上 下
17 / 19

17 輝かしい求婚

しおりを挟む
 そう、私はレディ・ロミルダ。
 浮ついた恋心は脇に置いておいて、今は悲哀に満ちたツムシュテーク伯領を救うため、国王陛下に意見陳述をするべき時。


「申し上げます。元よりツムシュテーク伯領は──」

「おうっお、おうっ、おうっ、ロっミルダァ~♪ 会いたかった、ぞ!」

「……」


 国王陛下が、思いがけず愉快。
 見るからにお調子者という感じだけれど、こんなお姿は初めて。

 なにかに浮かれていらっしゃるご様子……。


「ありがたきお言葉、謹んでお受け──」

「水臭い、顔を上げよ! ん~っ、その英知に溢れる美しく可憐なお顔を見せておくれぇ~っ」


 顔を上げて目を逸らすという選択肢もあったけれど、私はツムシュテークの領民たちを思い、自らを律した。顔を上げ、政治の話をするのだ。


「陛下」

「んっ」

「元よりツムシュテーク伯領は、先代のツムシュテーク伯爵より託され」

「んっ」

「陛下のため繁栄に勤しんでおりましたが」

「んっ、んっ」

「離婚という形で私の手から離れる事となりました」

「んっ、んっ」

「ですが、その後はこちらのレジェス伯爵の協力を受けつつ、外側から発展のお手伝いをさせて頂く算段でした」

「んっ、素晴らしッ」


 全てを肯定してくださる。
 父とレジェス伯爵に加え、謁見の間は父性に包まれていた。


「ですが、想定外の事件が起こり、私の元義理の母親によって、正式な爵位放棄がなされてしまいました」

「んん~」

「ツムシュテーク伯領はこのまま更なる繁栄が見込める状態でした。レジェス伯爵は──」

「んっ、それはよいのだ」

「?」


 陛下はほくほくと笑って御髭を撫でつけ、続けた。


「要らないという事だから、ロミルダ、そなたが総督として治めるといい」

「え……」


 領地経営。
 それが、正式に国王陛下から託される。

 女である私が……


「……」


 既視感。
 ツムシュテーク伯領を治めるのが、私の運命?


「んん~、気にしなくていい。二人の叛逆者はこちらで処理する」

「叛逆者……」


 元夫と元義母について、ここで命乞いをするべきかしら。


「なぁに、命までは取らんよ。処刑執行人も暇じゃない」

「はい」


 よかった。
 私は罪悪感に苛まれなくてよさそう。


「父上」

「!」


 聞き慣れた美声が謁見の間に割って入った。

 ああ……
 違う感覚に苛まれそう……

 私は羞恥と焦りで俯いた。
 自分でも、顔を真っ赤にして、汗まで浮かべている自覚がある。


「それについてお話があります」


 堂々と入って来るんだから本当に王子様なんだわ……


「お、ロミルダ。我が息子コンラートだ。コンラートを知っているか? フリック公爵として大きめの小島を治めているが、今度それは公国になる」

「あれは川です。島扱いはやめていただきたい」


 父子の会話に頭を追いつかせるため、私は乙女心を眠らせた。


「おめでとうございます。陛下、殿下」

「ハッ」


 コンラート卿……コンラート殿下が、私の他人行儀に傷ついたという素振りを見せた。でも、駄目。私から踏み越えてはいけないという事くらい弁えている。


「んっ。ぜひともツムシュテーク総督として式典に列席しておくれ」

「父上、お待ちを。任命しないで」

「ん?」


 ゴニョゴニョ。
 殿下が陛下の耳に、手を添えて耳打ちしている。


「はっ! ん……んっ、んっ、んん~」


 私にはもう成す術ナシ!
 父がそっと背中に手を添えてくれるけれど、特になんの助けにもならない。


「ほうっ!」


 陛下が嬉しそうに玉座で跳ねた。
 そして人差し指を交差し、私に向けた。


「ロミルダ、さっきのはナシ。はそなたの希望通りレジェス伯爵に任せよう。有能なのだろう?」

「ありがたき幸せ。謹んで拝命いたします、陛下」


 陛下とレジェス伯爵の間で、ツムシュテーク伯領は安寧を得た。
 レジェス伯爵は今この時この瞬間から、レジェス伯爵兼ツムシュテーク伯爵になった。

 すると、あの二人は結局……


「それで、父上」

「ん」


 まだ耳打ち。
 嫌な予感がして見つめている私の脇で、レジェス伯爵は歓喜に打ち震えている。


「……なんと、ロミルダに暴力を……!? あの小僧……!」

「あぁ」


 私は一度俯いて額を押え、仕方なく声を絞り出した。


「命だけはお助け下さい」


 これで何かあったら、一生、夢見が悪いもの。
 私の知らないところで野垂死ぬならそれは仕方ないけれど。馬鹿だし。


「ん、ロミルダ。それは、我が息子コンラートとそなたが決める事だ。レジェス伯爵も口を出すな」

「御意」


 逆恨みで危害を被る可能性があるのに、レジェス伯爵は対抗を封じられてしまった。どうして……


「レディ・ロミルダ」

「?」


 改めて見ると王族らしい格好に着替えた素敵なコンラート殿下が、素敵な笑顔で、素敵な小箱を手に、優雅に歩いて来て、私の前に、跪いた。

 心臓が激しく脈打ち、全身が燃えるように熱い。


「黙っていてすみませんでした。あなたに恋焦がれ、楽しい日々に水を差すような事は言い出せなかった。もう隠せませんね。私は第二王子コンラート、フリック公爵で、あなたを愛する一人の男です。どうか私と結婚してください。そして私と共に新たな小国、フリック公国を治めてくれませんか? 妃として」


 素敵。


「……はい!」
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

あなたとの縁を切らせてもらいます

しろねこ。
恋愛
婚約解消の話が婚約者の口から出たから改めて考えた。 彼と私はどうなるべきか。 彼の気持ちは私になく、私も彼に対して思う事は無くなった。お互いに惹かれていないならば、そして納得しているならば、もういいのではないか。 「あなたとの縁を切らせてください」 あくまでも自分のけじめの為にその言葉を伝えた。 新しい道を歩みたくて言った事だけれど、どうもそこから彼の人生が転落し始めたようで……。 さらりと読める長さです、お読み頂けると嬉しいです( ˘ω˘ ) 小説家になろうさん、カクヨムさん、ノベルアップ+さんにも投稿しています。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】私に可愛げが無くなったから、離縁して使用人として雇いたい? 王妃修行で自立した私は離縁だけさせてもらいます。

西東友一
恋愛
私も始めは世間知らずの無垢な少女でした。 それをレオナード王子は可愛いと言って大層可愛がってくださいました。 大した家柄でもない貴族の私を娶っていただいた時には天にも昇る想いでした。 だから、貴方様をお慕いしていた私は王妃としてこの国をよくしようと礼儀作法から始まり、国政に関わることまで勉強し、全てを把握するよう努めてまいりました。それも、貴方様と私の未来のため。 ・・・なのに。 貴方様は、愛人と床を一緒にするようになりました。 貴方様に理由を聞いたら、「可愛げが無くなったのが悪い」ですって? 愛がない結婚生活などいりませんので、離縁させていただきます。 そう、申し上げたら貴方様は―――

巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~

アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

私の婚約者を狙ってる令嬢から男をとっかえひっかえしてる売女と罵られました

ゆの
恋愛
「ユーリ様!!そこの女は色んな男をとっかえひっかえしてる売女ですのよ!!騙されないでくださいましっ!!」 国王の誕生日を祝う盛大なパーティの最中に、私の婚約者を狙ってる令嬢に思いっきり罵られました。 なにやら証拠があるようで…? ※投稿前に何度か読み直し、確認してはいるのですが誤字脱字がある場合がございます。その時は優しく教えて頂けると助かります(´˘`*) ※勢いで書き始めましたが。完結まで書き終えてあります。

処理中です...