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二章 王弟殿下の襲来

自覚…する?

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 国境の町までは、まだまだ遠い。馬車で移動するため、ずっと座ってばかりだと、お尻が痛くなってしまうので定期的に休憩があるのだ。

 今はちょうどその休憩時間。休憩時間だというのに、一日の中で一番疲れてしまうのだから、休憩という名前を改めてほしいくらいだ。

「やあ!ハロイドくん。調子はどうだい?」

「特に変わりはありませんが。」

 俺が水分補給をしていると、視界に殿下が入り込んできた。

「なんだ、残念。俺の馬車で介抱してやろうと思ったのに。」

「一生お世話になることはございませんので安心してください。後、休憩のたびに絡んでくるのやめてくださいよ。ものすごい揶揄われるんです。噂はほんとだったのかって、冗談半分ですけど。」

 はあ……とため息をついてしゃがむと、殿下もそれに合わせて顔を覗き込んできた。そして殿下には珍しく真面目な顔をして口を開いた。

「……ハロイドくんってさ、兄さんのこと結構好きだよね。」

ニコニコと笑顔を浮かべながら殿下が言う。

「え?」

 好きって……好きだよな?嫌いではない、それは絶対。でも、恋愛感情かと言われたらそれは別な気が……。

「だって前に兄さんに名前を呼ばれてたとき、本当に嬉しそうに笑ってたんだもん。まさに恋する乙女って感じ。」

 殿下はヘラヘラと笑いながら、とんでもないことを言ってくれた。俺が恋する乙女みたいな顔……?確かに名前を呼ばれて嬉しかったけれど、そんなフワフワとした雰囲気を出した記憶はないのだが。

「な~に~?自覚ないの?兄さんはその顔、見逃してたみたいだけどよかったね。」

「なにがですか。」

 確かに恥ずかしい顔を見られなくてよかったけれども。

「だって、兄さんに見られてたら今頃きっと襲われてたよ?」

「は?襲われ……。」

 思わず俺の上に覆いかぶさる陛下を想像してしまって、カッと顔が熱くなる。手で顔を隠しても殿下には至近距離で見られてるからもう遅い。

「想像しちゃった?ハロイドくん、ムッツリさんだね。」

「え、ちょっと誤解っ……!」

 俺に不名誉な称号を与えて、すぐに殿下は馬車のほうへと歩き出してしまった。撤回してもらおうと手を伸ばしたけれど、ひらりと避けられてしまう。

 殿下は馬車の前で立ち止まると、こちらに向き直ってから舌を出して挑発してきた。……意地でも一緒の馬車に乗りたいらしい。仕方がない、これからの休憩の平穏のためだ。今回だけ挑発に乗ってあげよう。

 殿下のところまで駆け足で向かうと、扉を開けてサッと馬車の中に引き入れられてしまった。なんだこのちょっと気持ち悪いぐらいの手際の良さ。常習犯か、連れ込み常習犯なのか!

 そういえば、最初に王都で会った時もたくさんの女性に囲まれていたし、俺と殿下の恋愛経験値は雲泥の差だろう。

 そうか、この変な人のほうが女性にはモテるのか。やっぱり顔がいいから……。

「ちょっと、なに落ち込んでんの。」

「落ち込んでないですよ、ただ殿下は手馴れてるなと思って。」

 俺の言葉を聞いてスンッと殿下の顔から表情が消えた。

「……なにが。」

「馬車に人を連れ込むのが。」

「……。」

「きっと今まで何十人もの女性を連れ込んできたからなんでしょうね……。」

「何十人も連れ込んだことないんだけど。」

「じゃあ、数人はあるんですよね……?」

 殿下の目がちょっと据わってる。俺、なんか変なこと言ったか?

「あのさぁ、なんか誤解してるみたいだけど、俺別に軽い男じゃないからね?」

「別に、軽いとは言ってませんけど。」

 別に口に出してはない。女性をとっかえひっかえしてそうだなとは思ったけれど。心を見透かされたようで、ちょっと変な感じがする。

「なんかチャラそうな顔してるかもしれないけど、こう見えて童貞だし、めっちゃ一途だから!馬車に連れ込むとか、そんな勇気かけらもないからね!」

 ……そんなこと、大声で言っちゃっていいんですか殿下。絶対外まで聞こえてますけど。ボルデモート先輩の大きな笑い声が聞こえてきますけど。

 それをハッキリ伝えるのもなんだか可哀そうなので、スッと殿下の耳元に口を寄せる。

「……今の、外まで聞こえてますよ。」

 その瞬間、殿下の顔が茹でダコなみに赤くなった。そして口パクで「マジで?」と聞いてくる。俺がそれにコクリと頷くと、殿下は頭を壁に打ち付け始めた。

「ちょ、ちょっと殿下!やめてくださいって!」

「いいだろ!俺の好きにさせてくれ!」

 馬車内のドタバタ騒ぎに何事かと護衛が馬車の扉を開けた。そこには、嫌だと駄々をこねながらソファにしがみつく殿下と、引きはがそうとする俺の姿があった。

 ……また変な噂が広まったらどうしよう……。








 ソファに蹲ったままの殿下を放置して、馬車は動き始めた。この状態の殿下を一人にするのもなんだか可哀そうだし、俺はそのまま馬車に残っていた。

 それにしても、殿下童貞だったのか……。そりゃあ、王族が安易に性交をしていいわけではないけれど、あんなにも女性経験が豊富そうな見た目をしておきながら童貞……。

 クスッと声が漏れてしまった。馬車の車輪の音に紛れて聞こえないだろうと高を括っていたのに、目ざとく聞きつけた殿下にギロリと睨まれてしまった。

 まあ、俺も殿下のことを笑える立場ではないけれど。

 陛下がこのまま俺のことをあきらめてくれなかったら、知らず知らずのうちに妨害されて女性経験が一度もないまま人生を終えてしまいそうだ。

 もし俺が陛下の想いに応えたならば、陛下はものすごい甘やかしてはくれそうだけれど。それがいつまで続くかだよな。

 王族の同性結婚なんて今まで聞いたことも無いし、陛下は世継ぎも作らなければならないし、一生添い遂げるなんて不可能に等しいだろう。

 たとえ一時のお遊びでも、今は俺のこと真剣に好きでいてくれているのだから、できれば陛下と付き合いたい。恋人に甘やかしてもらうなんて、陛下のせいだけど今まで体験したことないし、すごく幸せそうだ。

 ……こんなことを考えてしまっている時点で俺は陛下に惚れているのかも。

「陛下は、なんで俺のこと好きなんですかね。」

「なんだよ、いきなり。」

 不機嫌そうな顔でこちらを腕の間から覗くように見ている。一応話は聞いてくれるみたいだ。

「一目惚れしたとか言ってましたけど、それって結局顔だけじゃないですか。俺の性格とか、そういうところ陛下はどう思ってるのかなと思いまして。」

「兄さんのことだから、君の性格とか生活とか全部調べてると思うけど。そのうえで好きって言ってるんだから全部好きなんじゃないの?」

 全部調べてるって……。陛下、ちょっとストーカー気質なのかもな。

「そうですか……。」

「なんなの、さっきまでの威勢の良さはどうしたんだよ。なんかしんみりしちゃってさ。」

 さっきの殿下の発言で陛下の気持ちに気づいたというか、改めて自分の気持ちを考えるきっかけになったから、ちゃんと真面目に考えていただけなんだが。

 そんなに、しんみりとした雰囲気醸し出してたか?







 ボーっと考え込んでいると、いつの間にか一日目の宿に着いていた。
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