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 そこで国王陛下に促されて、席についた。

 国王陛下に。
 話しかけられた。


「……」


 お母様! 
 お母様たいへんっ!!

 それにしても、この卵って私が食べているあの卵と同じ卵だろうか。
 

「神よ、日々の糧を感謝します」


 国王陛下の口から出るとしても、お祈りは同じ……


「国を守り、栄光を示し賜わん事を」


 じゃなかった。
 
 神様。
 私は栄光は要らないですから、平安を──


「さっ、シエラ! 食べてちょうだい! 足りなかったら遠慮なく言ってね!」

「……はぃ」


 王女フェリシダード様に平安を、ぜひ、お願いします。


「ファニタは小柄なのにけっこう食べる人だったわね」

「ええ、そうね、お母様……っ!」

「泣いてないで、食べなさい」

「ええっ、そうよね……っ、シエラに会えたんだもの……今日は素晴らしい日だわ!!」


 王妃と王女様が、私の亡き母を偲んでいる。

 私は卵を触っている。
 喜びと困惑で、胸がいっぱいだ。息も忘れるくらい。


「割れるかい?」


 また国王陛下が!
 お声をかけられた!!


「はっ、はいっ、大丈夫です。わわわ割れます」

「指の怪我はどうなんだ?」


 殿下ぁッ!


「えっ!? 指の怪我!? それはいったいなんなんですお兄様ッ!?」


 余計な事を言っちゃダメです!!


「昨日、牢獄で指先を切った」

「まあっ、なんて事!」


 言っちゃったんですね……


「それで私はピンタードとどちらがシエラにパンを食べさせるか争った。そして勝った」

「許さないわ。殺すわ」


 フェリシダード様よ、鎮まりたまえ!
 鎮まりたまえっ!!


「継母」

「!」


 そっちかぁ……!
 それじゃあ本気かもしれないなぁ……


「あと、元婚約者」

「……」

「いい加減にしないか。食事中だぞ、フェリシダード」


 国王陛下は人の父親としても頼りになる。
 さすが、殿下を越える強面なだけある。


「それにしても、ファニタが宮廷を去ってもうそんなに経つのか。時の流れは速いものだ。だがあの頃の事はよく覚えている。皆、心を傷めた」

「ええ。本当に、男は忌々しい愚か者ばかりですわ」


 国王陛下、なぜ、再びフェリシダード様に火を点けたのですか。
 なぜ……


「ファニタ。心優しく誠実な、世界一の乳母だったというのに……最初の夫は宮廷で忙しい妻を疎い愛人を囲った上、息子が王女の婿になれないとわかると離婚を叩きつけ去った。しかも、跡取りは必要だと言って、息子を連れて」

「酷い男。あの時のファニタ、本当に悲しそうだった。私は5才だったけど、ただ膝に乗って抱きしめる事しかできなかったわ。正確には、抱きしめられる事しか」

「お前も人並みに小さかったな。……そして次の夫は、妻の忘れ形見である大切な一人娘が有事の際に旅にかまけて不在とは」

「私たちからファニタを奪った忌々しいサルバドール」


 お父様。
 王女様は、今にもナイフを折りそうです。指で。


「だが、夫には恵まれなかったが、娘に恵まれた。ファニタがあの男と結婚して幸せだったという事は、あなたを見ればわかる。シエラ、よく来てくれた。心から歓迎するよ」

「……陛下……」


 返さないわけにはいかない。
 返さないわけにはいかない!

 だけどなにも言葉が出てこない!!


「なにも言わなくて結構ですよ、シエラ」


 王妃様ぁ!


「エミリオがあなたを連れて帰ったと聞いて、私たちも言葉を失いました。喜びと、そして同時に、もうファニタとこの世では会えないという……事実を……っ、改めて思い出して……ッ!」

「お母様……ッ!!」


 乳母は重要な役目だけれど、こんなにも愛されていたなんて。
 私も、久しぶりに母を思って、胸が熱くな──


「でも、これからの私たちにはシエラがいます。お母様」

「ええ、そうね」


 え?


「わ、私、お乳は出ません……!」


 ああっ!
 咄嗟の事とはいえ、言わなくてもいい事を言ってしまった!


王家うちに乳児はいない」

「……っ」

 
 そうですよね、陛下。
 それはもちろんわかっているのですけれども、陛下。


「ではっ、なぜ……でしょう……ッ!?」


 私は濡れ衣で投獄されていたところを、幸運にも殿下に発見してもらって、助けてもらった。そこまではわかる。

 今ドレスを着て王家の食卓で卵の殻を剥こうとしている私が歓迎されているのがなぜなのか、全然わからない。


「シエラ、乳母ではなく私の妻になってほしい」

「──」


 でん、か?

 いま、なん、て?


「乳母は、選ぶ番だな」

「……ふぇ?」


 生まれて初めて、卵を握りつぶした。
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