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17 輝かしい求婚
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そう、私はレディ・ロミルダ。
浮ついた恋心は脇に置いておいて、今は悲哀に満ちたツムシュテーク伯領を救うため、国王陛下に意見陳述をするべき時。
「申し上げます。元よりツムシュテーク伯領は──」
「おうっお、おうっ、おうっ、ロっミルダァ~♪ 会いたかった、ぞ!」
「……」
国王陛下が、思いがけず愉快。
見るからにお調子者という感じだけれど、こんなお姿は初めて。
なにかに浮かれていらっしゃるご様子……。
「ありがたきお言葉、謹んでお受け──」
「水臭い、顔を上げよ! ん~っ、その英知に溢れる美しく可憐なお顔を見せておくれぇ~っ」
顔を上げて目を逸らすという選択肢もあったけれど、私はツムシュテークの領民たちを思い、自らを律した。顔を上げ、政治の話をするのだ。
「陛下」
「んっ」
「元よりツムシュテーク伯領は、先代のツムシュテーク伯爵より託され」
「んっ」
「陛下のため繁栄に勤しんでおりましたが」
「んっ、んっ」
「離婚という形で私の手から離れる事となりました」
「んっ、んっ」
「ですが、その後はこちらのレジェス伯爵の協力を受けつつ、外側から発展のお手伝いをさせて頂く算段でした」
「んっ、素晴らしッ」
全てを肯定してくださる。
父とレジェス伯爵に加え、謁見の間は父性に包まれていた。
「ですが、想定外の事件が起こり、私の元義理の母親によって、正式な爵位放棄がなされてしまいました」
「んん~」
「ツムシュテーク伯領はこのまま更なる繁栄が見込める状態でした。レジェス伯爵は──」
「んっ、それはよいのだ」
「?」
陛下はほくほくと笑って御髭を撫でつけ、続けた。
「要らないという事だから、ロミルダ、そなたが総督として治めるといい」
「え……」
領地経営。
それが、正式に国王陛下から託される。
女である私が……
「……」
既視感。
ツムシュテーク伯領を治めるのが、私の運命?
「んん~、気にしなくていい。二人の叛逆者はこちらで処理する」
「叛逆者……」
元夫と元義母について、ここで命乞いをするべきかしら。
「なぁに、命までは取らんよ。処刑執行人も暇じゃない」
「はい」
よかった。
私は罪悪感に苛まれなくてよさそう。
「父上」
「!」
聞き慣れた美声が謁見の間に割って入った。
ああ……
違う感覚に苛まれそう……
私は羞恥と焦りで俯いた。
自分でも、顔を真っ赤にして、汗まで浮かべている自覚がある。
「それについてお話があります」
堂々と入って来るんだから本当に王子様なんだわ……
「お、ロミルダ。我が息子コンラートだ。コンラートを知っているか? フリック公爵として大きめの小島を治めているが、今度それは公国になる」
「あれは川です。島扱いはやめていただきたい」
父子の会話に頭を追いつかせるため、私は乙女心を眠らせた。
「おめでとうございます。陛下、殿下」
「ハッ」
コンラート卿……コンラート殿下が、私の他人行儀に傷ついたという素振りを見せた。でも、駄目。私から踏み越えてはいけないという事くらい弁えている。
「んっ。ぜひともツムシュテーク総督として式典に列席しておくれ」
「父上、お待ちを。任命しないで」
「ん?」
ゴニョゴニョ。
殿下が陛下の耳に、手を添えて耳打ちしている。
「はっ! ん……んっ、んっ、んん~」
私にはもう成す術ナシ!
父がそっと背中に手を添えてくれるけれど、特になんの助けにもならない。
「ほうっ!」
陛下が嬉しそうに玉座で跳ねた。
そして人差し指を交差し、私に向けた。
「ロミルダ、さっきのはナシ。はそなたの希望通りレジェス伯爵に任せよう。有能なのだろう?」
「ありがたき幸せ。謹んで拝命いたします、陛下」
陛下とレジェス伯爵の間で、ツムシュテーク伯領は安寧を得た。
レジェス伯爵は今この時この瞬間から、レジェス伯爵兼ツムシュテーク伯爵になった。
すると、あの二人は結局……
「それで、父上」
「ん」
まだ耳打ち。
嫌な予感がして見つめている私の脇で、レジェス伯爵は歓喜に打ち震えている。
「……なんと、ロミルダに暴力を……!? あの小僧……!」
「あぁ」
私は一度俯いて額を押え、仕方なく声を絞り出した。
「命だけはお助け下さい」
これで何かあったら、一生、夢見が悪いもの。
私の知らないところで野垂死ぬならそれは仕方ないけれど。馬鹿だし。
「ん、ロミルダ。それは、我が息子コンラートとそなたが決める事だ。レジェス伯爵も口を出すな」
「御意」
逆恨みで危害を被る可能性があるのに、レジェス伯爵は対抗を封じられてしまった。どうして……
「レディ・ロミルダ」
「?」
改めて見ると王族らしい格好に着替えた素敵なコンラート殿下が、素敵な笑顔で、素敵な小箱を手に、優雅に歩いて来て、私の前に、跪いた。
心臓が激しく脈打ち、全身が燃えるように熱い。
「黙っていてすみませんでした。あなたに恋焦がれ、楽しい日々に水を差すような事は言い出せなかった。もう隠せませんね。私は第二王子コンラート、フリック公爵で、あなたを愛する一人の男です。どうか私と結婚してください。そして私と共に新たな小国、フリック公国を治めてくれませんか? 妃として」
素敵。
「……はい!」
浮ついた恋心は脇に置いておいて、今は悲哀に満ちたツムシュテーク伯領を救うため、国王陛下に意見陳述をするべき時。
「申し上げます。元よりツムシュテーク伯領は──」
「おうっお、おうっ、おうっ、ロっミルダァ~♪ 会いたかった、ぞ!」
「……」
国王陛下が、思いがけず愉快。
見るからにお調子者という感じだけれど、こんなお姿は初めて。
なにかに浮かれていらっしゃるご様子……。
「ありがたきお言葉、謹んでお受け──」
「水臭い、顔を上げよ! ん~っ、その英知に溢れる美しく可憐なお顔を見せておくれぇ~っ」
顔を上げて目を逸らすという選択肢もあったけれど、私はツムシュテークの領民たちを思い、自らを律した。顔を上げ、政治の話をするのだ。
「陛下」
「んっ」
「元よりツムシュテーク伯領は、先代のツムシュテーク伯爵より託され」
「んっ」
「陛下のため繁栄に勤しんでおりましたが」
「んっ、んっ」
「離婚という形で私の手から離れる事となりました」
「んっ、んっ」
「ですが、その後はこちらのレジェス伯爵の協力を受けつつ、外側から発展のお手伝いをさせて頂く算段でした」
「んっ、素晴らしッ」
全てを肯定してくださる。
父とレジェス伯爵に加え、謁見の間は父性に包まれていた。
「ですが、想定外の事件が起こり、私の元義理の母親によって、正式な爵位放棄がなされてしまいました」
「んん~」
「ツムシュテーク伯領はこのまま更なる繁栄が見込める状態でした。レジェス伯爵は──」
「んっ、それはよいのだ」
「?」
陛下はほくほくと笑って御髭を撫でつけ、続けた。
「要らないという事だから、ロミルダ、そなたが総督として治めるといい」
「え……」
領地経営。
それが、正式に国王陛下から託される。
女である私が……
「……」
既視感。
ツムシュテーク伯領を治めるのが、私の運命?
「んん~、気にしなくていい。二人の叛逆者はこちらで処理する」
「叛逆者……」
元夫と元義母について、ここで命乞いをするべきかしら。
「なぁに、命までは取らんよ。処刑執行人も暇じゃない」
「はい」
よかった。
私は罪悪感に苛まれなくてよさそう。
「父上」
「!」
聞き慣れた美声が謁見の間に割って入った。
ああ……
違う感覚に苛まれそう……
私は羞恥と焦りで俯いた。
自分でも、顔を真っ赤にして、汗まで浮かべている自覚がある。
「それについてお話があります」
堂々と入って来るんだから本当に王子様なんだわ……
「お、ロミルダ。我が息子コンラートだ。コンラートを知っているか? フリック公爵として大きめの小島を治めているが、今度それは公国になる」
「あれは川です。島扱いはやめていただきたい」
父子の会話に頭を追いつかせるため、私は乙女心を眠らせた。
「おめでとうございます。陛下、殿下」
「ハッ」
コンラート卿……コンラート殿下が、私の他人行儀に傷ついたという素振りを見せた。でも、駄目。私から踏み越えてはいけないという事くらい弁えている。
「んっ。ぜひともツムシュテーク総督として式典に列席しておくれ」
「父上、お待ちを。任命しないで」
「ん?」
ゴニョゴニョ。
殿下が陛下の耳に、手を添えて耳打ちしている。
「はっ! ん……んっ、んっ、んん~」
私にはもう成す術ナシ!
父がそっと背中に手を添えてくれるけれど、特になんの助けにもならない。
「ほうっ!」
陛下が嬉しそうに玉座で跳ねた。
そして人差し指を交差し、私に向けた。
「ロミルダ、さっきのはナシ。はそなたの希望通りレジェス伯爵に任せよう。有能なのだろう?」
「ありがたき幸せ。謹んで拝命いたします、陛下」
陛下とレジェス伯爵の間で、ツムシュテーク伯領は安寧を得た。
レジェス伯爵は今この時この瞬間から、レジェス伯爵兼ツムシュテーク伯爵になった。
すると、あの二人は結局……
「それで、父上」
「ん」
まだ耳打ち。
嫌な予感がして見つめている私の脇で、レジェス伯爵は歓喜に打ち震えている。
「……なんと、ロミルダに暴力を……!? あの小僧……!」
「あぁ」
私は一度俯いて額を押え、仕方なく声を絞り出した。
「命だけはお助け下さい」
これで何かあったら、一生、夢見が悪いもの。
私の知らないところで野垂死ぬならそれは仕方ないけれど。馬鹿だし。
「ん、ロミルダ。それは、我が息子コンラートとそなたが決める事だ。レジェス伯爵も口を出すな」
「御意」
逆恨みで危害を被る可能性があるのに、レジェス伯爵は対抗を封じられてしまった。どうして……
「レディ・ロミルダ」
「?」
改めて見ると王族らしい格好に着替えた素敵なコンラート殿下が、素敵な笑顔で、素敵な小箱を手に、優雅に歩いて来て、私の前に、跪いた。
心臓が激しく脈打ち、全身が燃えるように熱い。
「黙っていてすみませんでした。あなたに恋焦がれ、楽しい日々に水を差すような事は言い出せなかった。もう隠せませんね。私は第二王子コンラート、フリック公爵で、あなたを愛する一人の男です。どうか私と結婚してください。そして私と共に新たな小国、フリック公国を治めてくれませんか? 妃として」
素敵。
「……はい!」
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