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第3話 創造神
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「ありがとうございます。どうやら現実のようですね」
異世界に転移したんだと納得させてくれたクロエの右手から、俺はゆっくりと手を離した。
「はい。わたしたちにとって現実の世界です」
「……今は俺にとっても現実、ということですね。とにかく、今は受け入れるしかなさそうです」
「実を言えば、わたしも半信半疑でした。しかし、創造神様は確かに今ここにおられます。今後のことは、わたしどもにお任せください」
「ありがとうございます。おかげで少し落ち着きました」
「まずは、お役に立てたようで何よりです」
クロエがやわらかく微笑む。
俺が書いた『ミシェル戦記』の結末から十年後ということは三十一歳になっているはずだ。クロエから漂う成熟した大人の色香に今さらながらドキリとした。
その時、こちらに近付いてくる足音に気付いた。
足音の主は、緋色の祭服を着た長身でがっしりとした体型の男性だった。
「いやはや、本当に創造神様が応現なさるとは……」
男性は真剣な眼差しで俺を見つめた。
ロマンスグレーの髪をオールバックに撫でつけた男性は、俺の前まで歩み寄ると深々と頭を下げた。
「ギュスターヴ・ドラクロワでございます」
勇者ミシェルとパーティーを組んだ主要キャラクターは四人。
その一人である神官ギュスターヴ。俺が設定した通りの年齢なら五十一歳。
「ギュスターヴ……さん?」
頭を上げたギュスターヴは微笑を浮かべ、その黒い瞳で俺を見つめた。
「私に敬称など不要でございます。創造神様の応現に際するなど、まさに僥倖。身に余る光栄と存じます。今後のことは不肖ギュスターヴめにお任せ下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
「俺は、これからどうすれば……?」
「創造神様は現人神として、創世教会が責任を持って祀らせていただきます」
「……俺は、神様なんて器じゃないんですが」
「創造神様がどのような人格をお持ちで、元の世界でどのような立場におられ、どのような生活を送られていたのかは、この事態に際して考慮する必要はないかと存じます。創造神様はこの世界において神なのです」
いきなり異世界に転移して、自分が描いたキャラクターと遭遇したら神だと言われる。
神……俺が?
俺はこの状況に驚くよりも、強い不安に襲われている理由を考えた。
ひとつ思い当たる理由が浮かんだ。
俺はキャラクターたちを幸福で順風満帆に描いていたわけじゃない。
目の前にいるギュスターヴは一途な愛妻家という設定だが、その最愛の妻は若くして亡くなっている。
ストーリーを先へと進める際にドラマチックな演出を優先させた結果として、不幸で過酷な設定や展開は少なくない。
過酷な人生を歩んだキャラクターたちに、俺は恨まれていても不思議じゃない。
いや、待て……今は不安を募らせるより、確認が先だ。
勇者や冒険者ではなく神様としてスタートした異世界。チートな能力なんかは無さそうだが……能力、そうだ、この世界が俺の設定した通りなら、まず魔力は必須。
「あの……俺は魔力を持っていますか?」
俺の質問に答えたのは、クロエだった。
「失礼ながら、創造神様からは魔力を探知できません」
「そうですか……」
クロエは通常のランク付けから外れた超級の魔道士として大雅魔道士という称号を得た天才だ。そのクロエが探知できないのなら、俺は魔力を持っていないのだろう。
俺は特別な能力を持たない千歳大希、いや、千代田悠吾として異世界に転移してしまったようだ。
力を持たない者が、力を持つ者に祭り上げられるというのは、こんなに落ち着かないものなのか……それでも、この世界で他に寄る辺があるわけじゃない。俺は二人に担がれるしかない。
「分かりました。今後のことは二人にお任せします」
俺は事態を受け入れる覚悟を決めた。
自分が書いた小説の世界に転移したら、神として祭り上げられるという有り得ない事態に対して、我ながら順応が早すぎると思う。もっとあたふたしてもいい場面だろう。
俺が落ち着いていられる理由は一つしか浮かばない。
目の前で確かに生きている二人、クロエとギュスターヴを創出したのは、作者である俺だからだ。
異世界に転移したんだと納得させてくれたクロエの右手から、俺はゆっくりと手を離した。
「はい。わたしたちにとって現実の世界です」
「……今は俺にとっても現実、ということですね。とにかく、今は受け入れるしかなさそうです」
「実を言えば、わたしも半信半疑でした。しかし、創造神様は確かに今ここにおられます。今後のことは、わたしどもにお任せください」
「ありがとうございます。おかげで少し落ち着きました」
「まずは、お役に立てたようで何よりです」
クロエがやわらかく微笑む。
俺が書いた『ミシェル戦記』の結末から十年後ということは三十一歳になっているはずだ。クロエから漂う成熟した大人の色香に今さらながらドキリとした。
その時、こちらに近付いてくる足音に気付いた。
足音の主は、緋色の祭服を着た長身でがっしりとした体型の男性だった。
「いやはや、本当に創造神様が応現なさるとは……」
男性は真剣な眼差しで俺を見つめた。
ロマンスグレーの髪をオールバックに撫でつけた男性は、俺の前まで歩み寄ると深々と頭を下げた。
「ギュスターヴ・ドラクロワでございます」
勇者ミシェルとパーティーを組んだ主要キャラクターは四人。
その一人である神官ギュスターヴ。俺が設定した通りの年齢なら五十一歳。
「ギュスターヴ……さん?」
頭を上げたギュスターヴは微笑を浮かべ、その黒い瞳で俺を見つめた。
「私に敬称など不要でございます。創造神様の応現に際するなど、まさに僥倖。身に余る光栄と存じます。今後のことは不肖ギュスターヴめにお任せ下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
「俺は、これからどうすれば……?」
「創造神様は現人神として、創世教会が責任を持って祀らせていただきます」
「……俺は、神様なんて器じゃないんですが」
「創造神様がどのような人格をお持ちで、元の世界でどのような立場におられ、どのような生活を送られていたのかは、この事態に際して考慮する必要はないかと存じます。創造神様はこの世界において神なのです」
いきなり異世界に転移して、自分が描いたキャラクターと遭遇したら神だと言われる。
神……俺が?
俺はこの状況に驚くよりも、強い不安に襲われている理由を考えた。
ひとつ思い当たる理由が浮かんだ。
俺はキャラクターたちを幸福で順風満帆に描いていたわけじゃない。
目の前にいるギュスターヴは一途な愛妻家という設定だが、その最愛の妻は若くして亡くなっている。
ストーリーを先へと進める際にドラマチックな演出を優先させた結果として、不幸で過酷な設定や展開は少なくない。
過酷な人生を歩んだキャラクターたちに、俺は恨まれていても不思議じゃない。
いや、待て……今は不安を募らせるより、確認が先だ。
勇者や冒険者ではなく神様としてスタートした異世界。チートな能力なんかは無さそうだが……能力、そうだ、この世界が俺の設定した通りなら、まず魔力は必須。
「あの……俺は魔力を持っていますか?」
俺の質問に答えたのは、クロエだった。
「失礼ながら、創造神様からは魔力を探知できません」
「そうですか……」
クロエは通常のランク付けから外れた超級の魔道士として大雅魔道士という称号を得た天才だ。そのクロエが探知できないのなら、俺は魔力を持っていないのだろう。
俺は特別な能力を持たない千歳大希、いや、千代田悠吾として異世界に転移してしまったようだ。
力を持たない者が、力を持つ者に祭り上げられるというのは、こんなに落ち着かないものなのか……それでも、この世界で他に寄る辺があるわけじゃない。俺は二人に担がれるしかない。
「分かりました。今後のことは二人にお任せします」
俺は事態を受け入れる覚悟を決めた。
自分が書いた小説の世界に転移したら、神として祭り上げられるという有り得ない事態に対して、我ながら順応が早すぎると思う。もっとあたふたしてもいい場面だろう。
俺が落ち着いていられる理由は一つしか浮かばない。
目の前で確かに生きている二人、クロエとギュスターヴを創出したのは、作者である俺だからだ。
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