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7 ロマンス&ロマンス(※ルイーゼ視点)
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「大変申し訳ございませんでした。この通り、心よりお詫びいたします」
口で言って膝を折って頭を下げるくらい、思ってなくてもできる。
森で魚を獲るいたいけな少女に忍び寄る男なんて碌なものではないに決まっている。
「否、いいんだ。頭をあげてくれ。私も、レディ・ロミルダに一言告げるべきでした」
「いいえ、私が悪いんです。あの子を一人で野に放ったのも私で、真面目なこの子を追い詰めたのも私。責任は私にあります。申し訳ございませんでした」
「……!」
私の不始末のせいで、ロミルダ様が頭を下げている……!
「死んでお詫びいたします……」
私は、なんという事を……!
「待って待って、みんな落ち着いてください。俺は無事で、その綺麗で勇敢なお嬢さんが妹みたいな可愛い仲間を見知らぬ男から守るのは、正真正銘、褒められるべき事ですって」
「この男もこう言っている。私もそう思います。私たちは、とにかく、魅力的な御婦人3人組の旅なんて見ていてハラハラして、ついお節介を焼いてしまったのです。これはこちらが勝手にやった事への、当然の応酬です。ええと、ルイーゼ、だったね?」
「はい」
ロミルダ様に言い寄った、不可解ながら洗練された貴公子。
物言い然り、立ち居振る舞い然り、恐らく貴族である事は間違いない。
けれど……
「君は素晴らしいメイドだ。メイドにしておくには勿体ないような婦人だよ。君がいればきっと安心だろう。出過ぎた真似をしてしまって、本当にすまなかった。謝るのはこちらのほうなんだ。本当に、頭をあげてくれないだろうか」
そう言われると、まあ、満更ではない。
自尊心をくすぐるのが上手い御方だ。
「君たちといい関係を築きたいんだ」
「……」
油断ならない。
「せっかくの出会いを、悪い物にしたくない。だから」
そこまで言うと、謎の貴公子コンラート〝様〟はロミルダ様に顔を向けた。
「笑い話にしましょう。笑える、思い出話に。私の軽薄に見えがちな従者が、あなたの誠実で忠誠心の厚い優秀なメイドの逆鱗に触れギャフンと一泡吹かせられたんです。アハハぁ。さあ、御一緒に? アハハぁ」
「……」
薄目を開けて様子を伺うと、ロミルダ様が笑いを噛み殺しているのが見えた。浮ついた笑いを……
気を付けなくては。
ロミルダ様は、謎の貴公子に心を奪われ始めている。
「お慈悲に、感謝しましょう……ルイーゼ」
ほら。
でもまあ、私がついていれば悲惨な過ちは起きない。
二度と……誰にも、ロミルダ様を傷つけさせはしない。
たとえそれが、貴族であろうと。次は殺す。
「感謝なんて。そうだ、お詫びに……と言うと話が拗れそうだから、記念に。食事をしましょう。私の別荘に……と言いたいところですが、あなたが滞在中の宿のレストランは最高ですからね。あそこで、親睦を深めるんです。今夜はどうです?」
「はい、ぜひ」
ロミルダ様が即答された。
で、あれば、私は従うのみ。
「あー、ちょっと待ってください」
「?」
マルセルとかいう軽薄そうな従者が、堂々と主たちの会話に割って入った。
この男も謎だ。
頭が悪いのか、そのふりか。しかしそこはかとなく漂う高貴な香りが、主からの移り香ではないような気がする……あくまで、勘だけれど。
暫定従者のマルセルは言った。
「アニーの獲った魚はどうなるんです? レディ・ロミルダに喜んでもらいたくて頑張って獲ったんですよ? ほら、陽も落ち始めて、あれが夕食だったんでしょう?」
いいえ、趣味。
気持ちはあっただろうけど、あれは本能よ。
「だから、明日の朝か昼にしましょう。初手がディナーっていうのも、なんだかねぇ」
図々しいけれど、一理ある。
「いやらしい」
一言多い。
「あけすけだ」
二言だった。
主でなくても、あの口を塞ぎたいと誰もが思うはず。
「それに……」
マルセルが口を噤んだ。
誰もがそれを望んでいた。と、私は信じる。
「レディ・ロミルダ。明日、ランチをご一緒してもよろしいですか?」
謎の貴公子が綺麗に取り繕った。
悪人とは思わない。けれど……
「ええ、ぜひ。楽しみですわ」
まあ、ロミルダ様がそうお決めになるなら。
「ああ、よかった……! では、約束ですよ? 必ず。あの、伺いますから。あ、でも、先に召しあがって頂いても、もちろん……!」
「待ちますわ。それに、私のほうが遅れてしまう場合も、ないとは言い切れませんし」
「ああ、もう、永遠に待ちます」
始まってもいないのにイチャつき始めた。
気に食わない、というわではない……いいえ、気に食わない。
この男は爵位を名乗らなかった。
身分を伏せたまま、ロミルダ様に言い寄るなんて、絶対に許さない。
それに、マルセル……
「……」
鱗を剥いで塩を摺りこむアニーを、やけに優しい目つきで見つめている。
結論。
両方、要注意。監視体制に入ります。
「おっとぉ、どうして殺意を滾らせているのかな?」
「──」
油断ならない。
口で言って膝を折って頭を下げるくらい、思ってなくてもできる。
森で魚を獲るいたいけな少女に忍び寄る男なんて碌なものではないに決まっている。
「否、いいんだ。頭をあげてくれ。私も、レディ・ロミルダに一言告げるべきでした」
「いいえ、私が悪いんです。あの子を一人で野に放ったのも私で、真面目なこの子を追い詰めたのも私。責任は私にあります。申し訳ございませんでした」
「……!」
私の不始末のせいで、ロミルダ様が頭を下げている……!
「死んでお詫びいたします……」
私は、なんという事を……!
「待って待って、みんな落ち着いてください。俺は無事で、その綺麗で勇敢なお嬢さんが妹みたいな可愛い仲間を見知らぬ男から守るのは、正真正銘、褒められるべき事ですって」
「この男もこう言っている。私もそう思います。私たちは、とにかく、魅力的な御婦人3人組の旅なんて見ていてハラハラして、ついお節介を焼いてしまったのです。これはこちらが勝手にやった事への、当然の応酬です。ええと、ルイーゼ、だったね?」
「はい」
ロミルダ様に言い寄った、不可解ながら洗練された貴公子。
物言い然り、立ち居振る舞い然り、恐らく貴族である事は間違いない。
けれど……
「君は素晴らしいメイドだ。メイドにしておくには勿体ないような婦人だよ。君がいればきっと安心だろう。出過ぎた真似をしてしまって、本当にすまなかった。謝るのはこちらのほうなんだ。本当に、頭をあげてくれないだろうか」
そう言われると、まあ、満更ではない。
自尊心をくすぐるのが上手い御方だ。
「君たちといい関係を築きたいんだ」
「……」
油断ならない。
「せっかくの出会いを、悪い物にしたくない。だから」
そこまで言うと、謎の貴公子コンラート〝様〟はロミルダ様に顔を向けた。
「笑い話にしましょう。笑える、思い出話に。私の軽薄に見えがちな従者が、あなたの誠実で忠誠心の厚い優秀なメイドの逆鱗に触れギャフンと一泡吹かせられたんです。アハハぁ。さあ、御一緒に? アハハぁ」
「……」
薄目を開けて様子を伺うと、ロミルダ様が笑いを噛み殺しているのが見えた。浮ついた笑いを……
気を付けなくては。
ロミルダ様は、謎の貴公子に心を奪われ始めている。
「お慈悲に、感謝しましょう……ルイーゼ」
ほら。
でもまあ、私がついていれば悲惨な過ちは起きない。
二度と……誰にも、ロミルダ様を傷つけさせはしない。
たとえそれが、貴族であろうと。次は殺す。
「感謝なんて。そうだ、お詫びに……と言うと話が拗れそうだから、記念に。食事をしましょう。私の別荘に……と言いたいところですが、あなたが滞在中の宿のレストランは最高ですからね。あそこで、親睦を深めるんです。今夜はどうです?」
「はい、ぜひ」
ロミルダ様が即答された。
で、あれば、私は従うのみ。
「あー、ちょっと待ってください」
「?」
マルセルとかいう軽薄そうな従者が、堂々と主たちの会話に割って入った。
この男も謎だ。
頭が悪いのか、そのふりか。しかしそこはかとなく漂う高貴な香りが、主からの移り香ではないような気がする……あくまで、勘だけれど。
暫定従者のマルセルは言った。
「アニーの獲った魚はどうなるんです? レディ・ロミルダに喜んでもらいたくて頑張って獲ったんですよ? ほら、陽も落ち始めて、あれが夕食だったんでしょう?」
いいえ、趣味。
気持ちはあっただろうけど、あれは本能よ。
「だから、明日の朝か昼にしましょう。初手がディナーっていうのも、なんだかねぇ」
図々しいけれど、一理ある。
「いやらしい」
一言多い。
「あけすけだ」
二言だった。
主でなくても、あの口を塞ぎたいと誰もが思うはず。
「それに……」
マルセルが口を噤んだ。
誰もがそれを望んでいた。と、私は信じる。
「レディ・ロミルダ。明日、ランチをご一緒してもよろしいですか?」
謎の貴公子が綺麗に取り繕った。
悪人とは思わない。けれど……
「ええ、ぜひ。楽しみですわ」
まあ、ロミルダ様がそうお決めになるなら。
「ああ、よかった……! では、約束ですよ? 必ず。あの、伺いますから。あ、でも、先に召しあがって頂いても、もちろん……!」
「待ちますわ。それに、私のほうが遅れてしまう場合も、ないとは言い切れませんし」
「ああ、もう、永遠に待ちます」
始まってもいないのにイチャつき始めた。
気に食わない、というわではない……いいえ、気に食わない。
この男は爵位を名乗らなかった。
身分を伏せたまま、ロミルダ様に言い寄るなんて、絶対に許さない。
それに、マルセル……
「……」
鱗を剥いで塩を摺りこむアニーを、やけに優しい目つきで見つめている。
結論。
両方、要注意。監視体制に入ります。
「おっとぉ、どうして殺意を滾らせているのかな?」
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