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5 見果てぬ夢を掴む手

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 それから数日後の夜。
 私は父と共に博士の屋敷に招かれ、食卓を囲んでいた。


「以前からゆっくりお話を伺いたいと思っていたのですよ。この素晴らしい学術都市を管理しながら、アデライン大学の理事を務めているローガン伯爵の、その方針や計画など。ぜひ学ばせて頂きたい」

「身に余る光栄です」

「やめてください。ラモーナにもお願いしましたが、ここではただの博士です」


 知的で少し冷淡に見える面立ちの博士は、実のところ、表情豊かであたたかな心を持つ人物だった。その優しさが目に現れている。


「ラモーナのおかげで、こうしてお近づきになれた」

「娘がお世話になっております」

「教会へはもう長く行ってないのです。ラモーナを見習わなくては」

「お忙しいのですもの」


 特に気後れする事もなく、会話に混ざる。
 父と博士のあたたかな眼差しを受け、微笑みで応えた。ただ、差し出がましい意見などを言うつもりはない。ふたりの会話を聞いているだけで楽しいし、安らぎも感じていた。


「忙しさにかまけてはいけないと反省しましたよ。そうだ。それで、少し用意してあるものがあるので、食事のあとご覧ください」


 博士が巧みに話題を変えたので、私たちは期待を胸に夕食を済ませた。
 図書室に案内された私と父は、机に置かれた木箱を囲み、覗き込んだ。


「ラモーナ。開けて」


 博士に促され、木箱を開ける。


「……」


 見た事もない、道具だった。
 よく見るとそれは、望遠鏡に円の六分の一ほどの扇形の枠がついていて、目盛で調節するような造りをしている。

 ふいに、以前読んだ本の記述が蘇った。

 
「六分儀……!?」

「おお、ご存知でしたか!」


 私は弾かれたように博士を見あげた。
 博士は嬉しそうな笑顔で、思いがけない事を言った。


「教会に寄贈します」

「……え?」

「望遠鏡のひとつ先があると思えば、意欲はより高まる」

「でも……」


 六分儀は海上で星を頼りに船舶の現在地を知るためのものだ。
 アデラインはもちろんの事、ローガン領そのものが、ほぼ平地に囲まれている。水平線を映して用いる六分儀を使うような機会はない。

 それに孤児たちには、流れ流れて港町に行きつくくらいの事でなければ、海を見る機会さえない。叶わない夢。星のように届かない夢だ。

 第一こんなに良いものを、孤児のためになんて。


「それは尤もだ」

「?」


 戸惑いが顔に現れていたのか、博士がそう請合う。


「ラモーナ。実は貴族以外の子女たちのために学校を建てる」

「!?」


 博士の言葉に父を振り仰ぐと、小さく頷いた。


「優秀な者には奨学金を与えて、大学で学ばせるんだよ。世界は広い。陸地での小競り合いや、貴族同士の因縁はもう時代遅れだ。これからは海を越えた交易が盛んになるだろう。だからより身軽で優秀な者を多く育成し輩出する事は、必ず国の力になる。そしてそれはここアデラインから始まる。外敵の辿り着かないローガン伯領の、平和な学術都市でね」

「……」


 私は言葉を失い、冷たい六分儀に指先で触れた。
 これまでにない熱い想いが、胸の奥で、爆ぜた。
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