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第五章 守護竜の花嫁
007 穏やかな時間
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いつもお喋りなリックが無言になると、幌馬車の中も静寂に包まれた。ルーシャとヒスイは二人掛けソファーに隣同士で座り、馬車に揺られているだけ。
ずっと会いたかったヒスイが隣にいるのに、そちらを見ることも出来なければ言葉も出てこない。
いつも二人でいる時に何を話していただろう。考えてばかりいたら、不意に隣からヒスイに名前を呼ばれた。
「ルーシャ?」
「はぃっ!」
「どうしましたか? そんな気合いの入った返事なんかして」
声が裏返ってしまった。恥ずかしくてルーシャは顔を伏せた。ヒスイはそれを面白がっているみたいで、より緊張する。
「べべべ別に、急に名前を呼ぶから驚いてしまったの」
「ルーシャ」
「はい!?」
「何度でも呼びますよ。ずっと呼びたかったから。ルーシャの声が聞きたかったから」
横目でヒスイの方へ視線を伸ばすと、真っ直ぐにこちらを見ていた。心臓がドキドキと脈打つ。こんな感覚は初めてで、瞬きばかりしてしまう。
「少しは僕のことも、意識してくれるようになりましたか?」
「えっ?」「バゥッ!」
ルーシャがヒスイの方へ顔を向けようとした時、急にシュヴァルツが立ち上がった。続けてリックの声も。
「この先、揺れます~。結構太めの木の枝の上突っ走りますよ~ 」
「わ、分かったわ。──きゃっ」
「ルーシャっ!?」
馬車は想像以上に大きく揺れ、ルーシャは怖くて瞳をギュッと閉じた。丸太の上でも乗り上げたのではないかと思う程に馬車は揺れ、しばらく進むと停車した。
「大丈夫でしたか~。あー……」
リックが馬車内の様子を確認すると、シュヴァルツはひっくり返りそうになったソファーを支え、ルーシャはソファーの上でヒスイに覆い被さる形になっていた。
「ルーシャ。大胆だな。……おっ邪魔しましたぁ」
「ちょっと、リック!? 違うのっ。あ、重いわよね。ごめんなさい」
動揺するルーシャとは裏腹に、ヒスイは淡々と身体を起こしルーシャの顔を覗き込んだ。恥ずかしがるルーシャが新鮮過ぎて、観察せずにはいられない。
「別に重くないですし、怪我はないですか?」
「ないです。あの、いつもいつもありがとう。それに、ずっとずっと前から……ありがとう」
潤んだ瞳に、紅く染まる頬は緊張の為か少し強張っていて、初めてルーシャと出会った日の記憶と重なって見えた。
ルーシャと出会ったのは深い森の中だった。コハクの落雷で傷つき気絶していたヒスイをルーシャは魔法で癒してくれた。
暖かい光に包まれ、それが心地よくて。この光が何か確かめたくて瞳を開くと、ルーシャがいた。不安げな瞳でヒスイを見つめ、瞬きする度にその瞳は喜びに溢れていった。
ドラゴン相手に臆することなく、ルーシャは微笑みヒスイを抱きしめてくれた。甘い花の蜜のような香りがした。それは身も心も甘く惑わし吸い寄せられ、ヒスイを一瞬で虜にした。
「それは僕の台詞です。ルーシャのお陰で、コハクに勝てたことだってあるんですから」
「そ、そうなの?」
「はい。今聞きたいですか? それとも、ひと月後、思い出してから聞きたいですか?」
「えっと……。今聞いて、思い出してからもまた話したいわ」
「そうしましょうか」
ルーシャといると、時がゆっくりと流れていくのを感じる。思い返すとほんのひとときの時間でしかないのに、今はとてもゆったりと穏やかな時間に誘われていった。
◇◇◇◇
幌馬車の隅でルーシャは寝袋に包まれてぐっすり眠りについている。シュヴァルツを挟んで反対側に、リックとヒスイも並んで寝袋に入った。
「ルーシャ。ぐっすり眠ってますね。やっぱりヒスイ殿がいると全然違います。ルーシャ、ほとんど寝てなかったと思いますよ。ヒスイ殿の名前を出す度にポロポロ泣いてましたし」
「ルーシャがお世話になりました。少し見ない間に、随分と仲良くなりましたね」
ヒスイはリックに笑顔を向けるが、目が全く笑っていない。
「ははは。そんな目で見ないでくださいよ。ルーシャはオレの顧客リストから、ドラゴン大好き同盟の同盟員リストへ移動しただけですから」
「はい?」
「それより、折り入ってご相談があります」
「背中ぐらいならまた乗せてあげますよ」
「えっ。やったぁ!──じゃなくて、ちょっとヤバい話なんです」
リックは鞄からハート型のロケットペンダントを取り出した。ロケットの中には白い粒が入っていて、ひとつだけ真っ二つに割れていた。真ん中が赤黒く、鼻につく嫌な匂いとミントの香りが鼻を掠める。
「これは?」
「ルーシャがアリア様から頂いた、香り玉って言ったらいいんですかね。ロウソクの火に入れて使うものみたいで。シェリクス領に行く途中で使ったんですけど、シュヴァルツが反応したんですよ。毒だって。あまり強い毒ではないみたいですけどね」
「ルーシャには言ってないんですね。ありがとうございます」
「ただでさえ弱ってる時に言えませんよ。この香り玉はシュヴァルツが気に入ったことにして回収しました。弁償したいと理由をつけて、レイス様に相談しに行こうって話でまとまってます。アリア様も被害者かもしれませんし……」
リックはその先は言わなかった。憶測で大切な顧客を悪者にできないし、レイスの妻である人を悪く言うのも気が引けた。しかし、ヒスイは違う。
「そうでないかもしれませんし。この事はルーシャにはまだ話さないでください」
「はい。オレとヒスイ殿、二人だけの秘密ですね!」
「そうですね。リック君とは長い付き合いになりそうです」
「マジですか? へへっ。今日はいい夢が見れそうです」
「それは何よりです。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
リックの笑顔に反して、ヒスイの顔は曇っていた。
守護竜の花嫁の儀式はまだ終わっていない。
ルーシャとの穏やかな時間に酔っている場合ではないのだ。
また繰り返さないためにも、不安要素は一つでも多く排除しなくてはならない。
ずっと会いたかったヒスイが隣にいるのに、そちらを見ることも出来なければ言葉も出てこない。
いつも二人でいる時に何を話していただろう。考えてばかりいたら、不意に隣からヒスイに名前を呼ばれた。
「ルーシャ?」
「はぃっ!」
「どうしましたか? そんな気合いの入った返事なんかして」
声が裏返ってしまった。恥ずかしくてルーシャは顔を伏せた。ヒスイはそれを面白がっているみたいで、より緊張する。
「べべべ別に、急に名前を呼ぶから驚いてしまったの」
「ルーシャ」
「はい!?」
「何度でも呼びますよ。ずっと呼びたかったから。ルーシャの声が聞きたかったから」
横目でヒスイの方へ視線を伸ばすと、真っ直ぐにこちらを見ていた。心臓がドキドキと脈打つ。こんな感覚は初めてで、瞬きばかりしてしまう。
「少しは僕のことも、意識してくれるようになりましたか?」
「えっ?」「バゥッ!」
ルーシャがヒスイの方へ顔を向けようとした時、急にシュヴァルツが立ち上がった。続けてリックの声も。
「この先、揺れます~。結構太めの木の枝の上突っ走りますよ~ 」
「わ、分かったわ。──きゃっ」
「ルーシャっ!?」
馬車は想像以上に大きく揺れ、ルーシャは怖くて瞳をギュッと閉じた。丸太の上でも乗り上げたのではないかと思う程に馬車は揺れ、しばらく進むと停車した。
「大丈夫でしたか~。あー……」
リックが馬車内の様子を確認すると、シュヴァルツはひっくり返りそうになったソファーを支え、ルーシャはソファーの上でヒスイに覆い被さる形になっていた。
「ルーシャ。大胆だな。……おっ邪魔しましたぁ」
「ちょっと、リック!? 違うのっ。あ、重いわよね。ごめんなさい」
動揺するルーシャとは裏腹に、ヒスイは淡々と身体を起こしルーシャの顔を覗き込んだ。恥ずかしがるルーシャが新鮮過ぎて、観察せずにはいられない。
「別に重くないですし、怪我はないですか?」
「ないです。あの、いつもいつもありがとう。それに、ずっとずっと前から……ありがとう」
潤んだ瞳に、紅く染まる頬は緊張の為か少し強張っていて、初めてルーシャと出会った日の記憶と重なって見えた。
ルーシャと出会ったのは深い森の中だった。コハクの落雷で傷つき気絶していたヒスイをルーシャは魔法で癒してくれた。
暖かい光に包まれ、それが心地よくて。この光が何か確かめたくて瞳を開くと、ルーシャがいた。不安げな瞳でヒスイを見つめ、瞬きする度にその瞳は喜びに溢れていった。
ドラゴン相手に臆することなく、ルーシャは微笑みヒスイを抱きしめてくれた。甘い花の蜜のような香りがした。それは身も心も甘く惑わし吸い寄せられ、ヒスイを一瞬で虜にした。
「それは僕の台詞です。ルーシャのお陰で、コハクに勝てたことだってあるんですから」
「そ、そうなの?」
「はい。今聞きたいですか? それとも、ひと月後、思い出してから聞きたいですか?」
「えっと……。今聞いて、思い出してからもまた話したいわ」
「そうしましょうか」
ルーシャといると、時がゆっくりと流れていくのを感じる。思い返すとほんのひとときの時間でしかないのに、今はとてもゆったりと穏やかな時間に誘われていった。
◇◇◇◇
幌馬車の隅でルーシャは寝袋に包まれてぐっすり眠りについている。シュヴァルツを挟んで反対側に、リックとヒスイも並んで寝袋に入った。
「ルーシャ。ぐっすり眠ってますね。やっぱりヒスイ殿がいると全然違います。ルーシャ、ほとんど寝てなかったと思いますよ。ヒスイ殿の名前を出す度にポロポロ泣いてましたし」
「ルーシャがお世話になりました。少し見ない間に、随分と仲良くなりましたね」
ヒスイはリックに笑顔を向けるが、目が全く笑っていない。
「ははは。そんな目で見ないでくださいよ。ルーシャはオレの顧客リストから、ドラゴン大好き同盟の同盟員リストへ移動しただけですから」
「はい?」
「それより、折り入ってご相談があります」
「背中ぐらいならまた乗せてあげますよ」
「えっ。やったぁ!──じゃなくて、ちょっとヤバい話なんです」
リックは鞄からハート型のロケットペンダントを取り出した。ロケットの中には白い粒が入っていて、ひとつだけ真っ二つに割れていた。真ん中が赤黒く、鼻につく嫌な匂いとミントの香りが鼻を掠める。
「これは?」
「ルーシャがアリア様から頂いた、香り玉って言ったらいいんですかね。ロウソクの火に入れて使うものみたいで。シェリクス領に行く途中で使ったんですけど、シュヴァルツが反応したんですよ。毒だって。あまり強い毒ではないみたいですけどね」
「ルーシャには言ってないんですね。ありがとうございます」
「ただでさえ弱ってる時に言えませんよ。この香り玉はシュヴァルツが気に入ったことにして回収しました。弁償したいと理由をつけて、レイス様に相談しに行こうって話でまとまってます。アリア様も被害者かもしれませんし……」
リックはその先は言わなかった。憶測で大切な顧客を悪者にできないし、レイスの妻である人を悪く言うのも気が引けた。しかし、ヒスイは違う。
「そうでないかもしれませんし。この事はルーシャにはまだ話さないでください」
「はい。オレとヒスイ殿、二人だけの秘密ですね!」
「そうですね。リック君とは長い付き合いになりそうです」
「マジですか? へへっ。今日はいい夢が見れそうです」
「それは何よりです。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
リックの笑顔に反して、ヒスイの顔は曇っていた。
守護竜の花嫁の儀式はまだ終わっていない。
ルーシャとの穏やかな時間に酔っている場合ではないのだ。
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