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5 妊婦の健やかな生活について

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 スカーレット・クィンラン子爵夫人は、間違いなく怯えていた。


「まあ~! また少し膨らんだんじゃありませんのぉっ!?」

「ジャニス様、ようこそ……」

「んばばばばばぁ~! ジャニチュよぉ~っ!!」

「……」


 可哀相なクィンラン子爵夫人。
 年の頃はジャニスより4つか5つ上くらい。知的な面立ちの貴婦人だ。ジャニスに膨らんだ腹部を撫でられ、腹部に話しかけられ、腹部にキスをされても、一点を見つめて浅い呼吸を繰り返し耐えている。

 
「ごきげんよう、スカーレット。私は──」

「ああもう! が紹介するまで待つのが普通でしょう!? なぁんて不作法なのっ!?」

「……」


 困惑……というより、子爵夫人の見開かれた目には若干の恐怖が見て取れた。
 ジャニスがつんと顎をあげる。


「スカーレット。ヴィクトリヤ・ブリノヴァ、リュシアン伯爵家の令嬢よ。弟と婚約したの。ぜひあなたの妊娠パワーを浴びせてあげて? うちの跡取りを産むのは、このヴィクトリヤなんだから」

「……」


 子爵夫人と見つめ合い、私が先に膝を折って頭を下げた。
 お詫びしたくて。

 
「よ、ようこそ、ヴィクトリヤ様。お会いできて光栄です」

「突然のご訪問、本当にごめんなさい。急に決まったものだから事前にお知らせもできなくて」

「いえいえっ、そんな」


 話し相手が私に変わると、ジャニスは我が家のように勝手に奥へと歩いて行った。


「ヴィクトリヤ? 妊婦をいつまでも立たせてるんじゃないわよ!」

「ヴィクトリヤ様!」

「!?」


 子爵夫人にしがみつかれた。


「お願いします。お助けください!」

「わかってるわ」

「上の子たちが恐がってしまって、もう限界なんです……!」

「そうよね、本当にその通りだと思うわ」


 私は子爵夫人の肩をぐっと掴み、決意の眼差しを向ける。


「今日のところは私が誤魔化しておくから、どうぞ子供たちを慰めてあげて」

「ありがとうございます!」

「……ところで、ひとつ教えて欲しいのだけど」

「はい」

「何人いらっしゃるの? その、まだお若いわよね」

「8人です。今9人目がここにいます」


 そう言うと、子爵夫人は嬉しそうに目を細めて笑い、腹部を撫でた。
 
 ああ……エクトル伯爵。
 この笑顔を守らなくてはいけないわ。

 
「ごきげんよう、スカーレット。本当におめでとう」


 まあ私はジャニスにジャニられたけれど、苦行よりはるかに価値のあるものを守れるなら、尊い犠牲だ。
 
 それに、只では済まさない。
 いい加減、私の義姉になる人には現実を受け止めてもらわなくては。

 もの言えぬ奥ゆかしい貴婦人ではなく、この私が義妹になるという事を。


「ジャニス。今日で妊婦訪問はおしまいだって、御父上から聞いてない?」

「え!?」

「もう充分だから、あなたから私に引き継ぐんですって。それであなたは、最上級の花嫁修業に専念なさるって聞いたけど」

「ええ!? そうなの!?」


 嘘だ。
 但し、実現可能な嘘だ。

 エクトル伯爵とウスターシュを説き伏せ、私は子爵夫人解放運動を成し遂げた。
 ジャニスはまともな〝あたくし〟の発音から学び直すべきだ。
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