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屋上階の踊り場。そこで夏弥は「彼女」に問い詰めた。
「お前、秋乃じゃなくて美咲だよな……。どういうことだよこれ?」
「どうって…………」
夏弥は我が妹、藤堂秋乃を名乗る不届き者に、ググっと詰め寄る。
詰め寄られたその子は、ちょっぴり気まずそうに目をそらしていて。
無論、その正体は夏弥の疑念通り、鈴川美咲だ。
変装とはいえ、髪型とメガネ程度じゃ夏弥はごまかせない。
もう一か月も二か月もその顔と毎日向き合っているのだから、夏弥にはバレて当然だった。
「な、何言ってるの? 手伝うって言ったじゃん」
(……手伝うってこういうこと? いやいや。なかなか無茶だ。うん。無茶だよ。ていうか、よく月浦さんに気付かれなかったなおい。……それとも、本当はもう気付かれてるかも? 月浦さん、結構勘が鋭いから。悟っててもその場では言わなかったりするし……)
「やっぱり美咲か……。ていうか、手伝う方法がなんか違くない? 頭が痛くなってきた」
夏弥は混乱する頭を手で抑えながら、一つずつ丁寧に訊いていくことにした。
奇しくもサバが通り魔に遭ったあの時と、対応はほぼ同じである。
「違くないかって……? そんなことないでしょ。この方法が最強じゃん」
「最強……」
夏弥は、改めて目の前にいる女子高生を、頭から足の先まで見つめる。
茶髪の三つ編み。
美咲の元の茶髪ショートボブはどうしたのか、後頭部のあたりから、違和感なく流すみたいにしてそのおさげ髪は伸びてきている。
鼻筋にかけられた紺と黒の中間色の太いフレームメガネ。
メガネをかけていても、依然として美咲の顔立ちの良さはそのままだ。
むしろ、三つ編みやメガネも似合うという無敵っぷりを、そこで悠々と証明しているようにさえ見える。
さらには、三條高校のブレザー服。
いつもなら、美咲は少々ラフめに着崩しているのに、残念ながら、いや褒めるべき点として、ちゃんと着ている。拍手でも送りたい。
今じゃあまど子よろしくカッチリ着ている。ボタンも。スカートの丈も。
「……秋乃のフリをするのが最強だってことか」
「そういうこと。これが一番手っ取り早いベストな方法だって思ったんだよね。…………大体、月浦さんて秋乃のこと知らないんでしょ? ならあたしを藤堂秋乃ってことにすれば、色々とおかしな誤解はされないじゃん。一緒に同居しててもおかしくないし、学校で軽く話してても、まぁ普通でしょ」
「そう……か? というか、こっそり遠くから見ておくって話だったんじゃなかったっけ……」
「……いや、だって二人で料理がどうのっていう話、してたから。……料理するならどっちかの家のキッチン使うでしょ? 今あたし達一緒の家で暮らしてるじゃん。だから、この設定が一番自然に手伝えそうだし、夏弥さんと早く情報を共有する意味でも、言うなら今ここだって思って」
「今ここだ。かぁ……」
(……うん。……まぁ、俺が以前まで秋乃と一緒に暮らしてたのは事実だし、この設定で問題ないといえば問題ない……のか? いや、それにしても月浦さんを騙すみたいで、相変わらずちょっと気が引けるけどな……)
夏弥は腕を組みうんうんと思案する。
思案してから、さらに質問する。
「でもさすがに月浦さんにバレるんじゃね? その変装っぽいの」
「その可能性は低いと思う。人の記憶って、一回二回顔合わせたくらいじゃそんなに人の顔、定着しないでしょ。会ってる時間も短かったじゃん。あの人とあたし」
「それもそっか。……月浦さん、記憶力に関しては勉強でも単語帳とか使って反復させることで覚えてるっぽいしな……。と、とりあえず教えてほしいんだけど、その三つ編みは?」
「え? 芽衣からウィッグ借りただけだけど」
美咲は、指摘された明るい髪色の可愛らしい三つ編みを、指でつまんでクリクリしてみせる。夏弥からはただの地毛にしか見えないが、どうやらそれは美咲の友達、戸島芽衣の持ち物らしい。
「ウィッグ……ってあれか。コスプレとかで使うっていうパチモンの」
「何その偏った認識……。違うから。コスプレ以外にも普通にファッションとして使うからね? ヘアアレンジよ、ヘアアレンジ」
「そ、そうですか……。ていうか、なんで三つ編みなんだよ? ウィッグ自体はただの長髪だよね?」
「え。そ、それは…………えっと、月浦さんに親近感を感じてもらうため……?」
「まさか三つ編みにしてるだけでそんな親近感が沸くとは」
夏弥は美咲の三つ編みをじーっと見つめる。
(本当によく出来ているウィッグだな。……それに、美咲にとてもよく似合ってる。というか、顔立ちが整っているからどんなものも良いアクセントになってしまうんだろうけど)
見つめられた美咲は、その視線を避けるようにそっぽを向いた。
恥ずかしいのか、あるいはウザいのか。夏弥にはその感情が読めなかった。
「ねぇ。わかったなら戻ったほうがいいんじゃない? 月浦さん、待ってるでしょ?」
「それもそうだけど……」
果たしてこのまま、偽物の妹というヘンテコな事情を抱えた美咲と、月浦さんと自分。このメンツで一緒にお昼ごはんなんて食べていいのだろうか?
そんな不安が夏弥の脳内に大きく渦を巻く。
藤堂秋乃に化けた鈴川美咲。いくらなんでもややこしい。
大体、秋乃はちょっと強めのパーマヘアである。
三つ編みじゃないし、もっと言うとメガネの色も若干違う。
これはリスキーだ。と夏弥は自分がうっかり口を滑らせてしまうリスクを感じていたのだった。
「あ、ちょ、美咲! もう行くのかよ!」
「いつまでもコソコソしてられないでしょ」
腹を括っているのか高を括っているのかわからないけれど、美咲はずんずんとまど子のもとへ歩いていってしまった。
(どうしてこうなったんだろう。どこで掛け違えた……?)
どういうわけか生まれてしまった謎シチュエーションに、夏弥は翻弄されていく一方だった。
◇ ◇ ◇
なぜ。
その二文字が夏弥の脳内を行ったり来たりするのも当然で、どういうわけか夏弥は女子二人と一緒にお昼をとる形になっていた。
晴れた青空の下で食べるご飯は格別だ。……と、本当ならそのアオハルチックなシチュエーションを堪能できそうだったのに。
これは予想外すぎる展開だった。
三つ編みおさげ髪の女子二人。まど子と美咲。
そんな二人と一緒に過ごすランチタイムは、一見すると両手に花だ。
でも当の夏弥は、そう喜べるようなものだと感じていなかった。
「――あ、秋乃ちゃんは、普段料理するの?」
「いや。あたしはからっきしで。……料理はダメです。えっと、な、なつ兄はとっても上手ですけど」
「そうなんだ! じゃあ私と一緒だね。私も全然料理できなくてね? 上手くできないから料理しなくなって。でも、できたほうが良いと思ってまた始めて。……そんな風に繰り返してるの」
「そうなんですね。あたしもやろうとはするんですけど、いつも今ひとつって感じで……ふふ。似てますね、あたし達」
「……」
まど子の質問に、美咲は落ち着いた様子で受け答えしていた。
そんな二人を、夏弥はぼんやり横から眺める。
横から、というのは本当に位置的な意味での横からだった。
ウッドベンチの端から、まど子、美咲、夏弥の順で三人は座っていたのだ。
まど子と夏弥のあいだを割るようにして、三つ編みメガネの美咲は座っていた。
夏弥的にもこれはありがたい配置だった。
女子二人に挟まれるより、精神的にずっと楽々していられる。
さて、さっき発した美咲のセリフだけれど、その口調は流暢な敬語だった。
ただ「なつ兄」という固有名詞だけは、どうにも喉につっかえてしまうらしい。
「月浦さん、さっき俺と話してた内容だけど、無理して来なくてもいいと思うよ……。料理を教えるだけなら、なにか他の方法でも――「他の方法?」
まだ夏弥が言い終えていないのに、美咲が言葉を被せてくる。
見慣れないメガネ姿。そのメガネの奥にある綺麗な瞳は、夏弥をじろじろと見つめてきていて。
「他の方法なんてあるの? ないでしょ?」
美咲は少しピリッとした態度だけれど、夏弥にはその理由もよくわからなかった。
(……なんでちょっと怒ってんだよ。普通に他の方法でできるならそれに越したことないのに。……まぁ、俺と月浦さんの二人でも問題なく出来るってなったら、美咲の罪滅ぼしにならないのかもしれないけど……。そのことかな?)
美咲が不機嫌そうな目を向けたのは、確かにそうした理由もあったのだけれど、どちらかといえば「あたしの居ないところで、二人きりで遊ばないで」という気持ちのほうが強かったのかもしれない。
ただそれはもちろん、夏弥には察しようのない感情である。
「お前、秋乃じゃなくて美咲だよな……。どういうことだよこれ?」
「どうって…………」
夏弥は我が妹、藤堂秋乃を名乗る不届き者に、ググっと詰め寄る。
詰め寄られたその子は、ちょっぴり気まずそうに目をそらしていて。
無論、その正体は夏弥の疑念通り、鈴川美咲だ。
変装とはいえ、髪型とメガネ程度じゃ夏弥はごまかせない。
もう一か月も二か月もその顔と毎日向き合っているのだから、夏弥にはバレて当然だった。
「な、何言ってるの? 手伝うって言ったじゃん」
(……手伝うってこういうこと? いやいや。なかなか無茶だ。うん。無茶だよ。ていうか、よく月浦さんに気付かれなかったなおい。……それとも、本当はもう気付かれてるかも? 月浦さん、結構勘が鋭いから。悟っててもその場では言わなかったりするし……)
「やっぱり美咲か……。ていうか、手伝う方法がなんか違くない? 頭が痛くなってきた」
夏弥は混乱する頭を手で抑えながら、一つずつ丁寧に訊いていくことにした。
奇しくもサバが通り魔に遭ったあの時と、対応はほぼ同じである。
「違くないかって……? そんなことないでしょ。この方法が最強じゃん」
「最強……」
夏弥は、改めて目の前にいる女子高生を、頭から足の先まで見つめる。
茶髪の三つ編み。
美咲の元の茶髪ショートボブはどうしたのか、後頭部のあたりから、違和感なく流すみたいにしてそのおさげ髪は伸びてきている。
鼻筋にかけられた紺と黒の中間色の太いフレームメガネ。
メガネをかけていても、依然として美咲の顔立ちの良さはそのままだ。
むしろ、三つ編みやメガネも似合うという無敵っぷりを、そこで悠々と証明しているようにさえ見える。
さらには、三條高校のブレザー服。
いつもなら、美咲は少々ラフめに着崩しているのに、残念ながら、いや褒めるべき点として、ちゃんと着ている。拍手でも送りたい。
今じゃあまど子よろしくカッチリ着ている。ボタンも。スカートの丈も。
「……秋乃のフリをするのが最強だってことか」
「そういうこと。これが一番手っ取り早いベストな方法だって思ったんだよね。…………大体、月浦さんて秋乃のこと知らないんでしょ? ならあたしを藤堂秋乃ってことにすれば、色々とおかしな誤解はされないじゃん。一緒に同居しててもおかしくないし、学校で軽く話してても、まぁ普通でしょ」
「そう……か? というか、こっそり遠くから見ておくって話だったんじゃなかったっけ……」
「……いや、だって二人で料理がどうのっていう話、してたから。……料理するならどっちかの家のキッチン使うでしょ? 今あたし達一緒の家で暮らしてるじゃん。だから、この設定が一番自然に手伝えそうだし、夏弥さんと早く情報を共有する意味でも、言うなら今ここだって思って」
「今ここだ。かぁ……」
(……うん。……まぁ、俺が以前まで秋乃と一緒に暮らしてたのは事実だし、この設定で問題ないといえば問題ない……のか? いや、それにしても月浦さんを騙すみたいで、相変わらずちょっと気が引けるけどな……)
夏弥は腕を組みうんうんと思案する。
思案してから、さらに質問する。
「でもさすがに月浦さんにバレるんじゃね? その変装っぽいの」
「その可能性は低いと思う。人の記憶って、一回二回顔合わせたくらいじゃそんなに人の顔、定着しないでしょ。会ってる時間も短かったじゃん。あの人とあたし」
「それもそっか。……月浦さん、記憶力に関しては勉強でも単語帳とか使って反復させることで覚えてるっぽいしな……。と、とりあえず教えてほしいんだけど、その三つ編みは?」
「え? 芽衣からウィッグ借りただけだけど」
美咲は、指摘された明るい髪色の可愛らしい三つ編みを、指でつまんでクリクリしてみせる。夏弥からはただの地毛にしか見えないが、どうやらそれは美咲の友達、戸島芽衣の持ち物らしい。
「ウィッグ……ってあれか。コスプレとかで使うっていうパチモンの」
「何その偏った認識……。違うから。コスプレ以外にも普通にファッションとして使うからね? ヘアアレンジよ、ヘアアレンジ」
「そ、そうですか……。ていうか、なんで三つ編みなんだよ? ウィッグ自体はただの長髪だよね?」
「え。そ、それは…………えっと、月浦さんに親近感を感じてもらうため……?」
「まさか三つ編みにしてるだけでそんな親近感が沸くとは」
夏弥は美咲の三つ編みをじーっと見つめる。
(本当によく出来ているウィッグだな。……それに、美咲にとてもよく似合ってる。というか、顔立ちが整っているからどんなものも良いアクセントになってしまうんだろうけど)
見つめられた美咲は、その視線を避けるようにそっぽを向いた。
恥ずかしいのか、あるいはウザいのか。夏弥にはその感情が読めなかった。
「ねぇ。わかったなら戻ったほうがいいんじゃない? 月浦さん、待ってるでしょ?」
「それもそうだけど……」
果たしてこのまま、偽物の妹というヘンテコな事情を抱えた美咲と、月浦さんと自分。このメンツで一緒にお昼ごはんなんて食べていいのだろうか?
そんな不安が夏弥の脳内に大きく渦を巻く。
藤堂秋乃に化けた鈴川美咲。いくらなんでもややこしい。
大体、秋乃はちょっと強めのパーマヘアである。
三つ編みじゃないし、もっと言うとメガネの色も若干違う。
これはリスキーだ。と夏弥は自分がうっかり口を滑らせてしまうリスクを感じていたのだった。
「あ、ちょ、美咲! もう行くのかよ!」
「いつまでもコソコソしてられないでしょ」
腹を括っているのか高を括っているのかわからないけれど、美咲はずんずんとまど子のもとへ歩いていってしまった。
(どうしてこうなったんだろう。どこで掛け違えた……?)
どういうわけか生まれてしまった謎シチュエーションに、夏弥は翻弄されていく一方だった。
◇ ◇ ◇
なぜ。
その二文字が夏弥の脳内を行ったり来たりするのも当然で、どういうわけか夏弥は女子二人と一緒にお昼をとる形になっていた。
晴れた青空の下で食べるご飯は格別だ。……と、本当ならそのアオハルチックなシチュエーションを堪能できそうだったのに。
これは予想外すぎる展開だった。
三つ編みおさげ髪の女子二人。まど子と美咲。
そんな二人と一緒に過ごすランチタイムは、一見すると両手に花だ。
でも当の夏弥は、そう喜べるようなものだと感じていなかった。
「――あ、秋乃ちゃんは、普段料理するの?」
「いや。あたしはからっきしで。……料理はダメです。えっと、な、なつ兄はとっても上手ですけど」
「そうなんだ! じゃあ私と一緒だね。私も全然料理できなくてね? 上手くできないから料理しなくなって。でも、できたほうが良いと思ってまた始めて。……そんな風に繰り返してるの」
「そうなんですね。あたしもやろうとはするんですけど、いつも今ひとつって感じで……ふふ。似てますね、あたし達」
「……」
まど子の質問に、美咲は落ち着いた様子で受け答えしていた。
そんな二人を、夏弥はぼんやり横から眺める。
横から、というのは本当に位置的な意味での横からだった。
ウッドベンチの端から、まど子、美咲、夏弥の順で三人は座っていたのだ。
まど子と夏弥のあいだを割るようにして、三つ編みメガネの美咲は座っていた。
夏弥的にもこれはありがたい配置だった。
女子二人に挟まれるより、精神的にずっと楽々していられる。
さて、さっき発した美咲のセリフだけれど、その口調は流暢な敬語だった。
ただ「なつ兄」という固有名詞だけは、どうにも喉につっかえてしまうらしい。
「月浦さん、さっき俺と話してた内容だけど、無理して来なくてもいいと思うよ……。料理を教えるだけなら、なにか他の方法でも――「他の方法?」
まだ夏弥が言い終えていないのに、美咲が言葉を被せてくる。
見慣れないメガネ姿。そのメガネの奥にある綺麗な瞳は、夏弥をじろじろと見つめてきていて。
「他の方法なんてあるの? ないでしょ?」
美咲は少しピリッとした態度だけれど、夏弥にはその理由もよくわからなかった。
(……なんでちょっと怒ってんだよ。普通に他の方法でできるならそれに越したことないのに。……まぁ、俺と月浦さんの二人でも問題なく出来るってなったら、美咲の罪滅ぼしにならないのかもしれないけど……。そのことかな?)
美咲が不機嫌そうな目を向けたのは、確かにそうした理由もあったのだけれど、どちらかといえば「あたしの居ないところで、二人きりで遊ばないで」という気持ちのほうが強かったのかもしれない。
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