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第三章 ブランジェさん家

009 王都

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 裏庭のベンチにて、ルーシャはサンドイッチを片手にヒスイに文句を言った。

「私に押し付けて逃げるなんてズルいわ!」
「すみません。でも、ああいうのは苦手です」
「私だって嫌よ。お従兄様狙いのご令嬢の相手は慣れているけど。あれを越えると、私は敵と判断されて──。今のうちからヒスイから距離を取っておきましょう」
「ええっ。もうルーシャに押し付けませんから。今度聞かれたら、ちゃんと自分で対処します。──僕には大切な人がいるってちゃんと言いますから」

 サンドイッチを握りしめ、固い決意を胸にヒスイは真剣な面持ちでルーシャを見つめた。半分冗談で言ったのに、こんなに本気で言い返されると中々気まずい。

「そ、そうなの?」
「……はい。世界の理をねじ曲げてでも、守りたい人がいるんですよ」
「へぇ。……なんかスケールの大きな話ね! どんな人なのかしら?」
「小さな女の子ですよ。僕の世界に勝手に入ってきて、喧嘩で負けてばかりの僕を慰めてくれました。怪我を魔法で治してくれたり、一緒に特訓したり──何ですか。今にも笑いだしそうな顔ですね」
「だって、ヒスイが喧嘩するとか、想像できないんだもの」
「兄弟喧嘩ですよ。もう何年も喧嘩はしてないですし、口も聞いてませんけどね。でも、最近分かったこともあって、そろそろ許そうと思っています」

 ルーシャが知らない世界を、遠くに見据えながら話すヒスイの横顔は、とても新鮮で見ていて楽しい。
 今まで二人でいた時間はたくさんあった筈なのに、こうして会話をするのは、初めてだと感じた。

「そう。仲直りできるといいわね。ヒスイの家族の話、初めて聞いたわ。もっと色々知りたい。ヒスイのこと」
「僕の……ことを?」
「ええ。ヒスイは何人家族? どこで産まれたの? どうして人の姿になれるの? それから……」
「えっと……質問が多すぎます。休憩時間だけでは足りません」

 そう言って真っ赤な顔でサンドイッチにかぶり付いたヒスイが可愛く見えて、この楽しみはまた後に取っておこうとルーシャは決めた。

「そうね。それなら夜教えて。寝る前に沢山質問するから、覚悟してね!」

 ◇◇◇◇

 ベッドの上段からはルーシャの寝息が聞こえる。
 昼間あんなに意気込んでいたのに、質問して、ヒスイの返答を聞く前に、もうルーシャは夢の中だった。
 柵に足をかけベッドを覗き込み、ヒスイはルーシャの寝顔を観察した。

 久しぶりに見たルーシャは純白の花嫁衣装を着ていて、美しい大人の女性になったように見えた。
 けれど今、目の前にいるルーシャは子供の頃のままあまり成長していないように見える。

 でもこっちの方がルーシャらしい。
 誰の顔色を窺うでもなく、自由でよく笑う。

「質問しておいて寝てしまうなんて……もう何を聞かれても教えて上げませんからね。──本当は知っているんだから、思い出してくださいよ。ルーシャ」

 ◇◇◇◇

 それから数日後。
 ルーシャとヒスイは王都へパンを売りに来た。

 食パンとライ麦パンと、ベーコンのエピ。それからローストビーフのサンドイッチに、ルーシャの作ったアップルパイをガゴに詰めて、騎士訓練所の定期便に乗せてもらった。
 定期便は毎日出ていて、王都へ物資を運ぶ訓練の一つらしいが、詳しい任務は秘密だそうだ。
 男ばかりの幌馬車の片隅にルーシャとヒスイは乗せてもらった。

 朝一番に出て、王都に着いたのは昼前。丁度いい時間に着いたのだが、照りつける太陽の下、ヒスイは至極不機嫌だった。

「馴れ馴れしいコバエ共が……」
「ヒスイ。みんないい人達だったじゃない。色々教えてくれたし、この場所でパンを売っているからってここまで送ってくれたのよ」
 
 ここは王都の市街地にある広場だ。露天が多く並び、この小さな噴水横のスペースで、ブランジェさん家はパンを販売しているらしい。

 この地区は王都の商店で働く人や、身分は低いが騎士団に所属している市民が多く住む。ルーシャが幼い頃住んでいた地区の隣に位置している。

「そうですね。とても助かりましたが、ルーシャを見る目が卑しかったです。あの短時間で求婚してきた奴がいたことには驚きました」
「あんなの冗談でしょ。上官の方が言ってたじゃない。訓練所には怖いおじさんしかいないから、優しさに飢えてるって」
「とは言いましても──あっ。護衛さんです」

 噴水に腰掛け、こちらをじっと見ている赤髪の少年リックがいた。

「お久しぶりです。営業再開とは何よりですね。オレ的には、『店がやってません。シェリクス領に戻りたいので送ってってください!』って声がかかるの待ってたんですけどね~」
「ふふ。それはないわ。シェリクス領に私の帰る場所はないから」
「はい?」
「それより、昼食は決まってるのかしら?」
「いえ。なので……ベーコンのエピをください。それからジャムを全種類ひと瓶ずつ」
「まぁ。たくさんありがとう」
「これから実家に帰るんで、お土産に。あ、でもすぐまた戻ってくるんで、お金とドラゴンのお話があったら呼んでくださいね」
「はいはい。分かってますよ」

 リックは調子良くヘコヘコ頭を下げると、人混みの中へ消えていった。
 さすが王都、いつの間にか通路が人で一杯だ。

 子供から大人まで、様々な装いの人々が行き交うなか、次に店の前に足を止めたのは黒いローブの怪しげな男性だった。

「あれ。ここ、ブランジェさん家かい?」
「はい。そうです!」
「新しい子か。──では問題をだそう。私がいつも買うパンはどのパンでしょう!?」
「えぇっ!?……っと」

 いきなりちょっと変な客だが、常連客に違いない。 
 店の評判を落とさない為にも要望に答えなくては。

 今日は通常よりパンの種類が少ない。
 いつもあるものとしたら、食パンかライ麦パンだ。
 この男性は五十代前半ぐらい、やはり柔らかい食パンの方を好みそうな気がする。

「しょ、食パンでいかがでしょ──きゃっ」

 ルーシャが食パンを差し出すと、男性はそれを受け取らず、素早い身のこなしでルーシャとヒスイの後ろに隠れた。

「正解だ。名探偵な君に一つお願いがある。面倒な奴に追われているんだ。匿って欲しい」
「えぇぇっ!?」
「ルーシャ。もしかしたら、あの人から逃げているのでは?」

 ヒスイの視線の先には、ダークブラウンの髪の背の高い騎士の姿があった。辺りを見回し、ルーシャと目が合うと親しげに手を上げる。

「お従兄様だわ」


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