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第四章 竜谷の雨
004 最速超特急
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「リック君!?」
「そっち行ってもいいですか~?」
リックはご機嫌な様子で大声で尋ね、ルーシャも雨音に負けないように声を張った。
「ええ。でもどうして──あら?」
ルーシャの視界からリックが消えた。
その次の瞬間、すぐ近くで水の滴る音がした。
「来ちゃいましたよ。ドラゴンの匂いがしたんで」
リックは鏡台の前に立ち、満面の笑みで答えた。手には黒い犬のぬいぐるみを持ち、鏡台の椅子へ勝手に腰かけ、隣にはシュヴァルツもいる。
「え、今、下にいたはずなのに……」
「転移魔法ですよ。いや~。ドラゴンの話があったら呼んでくださいって言っておいたじゃないですか。呼ばれる前にほとんど来ちゃいましたよ。妹君、寝すぎです」
「私、あれからどれくらい寝ていたのかしら」
外は雨。明るさからして夜でないことは分かるがそれ以外の情報はなにもなかった。
「今、早朝なんで。半日位ですよ。昨日、雷鳴と共にドラゴンが現れましたね。すんごい気配が王都までビンビン来ちゃって。もう居ても立ってもいられなくて」
拳を握りしめ、興奮した様子のリック。
尻尾を振りまくるシュヴァルツ。
急に部屋の中が騒がしくなった。
「た、楽しそうね」
「楽しいに決まってるじゃないですか! 憧れのドラゴンがすぐ近くにいたんですよ! シェリクス領は滅多に入れないんですけど、王都だったらオレの庭ですよ? でも、気配消しやがったんですよね。何処に行ったか知りませんか?」
「リック君は、ドラゴンに会って何がしたいの?」
「前に言ったじゃないですか。背中に乗って空飛びたいんです」
「爪とか牙とか取ったりするの?」
「あー。あんまりその辺は興味ないんですけど、くれるんだったらもらいますよ」
「ドラゴンが雷ピカッて攻撃してきたり、殺すぞって脅してきたらどうするの!?」
ルーシャの変な質問にリックは頭を抱える。そんなこと想像もしたことがなかったからだ。
「どうするもこうするも……。ん? もしかして妹君。ドラゴンに脅されました?」
「そ、それは……」
「ど、ドラゴンと話したんですか!?」
「話したっていうか……」
「す、凄すぎる。ドラゴンとお喋りできちゃう国があるなんてっ!! 妹君。全部話してもらうまで、オレ帰りませんからね。あれ? そういえばヒスイ殿は?」
「ヒスイは……」
ヒスイの顔を思い出すと胸が苦しくなってきた。
コハクの恐ろしい瞳と、力なく地面に倒れたヒスイ。
コハクはヒスイに罰を与えると言っていた。
今頃どうしているのか心配でならない。
目頭が熱を帯び、涙がボロボロと溢れ出す。
「あの、妹君。泣いて……ます?」
「ヒスイが……ヒスイがね。ドラゴンに連れていかれちゃったの!」
◇◇◇◇
ロイとミールには、行きと同じように、リックにシェリクス領まで送ってもらうことを伝え、ルーシャは休暇をもらった。
カルロはついて行くと言ったが、悪天候で移動日数が延びてしまうかもしれず、どれだけ店を空けることになるか分からないことを伝えると諦めてくれた。
シェリクス領までは四日かかる。王都へ行く時に使ったあのズルは、今回は使えないらしい。
シェリクス領には、転移するための目印がないからだそうだ。
ルーシャは二人掛けソファーに黒狼のシュヴァルツと一緒に座っていた。少しでも気が休まるようにと、リックがシュヴァルツを側においてくれたのだ。
「シュヴァルツ。君の御主人様は凄い子だね」
「バゥ」
話しかけると返事をしてくれるシュヴァルツ。ゴワゴワと固そうな毛に見えていたが、触れると柔らかく抱きしめると暖かい。
「シュヴァルツ?」
「…………」
「暖かいね」
「バゥ」
たまに無視されるけど、凄く癒された。
リックは昼間は御者台に座り馬車を進め、夜は馬車の中で休んでいた。しかし不思議なことに、馬車は足を止めることなく夜道を走っている。
ルーシャはソファーをベッドとして借り、シュヴァルツを挟んで向こう側には寝袋に入ったリックが横になっている。
「ねえ。御者は誰がしているの?」
「誰もしてないですよ。馬には申し訳ないけど、丸三日走ってもらいます。体力増強の魔法薬を与えたので……。妹君。シェリクス領まで最速超特急で三日で行きますから、あんまり根詰めないでくださいね」
「でも、もしもヒスイが、あのコハクってドラゴンに酷い目に合わされているかもって思うと……」
「いや~。ヒスイ殿がドラゴンだったとは。世の中狭いもんですね。コハクってドラゴンが本当にヒスイ殿の兄なら、あんまり酷いことは出来ないんじゃないですかね」
「そうかしら。とても怖い瞳をしていたの」
でも、リックの言うとおり、ルーシャへ向ける瞳とヒスイに向ける瞳は、違っていた気がした。
「オレの親戚も姉弟の仲が悪くて、絶縁してみたり爆弾なげつけて喧嘩してみたり、色々あったらしいんですけど、結局お互いの心配してたりするんですよね」
「全く想像できないのだけれど、そういうものなのかしら。私、一人っ子だから分からないな」
「レイス様がいるじゃないですか。でも、仲が良さそうですし、比べられないですかね」
「うーん。本当の兄でもないから。従兄なのよ。私は養女で、アーネスト家に居場所なんかないの」
どうしてこんなにペラペラと自分のことを話しているのだろう。
リックのことも知っているからなのか。
それとも、どうしようもなく不安だからだろうか。
「そうだったんですか。オレには、レイス様は妹君の本当のお兄さんにしか見えないですよ。変に遠慮したりもしないし、妹君に駄目なことは駄目って言ってますもんね」
「そっか。そうかも。あ、シェリクス領へ行ったら、昔両親と過ごした別荘に行こうと思っているの。竜谷からも近いから、そこに馬車を置いて、後は歩いていくわ」
「了解です! 後二回寝たらもう着いちゃいますから、それまで色々教えてくださいね。妹君のこと知りたいです」
「え?」
「後、ヒスイ殿のことと、ドラゴンのこととドラゴンのこと知りたいです」
「ドラゴンって二回言ってるけど?」
「何回でも言いますよ。ドラゴンドラゴン──」
好きな物を全力で好きと言えるリック。
そんなリックなら信頼できる気がした。
「もうっ……。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさいませ」
「そっち行ってもいいですか~?」
リックはご機嫌な様子で大声で尋ね、ルーシャも雨音に負けないように声を張った。
「ええ。でもどうして──あら?」
ルーシャの視界からリックが消えた。
その次の瞬間、すぐ近くで水の滴る音がした。
「来ちゃいましたよ。ドラゴンの匂いがしたんで」
リックは鏡台の前に立ち、満面の笑みで答えた。手には黒い犬のぬいぐるみを持ち、鏡台の椅子へ勝手に腰かけ、隣にはシュヴァルツもいる。
「え、今、下にいたはずなのに……」
「転移魔法ですよ。いや~。ドラゴンの話があったら呼んでくださいって言っておいたじゃないですか。呼ばれる前にほとんど来ちゃいましたよ。妹君、寝すぎです」
「私、あれからどれくらい寝ていたのかしら」
外は雨。明るさからして夜でないことは分かるがそれ以外の情報はなにもなかった。
「今、早朝なんで。半日位ですよ。昨日、雷鳴と共にドラゴンが現れましたね。すんごい気配が王都までビンビン来ちゃって。もう居ても立ってもいられなくて」
拳を握りしめ、興奮した様子のリック。
尻尾を振りまくるシュヴァルツ。
急に部屋の中が騒がしくなった。
「た、楽しそうね」
「楽しいに決まってるじゃないですか! 憧れのドラゴンがすぐ近くにいたんですよ! シェリクス領は滅多に入れないんですけど、王都だったらオレの庭ですよ? でも、気配消しやがったんですよね。何処に行ったか知りませんか?」
「リック君は、ドラゴンに会って何がしたいの?」
「前に言ったじゃないですか。背中に乗って空飛びたいんです」
「爪とか牙とか取ったりするの?」
「あー。あんまりその辺は興味ないんですけど、くれるんだったらもらいますよ」
「ドラゴンが雷ピカッて攻撃してきたり、殺すぞって脅してきたらどうするの!?」
ルーシャの変な質問にリックは頭を抱える。そんなこと想像もしたことがなかったからだ。
「どうするもこうするも……。ん? もしかして妹君。ドラゴンに脅されました?」
「そ、それは……」
「ど、ドラゴンと話したんですか!?」
「話したっていうか……」
「す、凄すぎる。ドラゴンとお喋りできちゃう国があるなんてっ!! 妹君。全部話してもらうまで、オレ帰りませんからね。あれ? そういえばヒスイ殿は?」
「ヒスイは……」
ヒスイの顔を思い出すと胸が苦しくなってきた。
コハクの恐ろしい瞳と、力なく地面に倒れたヒスイ。
コハクはヒスイに罰を与えると言っていた。
今頃どうしているのか心配でならない。
目頭が熱を帯び、涙がボロボロと溢れ出す。
「あの、妹君。泣いて……ます?」
「ヒスイが……ヒスイがね。ドラゴンに連れていかれちゃったの!」
◇◇◇◇
ロイとミールには、行きと同じように、リックにシェリクス領まで送ってもらうことを伝え、ルーシャは休暇をもらった。
カルロはついて行くと言ったが、悪天候で移動日数が延びてしまうかもしれず、どれだけ店を空けることになるか分からないことを伝えると諦めてくれた。
シェリクス領までは四日かかる。王都へ行く時に使ったあのズルは、今回は使えないらしい。
シェリクス領には、転移するための目印がないからだそうだ。
ルーシャは二人掛けソファーに黒狼のシュヴァルツと一緒に座っていた。少しでも気が休まるようにと、リックがシュヴァルツを側においてくれたのだ。
「シュヴァルツ。君の御主人様は凄い子だね」
「バゥ」
話しかけると返事をしてくれるシュヴァルツ。ゴワゴワと固そうな毛に見えていたが、触れると柔らかく抱きしめると暖かい。
「シュヴァルツ?」
「…………」
「暖かいね」
「バゥ」
たまに無視されるけど、凄く癒された。
リックは昼間は御者台に座り馬車を進め、夜は馬車の中で休んでいた。しかし不思議なことに、馬車は足を止めることなく夜道を走っている。
ルーシャはソファーをベッドとして借り、シュヴァルツを挟んで向こう側には寝袋に入ったリックが横になっている。
「ねえ。御者は誰がしているの?」
「誰もしてないですよ。馬には申し訳ないけど、丸三日走ってもらいます。体力増強の魔法薬を与えたので……。妹君。シェリクス領まで最速超特急で三日で行きますから、あんまり根詰めないでくださいね」
「でも、もしもヒスイが、あのコハクってドラゴンに酷い目に合わされているかもって思うと……」
「いや~。ヒスイ殿がドラゴンだったとは。世の中狭いもんですね。コハクってドラゴンが本当にヒスイ殿の兄なら、あんまり酷いことは出来ないんじゃないですかね」
「そうかしら。とても怖い瞳をしていたの」
でも、リックの言うとおり、ルーシャへ向ける瞳とヒスイに向ける瞳は、違っていた気がした。
「オレの親戚も姉弟の仲が悪くて、絶縁してみたり爆弾なげつけて喧嘩してみたり、色々あったらしいんですけど、結局お互いの心配してたりするんですよね」
「全く想像できないのだけれど、そういうものなのかしら。私、一人っ子だから分からないな」
「レイス様がいるじゃないですか。でも、仲が良さそうですし、比べられないですかね」
「うーん。本当の兄でもないから。従兄なのよ。私は養女で、アーネスト家に居場所なんかないの」
どうしてこんなにペラペラと自分のことを話しているのだろう。
リックのことも知っているからなのか。
それとも、どうしようもなく不安だからだろうか。
「そうだったんですか。オレには、レイス様は妹君の本当のお兄さんにしか見えないですよ。変に遠慮したりもしないし、妹君に駄目なことは駄目って言ってますもんね」
「そっか。そうかも。あ、シェリクス領へ行ったら、昔両親と過ごした別荘に行こうと思っているの。竜谷からも近いから、そこに馬車を置いて、後は歩いていくわ」
「了解です! 後二回寝たらもう着いちゃいますから、それまで色々教えてくださいね。妹君のこと知りたいです」
「え?」
「後、ヒスイ殿のことと、ドラゴンのこととドラゴンのこと知りたいです」
「ドラゴンって二回言ってるけど?」
「何回でも言いますよ。ドラゴンドラゴン──」
好きな物を全力で好きと言えるリック。
そんなリックなら信頼できる気がした。
「もうっ……。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさいませ」
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