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029☆ラティルに潜む悪意と癒やしの力⑥

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 一見いつもと変わらずに見えても、王太子殿下がお怒りになっているのは僅かに漏れて伝わるピリピリとした空気を震わす魔力でわかる。……実はちょっぴり怖いけど、そこまでではないのは耐性のお陰まさに様々である。

 何故かというと、この村で見つかった病の特効薬が偽物で、それに王家がその病に効く薬として許可した証であるしるしに似せた印が捺されていたから。

 そう……王太子殿下、御立腹である。激おこだ。

 殿下のお怒りはごもっともで、現在の私は最早もはや魔王降臨といっても良いのではないかと思っている。

 私のむかしの記憶では既にまつりごとに携わっていた殿下は有能で、陛下が崩御して王となった時——何にも興味が無いのはそのままだったけれど——国や民に対しては善政を敷き、理想の政治が行われている治世とされ、民からは賢王や——高度な光魔法が使えるから——聖王と呼ばれ、近隣からは神君や聖君と名高かったのである。

 つまり、出来る男。

 対応が素早い完璧素晴らしい。
 近隣で待機または目的地までの往路を露払いしていた第二騎士団と第三騎士団……団だよ団。それも二個。
 王太子殿下にルクソール公爵嫡子のギルバート様、それに一応公爵令嬢の私の三人にいくらエリートとはいえ近衛一個隊だけっていくら殿下が強くても護衛少ないなと思っていたけれど、第一騎士団を王都に残して第二、第三騎士団が距離をとりつつ護衛していた。私が普通に商人だと思っていた人が騎士団員だったりね。


「シアはスミナル伯の邸まで送らせよう。休むと良い」

 慌ただしくなっている村で、休むと言ったギルバート様がそこいらにそのまま転がされているのと比べれば扱いは特上。

「殿下、子供たちが戻りましたらきっと治療が必要となります。わたくしでしたら村長の所に間借りさせていただきます」

 結核には潜伏期間がある。重症患者以外の村の人たちも多かれ少なかれ年齢性別問わず身の内に、知らず知らず病を抱えていたのだから子供たちの中にも病を潜ませているものがいるはずだ。
 そうするとここは聖魔法の癒やしの力が使えるアリシアの出番だ。

「…………大人しく、出来るか?」

「……殿下」

 わたくしを何だとお思いで?という言葉は激おこ殿下の怒りの矛先がこちらを向かない様に飲み込んでおく。スミナル伯のお城に簀巻きにして強制的に送られそうだもの。

「大人しく休んでおります」

 ええ、私なりに大人しく休んでおきますわ。
 大丈夫ですって、そんな胡乱な目をされなくても良いじゃありませんか。

「…………わかった」

 渋々承諾した殿下は私を村長の家に預け、ついでにギルバート様も近衛の方に運ばせると家の前に護衛騎士を二人残し陣頭指揮を執りにスミナル伯と合流しに行った。




 いつも悪意は息を顰めて潜んでいる。

 私は誰よりもそれを知っていたはずなのに…………










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