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7 臆病な仔猫のように(※ドミニク視点)
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彼女は扉を開けた。
その泣き腫らした目が僕を捉えた。
怯えと好奇心を湛える、美しい瞳。
華奢で可憐な容貌を目にして、可哀相だと胸が痛む反面、愛くるしいとしか表現できず胸が弾んだのは、不謹慎だとしても事実だ。
「やあ、ルシア」
「もっ」
「?」
大声で言い淀んだ直後、ルシアは深く膝を折って頭を垂れた。
「申し訳ございません!」
「……」
予想外の展開に、つい、キョトンとしてしまう。
「勝手にお部屋に入ってしまいました! すべて私のせいです! ここの係の人は、私のせいで持ち場を離れてしまっただけです! どうか、彼女に罰を与えないでくださいお願いします!!」
若い衣装係のエイミー。
おとなしいけれどひょうきんな一面もある、はにかんだそばかす顔が目に浮かぶ。広間の騒ぎを聞きつけて僕に報せてくれたのがその〝係の人〟だと言ってあげなければ、ルシアは体を起こしそうにない。
「ルシ──」
「あああ、あと! もし私がこの中の物に悪さをしてしまったとお考えでしたら、どうぞっ、お検めください!」
僕は自分の目尻がさがった事を自覚した。
酷い目にあって泣いていたのに、彼女は善良で思いやりに溢れている。可愛いと一言で片づけてしまうには勿体ない尊さを、ルシアに感じた。
「脱ぎます!」
「?」
意を決した宣言に、思わず目を瞠った。
彼女はその場で実行に移りはしなかったものの、本気である事は確かだ。
疑ってなどいない。
とにかく安心させてあげなければと、腕にふれた。
「おいおい」
「!」
びくりと飛び跳ねて、後ずさる。
大きな瞳が、こちらを見あげて揺れていた。
まるで怯える仔猫のようだ。
可哀想なのだが、愛くるしい。どうにかしてあげたくなる。
僕は腕を下ろした。
「そんな必要はない。恐がらせてごめんね。大丈夫、なにもしないよ」
「……」
「まずは、エイミーを庇ってくれてありがとう。彼女が罰せられる事はないから安心して。僕に君の事を知らせてくれたのはエイミーだ」
「!」
ルシアが怯えた。
「違う。言いつけたとかではなくて、君を助けるように言われた」
「……」
「騒ぎは聞いた。僕はちょうど、ソースを零してね。レモン片手に柱時計の脇で奮闘していて立ち会ってはいなかったんだけど、災難だったね」
「……っ」
きゅっと眉が絞られ、今にも泣き出しそうな顔になる。
事実、大きな目にたっぷりと涙を溜めて、ルシアは唇を噛んだ。
そうか。
泣き虫なんだ。
抱きしめたい。
守ってあげたい。
胸が苦しくて、同時に、急き立てられた。
思えばこの時、僕はもう、恋をしていたんだ。
「君はなにも悪くない。兄上がそうしてくれないなら、僕が君を守るよ」
「──」
ただでさえ大きな目を瞠り、ルシアが僕を凝視する。
彼女がなにか言おうとして、大きく息を吸った。
「もっ」
その泣き腫らした目が僕を捉えた。
怯えと好奇心を湛える、美しい瞳。
華奢で可憐な容貌を目にして、可哀相だと胸が痛む反面、愛くるしいとしか表現できず胸が弾んだのは、不謹慎だとしても事実だ。
「やあ、ルシア」
「もっ」
「?」
大声で言い淀んだ直後、ルシアは深く膝を折って頭を垂れた。
「申し訳ございません!」
「……」
予想外の展開に、つい、キョトンとしてしまう。
「勝手にお部屋に入ってしまいました! すべて私のせいです! ここの係の人は、私のせいで持ち場を離れてしまっただけです! どうか、彼女に罰を与えないでくださいお願いします!!」
若い衣装係のエイミー。
おとなしいけれどひょうきんな一面もある、はにかんだそばかす顔が目に浮かぶ。広間の騒ぎを聞きつけて僕に報せてくれたのがその〝係の人〟だと言ってあげなければ、ルシアは体を起こしそうにない。
「ルシ──」
「あああ、あと! もし私がこの中の物に悪さをしてしまったとお考えでしたら、どうぞっ、お検めください!」
僕は自分の目尻がさがった事を自覚した。
酷い目にあって泣いていたのに、彼女は善良で思いやりに溢れている。可愛いと一言で片づけてしまうには勿体ない尊さを、ルシアに感じた。
「脱ぎます!」
「?」
意を決した宣言に、思わず目を瞠った。
彼女はその場で実行に移りはしなかったものの、本気である事は確かだ。
疑ってなどいない。
とにかく安心させてあげなければと、腕にふれた。
「おいおい」
「!」
びくりと飛び跳ねて、後ずさる。
大きな瞳が、こちらを見あげて揺れていた。
まるで怯える仔猫のようだ。
可哀想なのだが、愛くるしい。どうにかしてあげたくなる。
僕は腕を下ろした。
「そんな必要はない。恐がらせてごめんね。大丈夫、なにもしないよ」
「……」
「まずは、エイミーを庇ってくれてありがとう。彼女が罰せられる事はないから安心して。僕に君の事を知らせてくれたのはエイミーだ」
「!」
ルシアが怯えた。
「違う。言いつけたとかではなくて、君を助けるように言われた」
「……」
「騒ぎは聞いた。僕はちょうど、ソースを零してね。レモン片手に柱時計の脇で奮闘していて立ち会ってはいなかったんだけど、災難だったね」
「……っ」
きゅっと眉が絞られ、今にも泣き出しそうな顔になる。
事実、大きな目にたっぷりと涙を溜めて、ルシアは唇を噛んだ。
そうか。
泣き虫なんだ。
抱きしめたい。
守ってあげたい。
胸が苦しくて、同時に、急き立てられた。
思えばこの時、僕はもう、恋をしていたんだ。
「君はなにも悪くない。兄上がそうしてくれないなら、僕が君を守るよ」
「──」
ただでさえ大きな目を瞠り、ルシアが僕を凝視する。
彼女がなにか言おうとして、大きく息を吸った。
「もっ」
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