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3 白馬の騎士

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 一瞬、なにがなんだかわからなかった。
 でも次の瞬間には、凱旋パレードで讃えられる側の英雄に助けられたのだと理解できた。腹部に回る上等な軍服がそれをはっきりと物語っている。

 蹄の音がまばらに重なる。
 国の英雄の一団は、階段の上と下に分かれて馬をおり救助に当たっていた。
 私は上の広場でその様子を見おろしている。それは、馬の主が状況を確認したからだ。
 
 きちんとお礼を言わなきゃ。
 そう頭ではわかっているのに、まったく声が出なかった。


「大丈夫か?」

「……ぁ」


 話しかけられても、嗄れた声しか出ない。
 先に相手が馬から下りた。恐れ多くて顔を見れずにいると、脇腹を大きな手が挟んで軽々と地面に下ろされる。当たり前だけど、背の高い逞しい男性だ。

 別のひとりが駆け寄って来る。


「元帥殿!」

「!?」


 再び、頭が真っ白になった。
 私は驚いて顔をあげた。背の高い、この男性が、あの有名な元帥ジョザイア・カヴァデイルという事か。そんな事があるだろうか。雲の上の人だ。


「救援完了しました!」


 元帥は見るからに冷徹で、寡黙で、威厳に満ち溢れている。例の屋台に目をやった。


「もう少し内側まで押してやれ。腰を抜かしている」

「はっ!」


 命令通りになった。
 黙ってその様子を見ていた元帥が、こちらを向いた。


「怪我でも……」


 と言って、黙りこむ。
 もう充分だ。取り乱した心を整えるには充分な時間があった。けれど、あわや大惨事という事故を目の当たりにした事と、自分が階段から転落しそうになった事に加え、国王様の次に名高いあの元帥に助けられたという事実に、私の頭は機能を停止した。

 そして信じられない事は続いた。
 元帥が私の足元に片膝をついて、下から目を覗き込んで来たのだ。


「……っ!」


 いよいよ、そろそろまともに挨拶しないと、不敬罪になる。


「貴女は助かった。大丈夫だ」

「……はい」


 うそ。
 なによ、ハイって。


「あっ、ありがとうございまし……ったぁ!」

「あ」


 ドレスの襞を摘まんで、丁寧に膝を折って頭を下げたら、左の足首に激痛が走った。左に転びかけた私を、元帥が支える。


「申し訳ない」

「……?」


 元帥になんの責任もないのに謝られて、ますます状況がつかめない。


「国の行事だから、パレードに戻らなければならない。名前を教えてもらえないだろうか。医者を送る」

「そ、そんな……あの……ッ、大丈夫です」

「俺はジョザイア・カヴァデイル。君は?」


 訊ねられた。
 そうなると、答えなければ。


「タミー・アップショーです」

「タミー。君をあのベンチに運ぶ。そして馬車を呼ぶ。君は馬車に乗り、宿へ帰る。いいな?」

「はい」


 断るという選択肢はなかった。私だけでなく、元々ベンチに座っていた夫婦や、御者も。みんなだ。
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