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第12話 ~はじめてのお友達~

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 ――ゆさゆさ。

 全身を揺さぶられる感触が微睡みの世界からわたしを引き離そうとします。

「ん、んぅ……」

 無意識に抗おうと寝返りを打ってみたのだけど。

 ――ゆさゆさ。

 断続的に続くわたしに対する謎の儀式は全く止まる気配を見せなくて。

「あふ……。なぁにぃ…………って、あれ?」

 徐々に意識が急浮上。

 ゆっくりと瞼を見開いた視界には知らない天井が映っていて。

 それと。

「あ、やっと起きてくれました」

 視界の片隅にはくせっ毛のある茶色い髪の毛に。そこから上にピンと生えたピコピコ動く猫耳。

 そんな容姿をしたわたしをそっと覗く可愛らしい女の子。

 えっとね。

 そう。これは無意識だったんだよ。

 起きたばかりで。きっと寝ぼけていたから。

 うん。断じて我慢できなくて取った行動ではなくて。

「あの、クーリアさん。おはようござい――ひゃぁ!?」

 なでなで。

 わ。猫耳ってほんのり温かいんだ。

「あ、あの……あぅ。くすぐったいです……」

 わたしの手は止まりません。

 なでなでなでなで。

 頭を撫でて。猫耳もさわさわと。

 ぷるぷるぷるぷる……。

 どれだけ経ったのか。

 何時からか撫でる手から細かな振動が伝わってきていて。

 ん? あれ、わたし今なにしてるのかな?

 気づいた時にはもう色々と遅い状況で。

 目の前には。

 顔を真っ赤にして俯いている女の子がいて。

 その子の頭と猫耳を撫で続けているわたしがいて。

 意識覚醒。そして状況……把握。

 …………。

 え。

「ご、ごめんなさいっ!!」

 自分が何をしていたのかようやく理解したわたしは。

 咄嗟に撫でていた手を女の子の頭から放すも。

 涙目でぷるぷる震えている女の子は俯いたまま動く気配を見せなくて。

 あわわわわわわわ。

 え。わたし何をしていたの? っていうかわたしが何かやってたの? いや、間違いなくわたし何かやってたんだよね?

『まさか覚えておらぬのか? あれだけ撫でくり回していたというのに』

 ちょっとお父さんイグニスは黙ってて!!

『娘が冷たい……これが世に聞く反抗期というものなのか?』

 今はそれどころじゃないんだってば!!

 やっちゃった。あぅ、やっちゃったよぉ。

「あの。あのね? その、大丈夫、かな?」

 未だぷるぷる震え続ける女の子は。

 涙目のままようやくわたしを見てくれたんだけど。

 女の子の小さな口から出た言葉が。

「せ……」

 せ?

「責任、取ってくださいっ!!」

 え。

 責任?

 責任って何!?

 何をどう責任を取ればいいの!?


 何がどうしてこうなったのか。

 爽やかな朝なのに。

 うぅぅぅぅと涙目で唸り続ける女の子と。

 それに対して、何て言えばいいのか分からないわたしがいて。

 そこに加えて騒がしい状況に目覚めたがーくんが呼応するみたいにがーがー鳴き出しちゃって。

「…………。朝っぱらから何が起きてるっていうんだい」

 様子を見に来た女の子のお母さんは。

 その様子を呆れる眼で見ていたのでした。


 …………。

「あっはっはっは。そんなことがあったのかい。そりゃ急に耳を触られたらココだって驚くに決まってるさね」

「えっと、あの。責任を取ってと言われちゃったんですけど。わたしどうしたら……」

 場所は変わって昨日色々とお話をした大きなテーブルがある場所に。

 わたしと未だ顔を真っ赤にして俯く女の子。それと女の子のお母さんが座っていて。

 大声で笑いこける女の子のお母さんに対して説明を求めてみたんだけど。

 いきなり猫耳を撫でたのはまずかったんだよね? ど、どうしようと心中はドキドキしっぱなしでした。

「あぁ、そりゃ仕方ないだろうねぇ」

 あぁぁぁぁぁ。やっぱりなんだ……。

「まぁ、知らなかったものは仕方ないだろうけど、今後の為に覚えておきな。獣人の耳と尻尾はね。基本的に家族か将来伴侶となる者以外には触らせないんだよ。耳も尻尾もアタシ等獣人の象徴とも言える部分だしねぇ。誇りをもっているのさ。だから他人には決して触らせたりしないんだよ」

 家族と伴侶だけ……。

 伴侶ってアレだよね? 好きな人のことでいいんだよね?

 うぁぁぁぁぁぁ。

 寝ぼけていたわたしを殴り倒したい気分だよ……。

 可愛らしいからっていうだけで。

 思う存分撫で回しちゃって。

 そりゃ女の子も怒るに決まってるよ。

「本当にごめんなさい。あの。わたしどうしたらいいんでしょうか?」

 まだ自分の立ち位置が分かってないけれど。

 最悪村から追い出されることも考えないといけないかもしれない。

 あうぅ。本当になんてことしちゃったんだよぉ。


 そんな落ち込むわたしを見ていた女の子は。

 か細い声でようやく声を発してくれて。

「友達に……」

「え?」

「私の友達に、なってくれないと許しません……っ!!」

 ふぇっ?

 友達?

 誰と誰が?

 この女の子と。

 もしかしてわたしが?

「え? え?」

「ふぅ。そういうことさね。言ってなかったけど、他人でも親愛さえあれば許可次第だけど触ることも可能なのさね。ここまで言えばココが言っている意味をアンタでも分かるだろう?」

 お友達。

 言うことを言ってまたぷるぷると震えているこの女の子とわたしが。

「わたしが……お友達になってもいいの?」

 コクン。

 俯いたまま首を縦に振る女の子がいて。

 わたしの。はじめてのお友達?

 そう思った途端。

 ツーっと頬を伝う何かがわたしの膝に落ちていって。

 ポタ、ポタ、と。濡れてる。

 あれ。わたし泣いてるの? え、何で!?

「え、え? あ、あの。駄目だったんですか?」

 違うの。

 急なことだったから。

 頭が。わたしの心が理解してくれないだけで。

「わたしが。わたしなんかがお友達に……なっても、いいんですか?」

 そんなわたしが。

 やっと口に出せた言葉だったのだけれど。


「駄目だね」


「「え?」」

 その声に。

 わたしだけじゃなくて。女の子も驚いた顔をしていて。

 さっきまでと違って険しい顔でわたしを見る女の子のお母さん。

 駄目……。

 それは間違いなく拒絶の言葉で。

 その意味は。

 わたしは友達になれない。

 そっか。

 やっぱり駄目なんだ。

 わたしなんかが友達になれる訳なかったんだ。

 そう思うと同時に視界がゆがんで何も見えなくなるくらい涙が溢れてきてしまって。

 それなのに。

「ああもう何泣いてるんだい。アタシはココとアンタが友達になるのが駄目だって言ってるんじゃないよ」

 だってだって!!

 って、え? 友達になるのが駄目ではない?

 じゃぁ、何が駄目なの?

 あぅ。もう訳が分からないよ……。

「そのぐちゃぐちゃな顔をこれで拭きな。本当に何て顔をしてるんだい。アンタはそんな泣き顔でココと友達になるっていうのかい? アンタにとって友達になることはそんなに悲しいことだっていうのかい?」

 そんなことを言いながらタオルをわたしの顔にぐいっと押し付けてくる女の子のお母さん。

 渡されるがままに。

 ゴシゴシと自分の顔をタオルで押さえながら。

 言われたことの意味をよく考えてみます。

 女の子のお母さんが駄目だと言った意味。

 そもそも友達って何なんだろう。

 わたしの中にあるお友達の意味。

 一緒にいて共に楽しく感じることが出来る人のこと。

 じゃぁ、お父さんイグニスは?

 友達とは違う存在。お父さんイグニスはわたしの家族みたいなもの。

 がーくんは?

 友達……とも呼べくなくもないけど。わたしはがーくんのお母さんとして育てると決めたんだからやっぱり違う。

 そもそも今までに友達と呼べるそんな人はいた?

 ううん。いなかった。

 だからさっきはじめてのお友達って思ったんだから。

 友達っていうのはたぶん。

 孤児院にいた時。わたし以外の子どもたちが連れ添っているのをよく眺めていたんだけど、あの子たちは各々を友達だと思っていたんだろうね。

 なら、わたしは?

 そんな人はいなかった。だからお友達と呼べる人は誰もいない。

 今。

 わたしの前で恥ずかしそうに俯く女の子。

 わたしのはじめてのお友達になるかもしれな女の子。

 友達っていうのは対等な存在だって聞いたことがあるの。

 その子に対してわたしはさっきどんな顔でなんて言った?

 涙を流しながら。わたしが…………ぁ……そっか。そうなんだ。

 だから女の子のお母さんは怒ったんだ。

 そんな悲しい顔でお願いされてもきっといい関係にはなれないよね。

 お友達になるには――。

 うん。もう大丈夫。

 タオルで顔をぐいっと拭い去ったわたしは。

 よし。わたし頑張るよ。


「ココちゃん、でいいのかな?」

「は、はい。そうです。私の名前。ココ、です……」

「わたしの名前はクーリアです。この前10歳になったばかりです。ねぇ、ココちゃん。改めて言うね。わたしとお友達になってください。そしてわたしといっぱい。いーっぱいお話してくれると嬉しいな」

「クーリアさん……。私よりも年上のお姉ちゃん。……私からもお願いします。私と友達になって下さい!!」

 両手で握手をし合うわたしとココちゃんは。

 どちらも屈託のない笑顔をしていて。

 わたしはそれでもちょびっとだけ目じりに涙が浮かんじゃっていたけど。

 これがお友達なんだ。

 嬉しいなぁ。

 こうして。

 わたしははじめてのお友達が出来たのでした。


「やれやれ。慣れないことはするもんじゃないね。そもそも、こういったことはアタシじゃなくて自称でも父親を名乗るのなら、その父親である呪いの魔剣とやらが言うべきことなんじゃないのかねぇ」

『ッ…………。我だってな。我だってクーを助けたかったのだぞ。それなのに我に黙っていろと言ってくるし。我がどんな気持ちで……というか、自称父親とは何だ!! 我はクーの歴とした父親なのだぞ!!』

「あーはいはい。呪いの魔剣って言っても親としてはまだ全然駄目だねアンタも」

『ぐぬぬぬぬ……』


「この声って。クーリアさんのお父さん?」

「えっと。えへへ、そう。わたしのお父さんイグニスなんだよ。あ、あとわたしのことはリアって呼んで欲しいな。ごめんね。本当はクーの方がいいかもしれないんだけど、その呼び方はお父さんイグニスが呼んでくれる絆みたいなものだから」

 うん。やっぱりクーって呼び方はお父さんイグニスだけに呼んでもらいたいんだ。

 それにリアって呼び方も可愛くていいなって密かに思ってるんだ。

「だ、大丈夫。私にもその気持ち分かるから。だったらリアさん、でいいのかな?」

「出来ればさんよりちゃんのが嬉しいんだけど。駄目、かな? わたしもココちゃんって呼びたいから」

「でも、私まだ7歳だから。リアさんは私よりもお姉ちゃんだから……年上の人をちゃん付けでは呼べないです……」

 え。ココちゃんってまだ7歳だったの!?

 って、そうだよね。わたしより少し小さいけれどほとんど背丈が変わらないし。

 わたしの見た目も7歳児と間違われることがよくあったからね、うん……。

 ただ、そんなことよりも。

 今わたしのことをお姉ちゃんって呼んでくれたよね?

 お姉ちゃん。

 …………。

 だったら……。

「あ、あの。もしよかったらなんだけど。リアお姉ちゃんって一度呼んでくれないかな?」

「リ、リアお姉ちゃん?」

 おおおおぉぉぉぉ!!

 この身体中を駆け巡る痺れた感覚はなに!?

 いいかも。ものすごくいいかも!

 お姉ちゃん! わたしお姉ちゃんなんだ。えへへへへ。


「お、お母さん。リアお姉ちゃんが壊れちゃったよ!?」

「泣いたり笑ったり忙しい子だねぇ。だけど良かったねココ。アンタに友達が増えてさ」

「う、うん! お母さんも色々と有り難う!!」

「いいってことさね。あの子には普通の子どもとしての楽しみを知ってもらわなきゃいけないんだからね。だからココ、アンタがあの子に色々と教えてあげるんだよ」

「うんっ!!」


 ココちゃんからお姉ちゃんって呼ばれるのは想像以上に破壊力があって。

 色々な意味で落ち着くのに数分以上かかってしまったけれど。

 とにもかくにも、今言いたいことは。

 今日、わたしははじめてのお友達が出来ました!!


 って、あれ?

 わたしお友達が出来たんだよね?

 でもココちゃんは獣人さんで。

 ここは獣人さんの村で。

 わたしには人間で……。

 そもそもわたしってこれからどうなるんだろう?

「ほらほら。時間が経っちまったけど早く朝ご飯にするよ。さっさと食べるんだね」

「あ、あの!」

「話なら後にしな。いいから今は黙って食べる!!」

「ひゃいっ」

 今更だけどココちゃんのお母さんの名前もわたし知らないんだけどなぁ。

 そんな分からないことだらけの場所だけど。

 でも、そんな疑問は。

 テーブルの上に新鮮なお野菜と鳥の卵を使ったスクランブルエッグに加えて香ばしい匂いのパンが並べられた瞬間から頭の片隅に消えてしまって。

 ココちゃんと一緒に美味しいご飯をまずは食べることにしたのでした。
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