上 下
27 / 62
第三章 書架の暗号

2-1

しおりを挟む
 で、そんなおそらくこれまでの人生で最も色濃かった夏休み初日から、一週間後。
 僕と奈津美先輩は、ふたりにとっての思い出の場所、市立図書館の前に立っていた。
 今日から三日間、僕らはここでボランティアを行うことになっている。OG訪問&職場体験のパート2だ。

「あ~、この図書館に来るのって、すごく久しぶり。小学生の頃に戻ったみたいで、ドキドキしちゃう」

 奈津美先輩は、久しぶりに来た市立図書館にテンションが高まっているご様子。先日の怒りなんかすっかり忘れ、大いにはしゃいでいる。
 もっとも、かく言う僕も、少し気分が高揚している。奈津美先輩とふたりで市立図書館に来ると、やはりここが自分にとっての原点で、大切な場所なのだとわかるからだ。

「それじゃあ悠里君、張り切っていきましょう!」

「はい!」

 ふたり揃って、図書館の自動扉をくぐる。とりあえず貸出カウンターへ行って来意を告げると、奥からふたりの男女が出てきた。

「よう、悠里。よく来たな」

「叔父さん、ご無沙汰してます」

 男性の方が、気さくな笑みを浮かべながら、僕に向かって手を上げる。
 一ノ瀬いちのせ修二しゅうじ。僕の叔父で、浅場市立図書館サービス課の課長を務める現役の図書館司書だ。
 今回の職場体験では、書籍部からの依頼に対して図書館側の許可を取り付けてくれるなど、すでに色々と協力してくれている。

「今回は本当にありがとう。僕らの部の企画に協力してくれて」

「なーに、気にするな。こういうのは、持ちつ持たれつだ。こっちも、忙しい時期に気兼ねなくタダでこき使えるボランティアは、有り難い限りだからな!」

 叔父さんが、僕の背中をバンバン叩く。明け透けで裏表のない人なのだ。僕も、叔父さんのそういうフランクなところに憧れている。僕が司書を目指そうと思ったのだって、元を正せば叔父さんと同じ職業に就きたかったからだ。ある意味、僕にとって理想の人物と言える。

「一ノ瀬さん、お久しぶりです。今日から三日間、お世話になります」

「おお、奈津美ちゃんか。大きくなったね。栃折先生はお元気かな?」

「ええ。今日も『一ノ瀬さんたちに迷惑を掛けないように』ときつく申し付けられました」

「いやいや、こちらこそ栃折先生にはお世話になりっぱなしだからね。今回は、精一杯協力させてもらうよ」

「どうもありがとうございます」

 奈津美先輩が、楚々と微笑む。見た目だけなら良いところのお嬢さんといった感じの人だから、こういう仕草は本当によく似合う。はっきり言って、可憐だ。
 もっとも、僕の感想は「先輩、猫被っているなぁ~」だけれども……。まあ、突飛な行動を起こされるよりもましだから、このまま最後まで猫被りを貫いてもらおう。

「あの、課長。そろそろ私も、ご挨拶させてもらっていいですか?」

 その時、叔父さんの背後に控えていた女性が、やんわりと声を上げた。鈴を転がしたような、綺麗でよく通る声だ。声量はそれほどでもないのに、耳に心地よく響く。

「ん? ああ、済まないね、清森君。つい、私だけではしゃいでしまって」

 叔父さんが、「これは失敬」と頭に手をやりながら場所を譲る。
 入れ替わるように前に進み出た女性は、僕らに向かって柔らかく微笑んだ。

「こうして直接会うのは、初めてね。清森陽菜乃です。真菜の姉で、この図書館の司書をしています。よろしくね」

 陽菜乃先輩が右手を差し出す。姉妹というだけあって、真菜さんとよく似た顔立ちだ。ただし、真菜さんよりも髪が長くて、眼鏡をかけている。その長い髪をふんわりとした三つ編みにしてあり、優しい印象を醸し出している。子供とかに人気がありそうだ。

「書籍部現部長の栃折奈津美です。この度は、取材に応じていただき、ありがとうございます」

「こちらこそ、私が作った書籍部を守ってくれてありがとう。栃折さんみたいなかわいい後輩ができて、私もうれしいわ。今日から三日間、楽しくいきましょう」

「はい、よろしくお願いします! それで、こちらの男の子が……」

「副部長の一ノ瀬悠里です。よろしくお願いします、先輩」

「『先輩』か……。何だかこそばゆいわね。『先輩』なんて、もう何年も呼ばれてないから。ちょっと恥ずかしいし、そんな畏まった呼び方しなくてもいいわよ」

「じゃあ、真菜さんと合わせる感じで、陽菜乃さんとお呼びしていいですか?」

「うん。じゃあ、それで。よろしくね、一ノ瀬君」

 僕らもそれぞれに名乗りながら、順番に握手を交わす。
 それにしても、やっぱりこの人、真菜さんのお姉さんだな。先輩って呼んだら、まったく同じ理由で正された。

「それじゃあ、先にインタビューとやらを終えてしまおうか。奥の小会議室を押さえてあるから、そこでやってくるといい」

「ご協力ありがとうございます、一ノ瀬さん」

「いや、このくらいどうということはないよ。インタビューが終わったら職場体験に移るけど、基本的に清森君の指示に従って動いてくれ。それと、昼休みは……」

 叔父さんが、テキパキと指示を飛ばしていく。きっと、学校の課外授業とかで職業体験に来る中高生も多いのだろう。手慣れた感じだ。
 こちらからすれば、安心感があって好感度アップだ。やっぱりこの図書館はいいな。

「以上で、私からの説明は終わりだ。あとは清森君に任せるから、何かあったら呼んでくれ」

「わかりました」

 陽菜乃さんに「任せたよ~」と軽く放り投げ、叔父さんはどこかへ去っていった。
 相変わらずノリが軽いなぁ。でもまあ、あれでも課長だから、きっとやることがたくさんあるのだろう。正月に家に来た時にも、『会議や打ち合わせが多くて肩が凝る。昇進はするもんじゃないな』ってぼやいていたし。
 そう考えると、むしろ僕らのために説明に来てくれたことを感謝すべきか。ありがとう、叔父さん。

しおりを挟む

処理中です...