は、命の尊さを知らない。
私の命も、妹の命も、等しく尊いという事が、わからないのだ。
「無実の妹を処刑して最後は地獄に落ちたらいいわ!! 戦場で汚れた天使さん!! きゃははははッ!!」
「少なくとも──」
モーリスが、彼の腕にすがる私の手にその手を被せ、割って入った。
「無実ではない。あなたは実の姉を手に掛けようとした。そう自供した」
「はあっ!?」
「悔い改めるのも、呪いの言葉を吐き続けるのもあなたの自由だ。独房でじっくり考えてみるといい」
「え……」
「時間はたっぷりある」
「……」
蒼白い顔でしばらくモーリスを見つめ、それから弾かれたように私を見つめた。
驚いたような、恐れるような、それでいて呆けたような顔をして、その心の内でなにを考えているかわからない。妹は妹で、私を、初めて存在に気づいた未知の人物であるかのような目をしている。
私たちは、互いにひとりぼっちの姉妹だった。
ずっと。
「……」
やがて妹は、片方の口角だけをあげて、不適な笑みを浮かべた。
邪悪な表情から、私は目を逸らした。
その時。
唯一の出入り口を塞いでいたメイドの背後で、勢いよく扉が開いた。するとそこにティエリーが現れて、右手で中年のメイドの首を羽交い絞めにしつつ、左手に書類を握り締め叫んだ。
「証拠を掴みましたよ! ソーンダイク伯爵夫人を〈ニザルデルンの天使〉に仕立て上げて軍部の情報を盗み敵国に売る計画が確かにありました!!」
「私は知らないったら!!」
妹が泣いて叫び返した。
「あんたが馬鹿すぎて保留にしてたの!!」
ティエリーに首を羽交い絞めにされているメイドが憎々しげに叫びを被せた。
あ、なるほど。たしかに訛ってる。外国人かもしれない。
私を悪用しようとする輩なら、私が返り討ちにできる。
でも、妹では、持ち上げられて言い包められて利用されて、計画がとん挫すれば捨てられるだろう。
そんな事よりなにより、ティエリーの変装だと思い込んでいたメイドがティエリーではなかった事がいちばんの驚きだわ。
驚いて、少なからず傷ついた事さえ一瞬、忘れてしまった。
妹には縄を持つひとりの軍人だけが留まり、あとはティエリーに加勢する。
私はモーリスの袖を揺すってつい零した。
「私、扉の彼女がティエリーだと思ってた」
「私もだ」
「えっ?」
「秘密の協力者がいるとは聞いていたが、それが恋人だと言うので、実在しないと思い込んでいた」
「恋人? 彼女が?」
「もしそうなら名前はクロエだ」
「クロエ……」
そんな事を囁きあっていた私たちは取り残されて、当のティエリーに大声で呼ばれる始末。思いがけず本当の陰謀も挫き、新たな逮捕者を連れて、ソーンダイク伯爵家を後にした。
馬車に乗る間際、振り返りその姿を仰ぎ見る。
私が嫁ぐはずだった、立派な屋敷。
それが今では、とても虚しく、寂れて映った。
枯れたような声を絞り出して、私は妹に尋ねた。
血の繋がった、同じような姿の、私の妹。
まったく知らない未知の人物であるかのようにさえ、思える。
彼女のすべてが、私にはもうわからなかった。
憎む事さえ、難しいほどに。
あなたは誰なのと……問いたいほどに。
マーシアが私を睨んだ。
涙を流して、憎しみを込めて。
「なぜ!? 私より頭がいいんだから自分で考えなさいよ!!」
「……」
モーリスが視線で逮捕を命じる。
軍人が妹を後手に縛り上げる様を見ていたら、酷い焦燥感が胸を破った。一瞬前まで妹の事を悪い夢か幻みたいに、存在まで疑ったくらいなのに。
それでも、マーシアは私の妹なのだった。
気づくと私はモーリスの後ろに立ち、彼の肘を掴んで震えて見あげた。
「お願い。酷い事はしないで」
次の瞬間、妹が首を巡らせて私を罵った。
「私を罪人にしたのはあなたよ!」
「!?」
私は初めて恐れを感じた。
彼女は狂っているのではない。正気で言っている。わかっている。
あれが妹。
「たった1年早く生まれただけで、あなたは愛されて、褒められて、世の中からも持て囃されて、聖人ぶって……だから私は愛されなかった! あなたが善い子で、私があなたじゃないから!! あなたが生きている限り、私の見える場所で息をしている限り、私の人生は塵屑なのよ!!」
「……」
妹は、命の尊さを知らない。
私の命も、妹の命も、等しく尊いという事が、わからないのだ。
「無実の妹を処刑して最後は地獄に落ちたらいいわ!! 戦場で汚れた天使さん!! きゃははははッ!!」
「少なくとも──」
モーリスが、彼の腕にすがる私の手にその手を被せ、割って入った。
「無実ではない。あなたは実の姉を手に掛けようとした。そう自供した」
「はあっ!?」
「悔い改めるのも、呪いの言葉を吐き続けるのもあなたの自由だ。独房でじっくり考えてみるといい」
「え……」
「時間はたっぷりある」
「……」
蒼白い顔でしばらくモーリスを見つめ、それから弾かれたように私を見つめた。
驚いたような、恐れるような、それでいて呆けたような顔をして、その心の内でなにを考えているかわからない。妹は妹で、私を、初めて存在に気づいた未知の人物であるかのような目をしている。
私たちは、互いにひとりぼっちの姉妹だった。
ずっと。
「……」
やがて妹は、片方の口角だけをあげて、不適な笑みを浮かべた。
邪悪な表情から、私は目を逸らした。
その時。
唯一の出入り口を塞いでいたメイドの背後で、勢いよく扉が開いた。するとそこにティエリーが現れて、右手で中年のメイドの首を羽交い絞めにしつつ、左手に書類を握り締め叫んだ。
「証拠を掴みましたよ! ソーンダイク伯爵夫人を〈ニザルデルンの天使〉に仕立て上げて軍部の情報を盗み敵国に売る計画が確かにありました!!」
「私は知らないったら!!」
妹が泣いて叫び返した。
「あんたが馬鹿すぎて保留にしてたの!!」
ティエリーに首を羽交い絞めにされているメイドが憎々しげに叫びを被せた。
あ、なるほど。たしかに訛ってる。外国人かもしれない。
私を悪用しようとする輩なら、私が返り討ちにできる。
でも、妹では、持ち上げられて言い包められて利用されて、計画がとん挫すれば捨てられるだろう。
そんな事よりなにより、ティエリーの変装だと思い込んでいたメイドがティエリーではなかった事がいちばんの驚きだわ。
驚いて、少なからず傷ついた事さえ一瞬、忘れてしまった。
妹には縄を持つひとりの軍人だけが留まり、あとはティエリーに加勢する。
私はモーリスの袖を揺すってつい零した。
「私、扉の彼女がティエリーだと思ってた」
「私もだ」
「えっ?」
「秘密の協力者がいるとは聞いていたが、それが恋人だと言うので、実在しないと思い込んでいた」
「恋人? 彼女が?」
「もしそうなら名前はクロエだ」
「クロエ……」
そんな事を囁きあっていた私たちは取り残されて、当のティエリーに大声で呼ばれる始末。思いがけず本当の陰謀も挫き、新たな逮捕者を連れて、ソーンダイク伯爵家を後にした。
馬車に乗る間際、振り返りその姿を仰ぎ見る。
私が嫁ぐはずだった、立派な屋敷。
それが今では、とても虚しく、寂れて映った。
8
お気に入りに追加
1,679
あなたにおすすめの小説
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。
仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。
彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。
しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる……
そんなところから始まるお話。
フィクションです。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした
水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」
子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。
彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。
彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。
こんなこと、許されることではない。
そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。
完全に、シルビアの味方なのだ。
しかも……。
「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」
私はお父様から追放を宣言された。
必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。
「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」
お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。
その目は、娘を見る目ではなかった。
「惨めね、お姉さま……」
シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。
そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。
途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。
一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる