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8 衣装室の秘密
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「申し訳ありません!!」
「?」
私は再び、深くお辞儀をして詫びた。
「あっ、兄がっ、こちらのお部屋の扉に乱暴を……!」
「ああ、それか」
なんでもない事のような相槌が頭上から届いたけれど、甘んじてはいけない。
けれど優しい侯爵令息ドミニク卿は、少し笑いを込めた声で言った。
「大丈夫。びくともしないよ。簡単に破られるような扉の奥に宝石なんて隠さない。君は謝ってばかりだね。謝らなくていいんだ。どれもこれも君のせいなんかじゃないんだから」
そして再び、私の腕に触れようと、今度はそっと手をのばしてくる。
「……」
私はもう、逃げなかった。
その人は優しく腕を掴むと、同じように優しく、私に体を起こすよう促した。
「ここの鍵は女主である母と、母お付きのメイド長しか持っていない。衣装係はエイミーともうふたりいて、交代制でここの番をしているんだけど、お客様に番をさせたって知ったらそれこそ泣いて謝るかもしれない。母は怒ると恐いからね」
「……」
笑い話のように言うけれど、その声音には使用人へのあたたかな気持ちが篭っている。もし同じ台詞を兄が言ったら、それは完全に悪意であるはずなのに。
ドミニク卿は、なんだか、ふしぎな人だった。
そっと腕を離し、気遣うように顔を覗き込んでくる。
「広間に戻る前に、お化粧を直そうか」
「!?」
自分の酷い泣き顔を思い出し、息が止まった。
ドミニク卿は爽やかな笑顔で私の背に手を添えて、衣装室の中へと案内すると、作業台の傍にあった椅子を引いて私を座らせ、抽斗を開けた。
「姉のモニカはおてんばを通り越した暴れ馬のような人でね、よくドレスを台無しにしては母に怒られるのが恐くて衣装室に隠れたんだ。当然、首から上も乱れるものだから、ここで化粧も直した。姉がいつ帰ってもいいようにちゃんと隠してあるんだ。最新の流行品をね」
作業台の抽斗の中には、高級な化粧品が並んでいた。
「僕は、安全を見計らって姉を迎えに来る係。だからよく手伝わされた。子供の頃はね、男女逆だったらよかったのにとよく揶揄われたんだ。あ、僕は化粧はしないよ? された事もない、と、名誉のために言っておく」
「……」
私を和ませようとして、冗談を言ってくれているのかもしれない。
けれど、驚くべき事にドミニク卿は慣れた手つきで化粧道具を取り、ハンカチで私の目尻をそっと拭いた。
「目を閉じていて」
本気だ。
本気で、私の酷い顔を、直す気だ。
私は一度、緊張で震えてから従った。
断るには、勇気を振り絞らなければいけなかったから。
頬に柔らかなタッチでパウダーが施される。
「姉は今、宮廷で衣装係をしているよ」
「……」
囁きは、ドミニク卿が少なからず作業に集中している事を示す程度には、密やかなものだった。
ドクン。
胸が、なんだかふしぎな感じで跳ねた。
ぽかぽかと、熱をもって。
「?」
私は再び、深くお辞儀をして詫びた。
「あっ、兄がっ、こちらのお部屋の扉に乱暴を……!」
「ああ、それか」
なんでもない事のような相槌が頭上から届いたけれど、甘んじてはいけない。
けれど優しい侯爵令息ドミニク卿は、少し笑いを込めた声で言った。
「大丈夫。びくともしないよ。簡単に破られるような扉の奥に宝石なんて隠さない。君は謝ってばかりだね。謝らなくていいんだ。どれもこれも君のせいなんかじゃないんだから」
そして再び、私の腕に触れようと、今度はそっと手をのばしてくる。
「……」
私はもう、逃げなかった。
その人は優しく腕を掴むと、同じように優しく、私に体を起こすよう促した。
「ここの鍵は女主である母と、母お付きのメイド長しか持っていない。衣装係はエイミーともうふたりいて、交代制でここの番をしているんだけど、お客様に番をさせたって知ったらそれこそ泣いて謝るかもしれない。母は怒ると恐いからね」
「……」
笑い話のように言うけれど、その声音には使用人へのあたたかな気持ちが篭っている。もし同じ台詞を兄が言ったら、それは完全に悪意であるはずなのに。
ドミニク卿は、なんだか、ふしぎな人だった。
そっと腕を離し、気遣うように顔を覗き込んでくる。
「広間に戻る前に、お化粧を直そうか」
「!?」
自分の酷い泣き顔を思い出し、息が止まった。
ドミニク卿は爽やかな笑顔で私の背に手を添えて、衣装室の中へと案内すると、作業台の傍にあった椅子を引いて私を座らせ、抽斗を開けた。
「姉のモニカはおてんばを通り越した暴れ馬のような人でね、よくドレスを台無しにしては母に怒られるのが恐くて衣装室に隠れたんだ。当然、首から上も乱れるものだから、ここで化粧も直した。姉がいつ帰ってもいいようにちゃんと隠してあるんだ。最新の流行品をね」
作業台の抽斗の中には、高級な化粧品が並んでいた。
「僕は、安全を見計らって姉を迎えに来る係。だからよく手伝わされた。子供の頃はね、男女逆だったらよかったのにとよく揶揄われたんだ。あ、僕は化粧はしないよ? された事もない、と、名誉のために言っておく」
「……」
私を和ませようとして、冗談を言ってくれているのかもしれない。
けれど、驚くべき事にドミニク卿は慣れた手つきで化粧道具を取り、ハンカチで私の目尻をそっと拭いた。
「目を閉じていて」
本気だ。
本気で、私の酷い顔を、直す気だ。
私は一度、緊張で震えてから従った。
断るには、勇気を振り絞らなければいけなかったから。
頬に柔らかなタッチでパウダーが施される。
「姉は今、宮廷で衣装係をしているよ」
「……」
囁きは、ドミニク卿が少なからず作業に集中している事を示す程度には、密やかなものだった。
ドクン。
胸が、なんだかふしぎな感じで跳ねた。
ぽかぽかと、熱をもって。
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