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第二章 王都への道

004 転移

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「ヒスイっ。何があったの!?」

 ルーシャがヒスイの元に駆け寄ると、その隣にはずぶ濡れの巨大な火狼が倒れている。遠目で良く分からなかったが、ヒスイの足元から幾本の水柱が立ち、火狼を大地から跳ね上げ卒倒させたのが見えた。

「ルーシャ。怪我はないですか?」
「無いわ。ヒスイは?」
「問題ないです。さて、この狼はどうしましょうかね」

 ヒスイがボロボロの火狼に目を向けると、それにまとわりつく赤髪の少年の姿が目に入った。

「すっげぇ~。でっけぇ~。爪貰っちゃってもいいかな~?」
「どうぞご自由に。今、命を奪うか考え中なので」
「なっ。物騒な話だな。別に、ちょっと脅しで火を吹いただけだ。命は大切に! ですよ。ヒスイ殿」

 リックは火狼の爪を丁寧に布で磨きながらヒスイに物申す。命が大切というか、商品として大切にしているようにしか見えなかった。

「脅しじゃありません。こいつは人間を喰らおうとしたのです。排除対象です」 
「ひ、人喰い狼なのか!?
「いえ。そんな種はこの国にいません。そのようなことが起きれば、守護竜が速攻で排除しますので」
「なら、まだこの火狼は何もしていないんだよな。だったら、森に返してやろうよ」
「そうね。ヒスイ、森の方を見て」

 木々の後ろには他の火狼がこちらの様子を窺っていた。その数十の黄色い瞳からは、怒りと不安、そして何よりも恐怖が見てとれた。

「空腹で激昂していたとはいえ、見過ごせません。が……」

 ルーシャは心配そうに火狼の頭を撫でてやっていた。
 ヒスイは知っている。
 ルーシャがどんな生き物にも優しいことを。
 出来ればルーシャの前で殺生などしたくない。

「ルーシャ。それではこうしましょう……」

 ◇◇◇◇

 翌朝、気絶していた火狼のボスは目を覚まし、ポロポロと大粒の涙を流して命乞いした後、他の火狼に支えられて巣穴へと大人しく帰っていった。

 ヒスイの出した水柱で負った痣を、ルーシャが薬草で手当てしてくれたことが嬉しかったらしく、もう人を襲おうなどと卑しいことは考えないだろうと、ヒスイも納得して送り出していた。
 やはりヒスイは動物と話が出来るみたいだ。水竜だし、当たり前なのかもしれないけれど。

 それから王都へ馬車は進み、リックは鼻歌混じりに手綱を握り、ルーシャは火狼の爪を布で磨いている。

「妹君。お手伝い感謝します~。いや~大漁ですな~」
「良かったわね。たくさん商品が手に入って」

 ルーシャの隣には山のように火狼の爪が置かれている。それから大きな白銀の牙が二本。

 火狼のボスからは、爪だけでなく牙もいただいた。その方が反省するだろうというヒスイの案だ。

「何故、ルーシャが手伝わされているんですか?」
「暇だし、いいじゃない。それに、磨くと凄く綺麗になるのよ」

 ルーシャが火狼の爪をヒスイの目の前に差し出すと、爪越しにルーシャの顔が透けて見えた。透明度の高い美しい宝石のようだ。

「……それなら、僕もやります」
「おお。ヒスイ殿も助かります~」
「別に護衛さんの為じゃありませんから」
「釣れないなぁ~。そうだ、もう少し進めば、ちょっとズルして王都に着くことが出来るんですけど、やっちゃいます? お二人にはお世話になりましたし、大サービスです!」
「何かしら。そのズルって」
「転移魔法ですよ。王都には転移陣が設置してあるんで、オレの魔法でそこにアクセスしちゃおうかなって」
「へぇ~。なんだか凄そうな魔法が使えるのね。急ぐ理由はないけれど、お願いしちゃおうかしら」
「では、お願いされちゃいますね。もう少し進むと、転移可能圏内になるんで、少々お待ちを!」

 それからしばらく進むと、リックは馬車を止めてシュヴァルツを呼んだ。

 シュヴァルツはさっき見た時よりも数倍大きく、馬車と同じぐらいのサイズだ。馬車の前におすわりして、こちらを赤い瞳でじっと見ている。

「では、行きますよ~。掴まっててくださいね。──」

 リックが小声で何か呪文を唱えたかと思うと、シュヴァルツは大きな口を開き、馬車を飲み込んだ。
 一瞬見えた真っ黒な口内は、一筋の光すら感じさせない闇そのもの。

 ルーシャは急に怖くなり隣のヒスイに抱きつき瞳をギュッと瞑ったのだが、そのつぎの瞬間には、瞼に明かりを感じていた。

「ルーシャ。大丈夫ですか?」
「ええ。ここは……ぇえっ!?」

 ルーシャは幌の隙間から見える外の光景に驚き声を上げた。

「妹君。着きましたよ! ここが王都です!」
「そ、そうだけれど。王都というか……お城じゃない!?」
 
 ルクレスト城がすぐ目の前に見えた。
 こんなに近くで見たことはない。
 塀の向こうの遠くの方に見えるのが当たり前、そう思っていた城が目と鼻の先に見える。

 ということは。ここは間違いなく、城内だ。

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