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14 獄中の父親

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「姫ってなんなの……」


 平穏な日々が戻り、教皇庁関連のニュースも意識的に耳に入れないようにして過ごしている。あとはフレイヤがお産で正気を取り戻し、テューネが帰ってくれば、完璧。


「姫って……」


 頭を抱えて呻る姿なんて、パールに見せられない。
 好奇心がむくむくと胸の内で育つままに、日々は過ぎていった。

 そして……


「あ。テューネ」


 牛の女神、我が家のミルクメイドが帰ってきた。
 パルムクランツ伯爵家の馬車から降り立ったテューネは、ほんの数ヶ月だというのに貫禄が増していた。大変な仕事を終え、大人の階段を上ったのだ。

 私の顔を見つけ、満面の笑みを向けた。
 そして荷物を振り回しながら走って来た。美しい赤毛が靡く。

 大迫力……。


「奥様!」

「おかえりなさい、テューネ。立派な働きだった。誇りに思うわ」

「やっと奥様のために乳しぼりができます! バターを作りたいです!」

「あなたのバターは絶品よ。さあ、懐かしい顔に会ってきて」

「はい、奥様!」


 牛の女神が駆けていく。
 ドドドドドッ、って。

 続いてパルムクランツ伯爵家の馬車からは、パルムクランツ伯爵令嬢オリガ・ハリアンが降り立った。

 姫が……。

 相変わらず聡明で美しく、今では高貴な血筋を隠そうともしない。風格を漂わせ、夫のパールよりも主のような顔付きで悠然と歩いてくる。
 そして、私の前で深く膝を折った。


「メランデル伯爵夫人、この度の事、なにからなにまで心より感謝しております」

「フレイヤはどう?」

「産後の肥立ちもよく、言動もまともになりました。あなたにお詫びしたいと言って泣き、会わせられる顔がないと言って泣いたので、あなたのほうも二度と顔を見たくないと思っていると伝えました」

「そうね。まあ、よかったわ」


 姫の動機は愛ではない。
 それはわかっていた事だ。

 予定通りオリガを応接室に案内し、夫と3人でフレイヤについて話し合った。結果、最初の申し出通り、私の故郷エーケダールの貿易を利用する事になった。


「新天地で新しい生活を始めたほうがいいでしょう。問題は、寡婦を保護してくれるであろう教会に妹君が近づきたがらないだろうという事ですね」

「牧場で働きたいと言っております。テューネに憧れているようです。教会育ちの孤児ですから身の回りの事はできますので、乳飲み子を抱えた余所者でもいいという雇い主がいれば……心当たりがあれば、どうか仲介してください。資金はいくらでも用立てます」


 フレイヤはオリガと違う。オリガの母親とも違う。
 実害は被ったけれど、フレイヤはフレイヤで気の毒な星の元に生まれてしまった人だ。苦しみしかない地を離れ、新しい人生を始める。以前は厄介払いしたいだけだったけれど、邪悪なパーナム本人を目の当たりにした今となっては……


「妹も、遠くへ行きたがっています」

「こどもの父親が死刑囚だなんて、さっさと忘れて、誰も知らない、誰にも知られていない土地で、やり直せるならそれに越した事はないですからね」

「伯爵も、いつ父親に仕立て上げられるか不安でいらっしゃいますでしょうし」


 夫と姫は、いつまで経ってもギスギスしている。
 

「こどもが生まれたらきちんと教育するから大丈夫よ」


 オリガは頷いて、唐突に手紙を取り出した。封のされていない封筒から四つ折りの紙を抜き出し、開き、こちら向きで卓上に置いて指で滑らせる。

 そこには信じられない、けれど納得せざるを得ない告白が記されていた。


《私の父親はイザヴルデン監獄にいます。19年前、革命によって廃されたバンデラ王国の第二王子サペルです。廃神派から神殿を守りぬいた王家の唯一の生き残りです。同盟関係にあった当時、アルメアン侯爵と数人の貴族は父の死を装い亡命させました。養父であるパルムクランツ伯爵もその一員でした。教皇庁は父を守るため、王族用の監獄で父を匿っています》


「信頼と感謝を込めて」


 読み終わった頃を見計らって、オリガが口角をあげた。
 声ではなく文字で打ち明けたのは、使用人たちに聞かせないためだ。人払いをしても、誰かが聞き耳を立てるかもしれない。
 
 私は……メランデル伯爵家は、姫の信頼に報いなければならない。

 夫が素早く紙を奪い、席を立って、いつかのように暖炉に放り込んだ。
 オリガの秘密が、赤々と燃える。


「フレイヤとこどもの人生がよいものになるように、尽力しますよ」


 事務的な声で申し出た夫の横顔は、これまでに見た事のない覚悟で、より素敵に見えた。
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