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やってみようか、ポリネシアンセックス

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「はい、スタート」
 
 ピッという電子音を合図に、スマホのタイマーの数字が減り始めた。

「何話したらいいかわかんないね」
「だめだよ鈴夏、ちゃんと見つめ合わないと」
「あ、ごめん」

 龍大に注意を促され、鈴夏も下げていた視線を上げて目を合わせていく。厚い胸板に広い肩幅、太い首、ちょっと張ったエラと頬骨……男らしさを感じる龍大の体が視界に入った。
 龍大も出会ったときから変わらない、まっすぐな視線で鈴夏を見ていた。でも、あまりにその強い視線に、鈴夏の頬はどんどん熱を持っていく。

「ふふ……ねぇ、照れちゃうよ」
「うん……」
 
 思わずふたりして笑みがこぼれてしまう。見つめ合うだけの時間は、すごくゆっくりと過ぎている気がした。あまりに贅沢で照れくさくて、早く過ぎて欲しいのにこのままでもいたい。矛盾する思いが、鈴夏の心の中で渦巻いていた。

「なんか話した方がいいかもね」
「うん……じゃあ俺から」
「なに?」
「鈴夏はなんで俺に連絡先くれたの?」
「今それ聞くの!?」
 
 龍大の口から飛び出したもっと照れくさい質問に、鈴夏は思わず天を仰ぐ。

「だめだよ、ちゃんと見つめないと」
「あ、ごめん。たっちゃんは真面目だね」
「それしか取り柄ないから」
「そんなことないのに」

 あまりに直球の質問がきて、裸になった恥ずかしさが少しだけどうでもよくなった。本当は連絡先を渡したのは更紗だし、あのとき一番気になっていたのは龍大より唯翔だ。その本音を隠しても、透けて見られてしまいそうな龍大の視線が突き刺さる。本当は黙っていたかったことだけど、もうこうなったら龍大を信じて突き進むしかない。

「……本当のこと言っていい?」
「うん」
「あのとき連絡先渡したのは、一緒にいた更紗って女の子が私の代わりにしてくれたの」
「うん」
「私にしばらく彼氏がいないから、『あの大きいお兄さんもかっこいいじゃん』って……」
「そっか……答えづらいこと聞いていい?」

 さっきよりも、龍大の視線がより強くなった。鈴夏も思わず電気が走ったかのように背筋が伸びた。

「ホントは俺じゃなくて唯翔さんに渡すんじゃなかったの?」
「えっ……なんで?」
「俺より唯翔さんのほうが人当たりいいし、おしゃれだし……女性なら唯翔さんを選ぶかなって」
 
 本当のことを言えば、龍大は傷つくだろう。でも、こんな質問をするということは、おそらく少しは龍大も気づいているはずだ。あのとき唯翔目当てで小春ベーカリーに通っていたこと。そして唯翔の恋愛対象に、鈴夏は入っていなくてショックを受けたこと。どこまで言おうか、迷ってしまう。

「全部言って欲しい。俺全部受け止めるから」
「ごめん……あのときは唯翔くんが気になってた。でも『彼氏がいる』って言ってたから、諦めたの」
「今は?」

 鈴夏は龍大の目を見つめ、視線を外さずに頭の中に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。

「たっちゃんがいない人生なんて考えたくない」

 その瞬間、龍大の瞳が揺れた。鈴夏にとっては、龍大がただの恋愛対象ではなくなっていて、それ以上の存在だ。どんなに仕事が忙しくても、必ず頭の片隅には龍大がいる。今もこうして見つめ合っているのも、龍大だからできたことだ。

「……ありがと」

 そう言って、龍大が鈴夏の手を握ってくれる。

「今日まだ触れちゃいけないから」
「あっごめん……」

 お互いの体に触れられないのが、こんなにももどかしい。それがなんだかおかしくて、特別で……肌は触れてないのに、心の距離はくっついている気がした。

「じゃあ次たっちゃんの番」
「俺?」

 龍大が鈴夏の手を引いてくれたから、今度は鈴夏から手を出す番だ。
 
「うん、なんであのとき連絡先受け取ってすぐ連絡くれたの?」
「それは……」

 すると恥ずかしくなったのか、龍大の視線がうつむいた。
 
「だめだよたっちゃん、ちゃんと見つめないと」

 そう言って鈴夏が龍大の目を覗きこむと、すぐさま視線をあげてまた見つめ直してくれる。
 
「最初は唯翔さんに『すぐ連絡してデートに誘え』って言われたから……」
「ふふ……唯翔くんなら言いそう」

 お母さんっぽい唯翔くんが良いそうな内容で、思わず鈴夏の頬がゆるんだ。
 
「それでデートするときの服とか、どうやって会話したらいいかとか教えてもらって……」
「唯翔くんはどんなアドバイスしたの?」
「えっと……オーバーなくらいに頷け、共感したら『わかる』と言え、かっこつけようとするな。この3つは絶対だって」
「あー……なるほど」

 今思い返すと、初めてデートしたときの龍大はそのすべてをちゃんと言う通りにやっていた。だからこそ話も弾んだし、映画で涙を流す龍大の姿にも胸を打たれた。あれが唯翔のアドバイスだったのは事実だけど、鈴夏とのデートを楽しもうという気持ちが伝わる行動に思えた。ただ唯翔のいいなりに動いていたわけではない。そう感じた。
 
「あともう一個あるんだけど」
「何?」
「ここで私がたっちゃんの布団に入っていったとき、どう思ってた?」
「あれは……びっくりしたけど、嬉しかった」
「そっか、じゃあよかった」

 ここで一度龍大と寝たとき、確かに途中でやめたけど、いいところまで行っていた。ということは、その時点で龍大はどこまで鈴夏のことを思っていたか、気になっていたのだ。
 
「俺女性から恐がられることの方が多いから」
「背が大きいもんね」
「鈴夏は俺のこと恐くなかった?」
「うぅん、だってぶつかりおじさん成敗してくれたもん」
「あぁ……まぁ……うん」

 龍大が照れくさそうに頷いた。
 それからしばらくは、見つめ合ったまま無言の時間を過ごした。最初こそ照れくさかったけど、見つめ合うのは徐々に慣れてきた。その間も龍大の体の触りたくて、その体温を感じたくて、でも触れなくて……そのむずむずとした焦らしが、鈴夏の心を愛撫しているようだった。じわっと鈴夏自身の蜜が溢れてくるのも感じたし、それは龍大も同じだった。
 こうして見つめながら過ごす時間は、思った以上にあっという間だった。30分過ぎたことを知らせるタイマーが和室の中に響く。

「じゃあ……そろそろ寝ないとね」
「うん、おやすみ」

 触れられないもどかしさはあったけど、お互いの気持ちが知れて心は繋がった気分だ。このあたたかな思いを胸に、鈴夏と龍大はパジャマと下着を着直して眠りについた。
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