上 下
1 / 12

1 令嬢の義務

しおりを挟む
「私より大きな女を妻と呼べるか! 鏡を見ろ、デブ!!」

「……」


 私は、言葉を失った。

 将軍である父と兄のメンツが丸潰れだ。
 軍功を買われての婚約だったのに、まさか、私が足を引っ張るなんて。


「この婚約はナシだ! まったく、大男みたいな大女を寄こしおって。なにを考えているんだカッセルズ」

「……申し訳ありません」

「帰れ!!」


 こうして私は公爵家を追い出され、帰路についた。
 帰りの馬車で、私は呆然としていた。

 悲しい?
 わからない。

 ただ、やはり、どうしても。
 父と兄に申し訳ない気持ちで一杯だった。

 私はそこらの男よりは背が高く、父と兄に可愛がられて男のように育った。
 ドレスより乗馬着のほうが好きだ。肉とパンで満腹になるのが好きだ。
 でも伯爵家の令嬢として、きちんと結婚しなければならない。

 しなければ、いけないのに……


「私、大きくて、太ってる……」


 このままでは伯爵令嬢としての務めも果たせず、老いていくだけだ。
 

「……!」


 私は一大決心をして社交界から姿を消した。

 かつて王宮に仕えて貴族たちの健康管理を担ったという老医師クロードを雇い、ダイエットに励んだ。食事管理と運動に加え、老医師クロードは私に1日4時間もダンスをさせた。最初は辛かった。だって食べられないから。


「肉うぅぅぅぅぅッ!!」


 と、泣き叫んだのは1回や2回じゃない。
 老医師クロードは私にハーブで味付けした鶏肉と野菜しか食べさせてくれなかったのだ。私が食べたい肉はそれじゃない。

 殺そうかと思った。

 でも、あるとき、私は自分が少し細くなっている事に気づいたのだ。
 それからは黙々と日課をこなし、ハーブ味の鶏肉を食べた。

 10キロ痩せたとき、牛肉とパンが解禁された。

 20キロ痩せたとき、焼き菓子が解禁された。

 そして30キロ痩せたとき、すべての料理が解禁された。
 でも私はもう、満腹になって寛ぎたいとは思わなくなっていた。


「……ダイエットは、魔法ね」


 鏡に映る自分の姿を、私は信じられない気持ちで眺めている。
 珍しさと、達成感と、歓喜。

 30キロ減量した私は、卵型の小さな顔に、切れ長の二重と細い鼻梁、陶器のような肌に、紅い唇。そして9頭身の体に映える長い手足と、形のいい乳房と腰。
 あとは昔とは変わらない、うねる長い黒髪と、紫の瞳。

 つまり、痩せたらすごく美人だった。

 父方は男ばかりで、母方の女はみんなふくよかだから、こんな姿を誰が想像できただろう。私だって毎日びっくりして鏡を二度見している。

 私は、公爵様から婚約を破棄された傷物令嬢。
 だけど、これなら充分、戦える。

 1年の空白を経て、私は社交界に舞い戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった

七瀬ゆゆ
恋愛
王宮で開催されている今宵の夜会は、この国の王太子であるアンデルセン・ヘリカルムと公爵令嬢であるシュワリナ・ルーデンベルグの結婚式の日取りが発表されるはずだった。 「シュワリナ!貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」 「ごきげんよう、アンデルセン様。挨拶もなく、急に何のお話でしょう?」 「言葉通りの意味だ。常に傲慢な態度な貴様にはわからぬか?」 どうやら、挨拶もせずに不躾で教養がなってないようですわね。という嫌味は伝わらなかったようだ。傲慢な態度と婚約破棄の意味を理解できないことに、なんの繋がりがあるのかもわからない。 --- シュワリナが王太子に婚約破棄をされ、王様と結婚することになるまでのおはなし。 小説家になろうにも投稿しています。

ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。

ねお
恋愛
 ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。  そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。  「そんなこと、私はしておりません!」  そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。  そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。  そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。

【完結】結婚式当日に婚約破棄されましたが、何か?

かのん
恋愛
 結婚式当日。純白のドレスを身に纏ったスカーレットに届けられたのは婚約破棄の手紙。  どうするスカーレット。  これは婚約破棄されたスカーレットの物語。  ざまぁありません。ざまぁ希望の方は読まない方がいいと思います。  7話完結。毎日更新していきます。ゆるーく読んで下さい。

災厄の婚約者と言われ続けて~幸運の女神は自覚なく、婚約破棄される~

キョウキョウ
恋愛
「お前が居ると、いつも不運に見舞われる」 婚約相手の王子から、何度もそう言われ続けてきた彼女。 そして、とうとう婚約破棄を言い渡されてしまう。 圧倒的な権力者を相手に、抗議することも出来ずに受け入れるしか無かった。 婚約破棄されてたことによって家からも追い出されて、王都から旅立つ。 他国を目指して森の中を馬車で走っていると、不運にも盗賊に襲われてしまう。 しかし、そこで彼女は運命の出会いを果たすことになった。

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

姫金魚乙女の溺愛生活 〜「君を愛することはない」と言ったイケメン腹黒冷酷公爵様がなぜか私を溺愛してきます。〜

水垣するめ
恋愛
「あなたを愛することはありません」 ──私の婚約者であるノエル・ネイジュ公爵は婚約を結んだ途端そう言った。 リナリア・マリヤックは伯爵家に生まれた。 しかしリナリアが10歳の頃母が亡くなり、父のドニールが愛人のカトリーヌとその子供のローラを屋敷に迎えてからリナリアは冷遇されるようになった。 リナリアは屋敷でまるで奴隷のように働かされることとなった。 屋敷からは追い出され、屋敷の外に建っているボロボロの小屋で生活をさせられ、食事は1日に1度だけだった。 しかしリナリアはそれに耐え続け、7年が経った。 ある日マリヤック家に対して婚約の打診が来た。 それはネイジュ公爵家からのものだった。 しかしネイジュ公爵家には一番最初に婚約した女性を必ず婚約破棄する、という習慣があり一番最初の婚約者は『生贄』と呼ばれていた。 当然ローラは嫌がり、リナリアを代わりに婚約させる。 そしてリナリアは見た目だけは美しい公爵の元へと行くことになる。 名前はノエル・ネイジュ。金髪碧眼の美しい青年だった。 公爵は「あなたのことを愛することはありません」と宣言するのだが、リナリアと接しているうちに徐々に溺愛されるようになり……? ※「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...