上 下
4 / 14

4 ひなどりモドキ

しおりを挟む
「はっ!」


 目が覚めた!
 
 
「あら。やっぱりそうなのね。ファニタも寝付きと寝起きがとってもよかったから、そうじゃないかと思ったわ」

「……」


 母の友人らしき侍女の人が、にっこり笑っている。
 私は自分のものではない寝間着姿で、きちんとベッドの上にいた。体を起こす。見渡すと、運び込まれたあの部屋だった。


「あ、ありがとうございます。私」

「ああん、シエラ。いいのよ。殿下に聞いたわ。大変な目に遭ったんですってね。ちょっと待って。殿下に、あなたが目覚めた事をお伝えするから」

「え……っと」


 強面の殿下。
 助けてもらった直後に眠ってしまって、会わせる顔がないのだけど……


「パンのかごを持ってソワソワ徘徊してるのよ。まるで雛の面倒を見る親鳥ね」

「……」


 え、意外。

 母の友人らしき侍女の人が、伸びあがって力強く手を叩いた。


「起きたわ! 殿下にお伝えして!!」

「はい! マダム・ピンタード! 只今!!」

「……」


 マダム・ピンタード。
 ピンタード伯爵夫人だ。

 という事は、王妃様の侍女のピンタード伯爵夫人。


「わわわ……っ」

「あら、どうしたの?」


 私なんかに手間を取らせていい相手ではない!


「すっ、すみません! 私、つっ、疲れが酷くてつい」

「あらやだ、ちょっと。そんな急に動かないで。ああん、いいのいいのいいの。シエラ。みんなあなたに会えて嬉しいのよ。そしてみんなあなたを虐めたアレハンドリナって女を切り刻んで煮込んで磨り潰して井戸の底に投げ捨ててやりたいって息巻いてるわ」

「!」


 目が本気!
 目が本気!!


「だ・か・ら」


 鼻をチョンと突っつかれる。


「安心して、ゆっくり休んでちょうだい」

「は──」

「気分はどうだ、シエラ」

「!」


 殿下が入ってきた。
 そして、本当にパンのかごを携えていた。


「まあ、殿下。本当にすぐ近くにいらっしゃったんですね」


 母の友人で王妃様の侍女のピンタード伯爵夫人は、殿下に向かってホホホと笑った。
 
 それにしても、体の大きな殿下が普通のパンのかごを両手で持っている様子が、言葉にできないほど衝撃的で目が逸らせない。


「ああ。さあ、シエラ。いくらでも食べなさい」

「寝起きですよ、殿下」


 きゅぅぅぅぅぅぅぅん


「!」


 ああ!
 お腹が鳴ってしまった!!


「空腹なはずだ」

「でも殿下。シエラは指先にちょっとした傷ができてしまっているのでパンを千切るのは難儀ですわ。私が」


 たしかに、それは本当だった。
 牢の中で鉄格子を触ったり石の壁や床を触っている間にひっかけたのだ。


「ふむ。それには及ばない」

「いえ、殿下。私が」

「いや、それには及ばないっ」

「殿下!」


 ふたりはかごを取り合っている。
 私は身繕いをして、ベッドを下り、静かに長椅子に移った。

 
「シエラ!」


 すかさず、かごを持った直後の殿下が横に座った。


「ああんっ。負けた!」

「さあ、シエラ。……ん? 大きく口を開けてみなさい。ああ、なるほど、このくらいか……」


 殿下が、太くて長い指で私の一口サイズにパンを裂く。


「……」


 困・惑。


「はぁん。見れば見るほど似てるわぁ」

「ふしぎな気持ちだ。ファニタに似ているが、そうではない」


 殿下のような高貴な方にこんな事をしてもらってはいけないのだけれど……
 かといって、パンが来ちゃうから、断るのも無礼だし……

 口を開けて、パンを、頂きました。


「うまいか? シエラ」

「ふぁい」

「焦っちゃ駄目よ。さ、ミルクを」

「ふむ。ミルクだ」

「……」

 
 私もすごく、ふしぎな気持ち。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても

亜綺羅もも
恋愛
クリスティーナ・デロリアスは妹のエルリーン・デロリアスに辛い目に遭わされ続けてきた。 両親もエルリーンに同調し、クリスティーナをぞんざいな扱いをしてきた。 ある日、エルリーンの婚約者であるヴァンニール・ルズウェアーが大火傷を負い、醜い姿となってしまったらしく、エルリーンはその事実に彼を捨てることを決める。 代わりにクリスティーナを押し付ける形で婚約を無かったことにしようとする。 そしてクリスティーナとヴァンニールは出逢い、お互いに惹かれていくのであった。

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。 そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。 しかしその婚約は、すぐに破談となる。 ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。 メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。 ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。 その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。

悪役令嬢扱いの私、その後嫁いだ英雄様がかなりの熱血漢でなんだか幸せになれました。

下菊みこと
恋愛
落ち込んでたところに熱血漢を投入されたお話。 主人公は性に奔放な聖女にお説教をしていたら、弟と婚約者に断罪され婚約破棄までされた。落ち込んでた主人公にも縁談が来る。お相手は考えていた数倍は熱血漢な英雄様だった。 小説家になろう様でも投稿しています。

三度目の結婚ですが、ようやく幸せな家族を手に入れました。

石河 翠
恋愛
石女として離婚され、実家に出戻ったナンシー。しかし彼女は再び、とある侯爵家の後妻として嫁ぐことになる。 女遊びで屋敷に寄り付かない夫の代わりに、夫の弟ボニフェースが頻繁に屋敷にやってくる。義理の娘もまた叔父である彼によく懐いていた。 そんなある日ナンシーは継子と喧嘩をしてしまう。落ち込むナンシーにボニフェースは、最初からうまくいく母親なんていないと励ます。いつしか、書類上の夫ではなく、ボニフェースとクララとともに家族になりたいと願うように。 ところがナンシーたちのもとに、クララの実の父親が浮気女連れで押しかけてきて……。 幸せになることを諦めていたヒロインと、彼女のことを幸せにしたい一途なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:29595725)をお借りしております。

処理中です...