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8 幼馴染と眺めて、くっつく

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 指定された貸馬車の店では準備が整えられていて、私はすんなりと彼の自宅へ運ばれた。王都の中心部に点在する邸宅のひとつ、彼の家は、比較的小さい。

 メイドが入れてくれて、2階の部屋に通された。


「来たわよ……?」


 秘密基地。
 その扉を開けると、造りはほぼ執務室と同じで、彼が机の向こうに立っていた。


「入り給え」

「ええ。そうよね」


 中に入り、扉をしめ、帽子を脱ぐ。


「それは変装か?」

「いいえ。別にやましい事じゃないもの」

「君が秘密の意味を知らないとは」

「さ。会議を始めましょう──あ、その前に」


 私は扉を背に姿勢を正し、彼を見つめた。


「素敵な贈り物をありがとう。つけてきたわ。両方」

「見ればわかる」

「あと、父と母も喜んでた。葡萄酒」

「ああ。呑んだ?」

「ええ」


 それはもう。
 たっぷりと。

 そして朝、吐いてた。


 ──お前ひとりで行かせるのは忍びないが、今日は動けん……ぐふっ

 ──でもあなた、未婚の令嬢がひとり……頭が、ガンガンするわ……

 ──いいんだ。もう……どうにかなれ。くっついてしまえ。かはッ


 二日酔いって大変よね。
 私は、我を忘れるほど呑んだりしない。あと、吐くまで呑まない。と、誓う。


「とても美味しいって」

「だろうな」

「それで、秘密ってなんなの?」


 部屋の中は、あまり陽が射し込まず、薄暗かった。
 彼は机の向こうから回って出てくると、窓際に立った。


「秘密は誰にでもあるものだ」

「そうね。私も、悍ましい婚約を死ぬまで秘密にして生きていきたいわ。信じられる? 私、あれと婚約していたのよ?」

「婚約で済んでよかったじゃないか。シムノン伯爵は結婚していた」


 それを言われると、返す言葉がない。


「ありがとう」

「ああ」


 形式上の挨拶って便利だわ。

 
「ルイゾン」


 窓枠に寄りかかり、彼が私を呼んだ。
 傍まで行くと、顎で窓を示される。私も窓枠に手を掛け、外を眺めた。


「王都って綺麗ね。それに、人がいっぱいいる」

「そこを歩くうちの何人が訴訟を抱えていると思う?」

「え?」


 到底知る由もない。
 私にわかるのは、やっぱり王都のファッションは最先端だという事。


「3人?」

「もっと」

「8人?」

「もっと」

「……10人?」

「半数だ」

「はいっ?」


 私は窓の外を凝視した。
 

「大なり小なり、揉め事ばかりさ」

「嘘でしょ……」

「半数は大袈裟か。だが、4割はそうだ」

「うわぁ……人生ってなにがあるかわからないけど、みんながんばってるのね」


 私は美しい街並みと、行き交う人々に夢中になった。
 たくさんの人生が交差している。

 ふいに、彼が低く囁いた。


「俺の人生は2度終わった」

「……?」


 軽い話とも、冗談とも思えない。
 この顔だし。

 覚悟が必要な気がして、気を引き締めて彼をみあげた。

 窓枠に寄りかかったままで、彼は妙な倦怠感を纏っているように見えた。
 鋭いはずの眼光がなぜか、重く感じる。

 私は、いつあくどい顔になるかと構えた。


「1度目は」

 
 来たわ。


「物心ついた時。爵位継承から外されていた」

「お兄様が5人もいればね。あなたのせいじゃないわよ。お城に住みたかったの?」

「いいや。2度目は……」


 そこで彼は、深い吐息を挟んだ。
 沈黙に耳を澄ます。

 彼はまた、低く声を洩らした。


「君が婚約した時」

「え……?」


 わずかに彼の表情が変わる。
 厳密に言うなら、眉毛。の、角度。


「!」


 唐突に手を引かれ、気づくと彼の胸に顔ごと突っ込んでいた。
 

「!?」


 ただでさえ、ひとつの窓枠のあっちとこっちに立っていたから、充分すぎるほど近くにいたのに。

 彼の体温が、伝わってくる。


「……」


 頬が熱い。
 彼も、私も、全身が、燃えるように熱い。

 私の手を掴んだまま、彼は窓枠から身を起こし、耳元で囁いた。


「秘密を聞きに来たんだろう?」


 その声の甘さに、全身が痺れ、私はふるえた。

 首筋に吐息がかかる。
 頬と頬が、触れる。


「のこのこと、男の家に、ひとりで」

「……っ」


 今、絶対にあくどい顔をしている!

 でも、逃げられない!
 体が動かない!


「おっ、狼のふり……っ?」

「え?」


 その鼻にかかった『え』の音!
 どうしちゃったのよ!

 リシャール!!


「かっ、かっ、揶揄ってるんでしょ……!」

「ずっと好きだったよ。俺の、可愛いリスさん」

「!!」


 反対の手が耳を覆うようにして、ゆるく頭に添えられた。

 彼の掌が、触れて。
 少しだけ、その表情が見えるくらいに、顔が、離れて。

 あくどい顔が見えた!


「!」


 その瞬間。
 体の芯が、熱く、ぎゅっと捻じれた。

 手を押さえていた彼の手が、腰に回る。
 そう。私はすっぽり、抱きしめられていた。


「知ってるか?」

「……え?」


 低く甘ったるい声で、舐めるように言いながら。
 彼は、左の口角を、もっと上げた。


「冬のリスは、自分を喰らいに来た狼を殺すんだぜ」

「────」


 んっ!?

 えっ、なに!?

 どういう事? どういう事?? どういう事?????
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