7 / 65
第一章 新たな活路
004 ヒスイの趣味
しおりを挟む
日が沈み始めた頃、ルーシャは馬車に乗り、シェリクス家へ出発した。向かいの席にはヒスイが座っている。どうしても付いて行くとヒスイが言うので、付き人として同行することになったのだ。
沈む夕陽をボーッと見つめるルーシャに、ヒスイは小さくため息をついた後、早口で言った。
「もし上手くいかなかった場合は、さっさとこの街から出ていきますからね」
「ええ。そうならないことを祈るわ」
パーティーでの出来事を話してから、ヒスイはずっと不機嫌だった。その上、婚約後のテオドアの浮気を知ると、彼を最低の奴だと罵り、そんなパーティーなど行かなくていいとまで言ってくれたのだが、そうはいかない。
公爵家から招待されたパーティーを断るなどすれば、アーネスト伯爵家に迷惑をかけてしまう。恩を仇で返すようなことは、絶対にしたくなかった。
ルーシャは十年前からアーネスト伯爵家で暮らしている。事故で両親を亡くしたルーシャは、母方の父である、アーネスト前伯爵に引き取られ、育ててもらった。
アーネスト前伯爵は、孫のルーシャを可愛がり、従兄のクレイスと共に大切に育ててくれたのだ。
「ルーシャ。あのお屋敷ですか?」
左手に大きな屋敷が見えてきた。街の少し外れの高台にある、シェリクス公爵家の本邸だ。街を見下ろすように聳え、この屋敷の裏側には守護竜がすまうとされる竜谷が広がっている。
「ええ。そうですわ」
「お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ヒスイ。そろそろ着くわね」
次第に屋敷が近づいてくる。向こうもルーシャの馬車に気づいた様子で、大きな門がゆっくりと開かれ、門の向こうには一人の男性が佇んでいた。
そういえば、パーティーの日、テオドアはああして門の前で待っていて、ルーシャを暖かく迎え入れてくれた。
あの時は嬉しかったけれど……。今はそんな気持ちにはなれなかった。
「テオドア様だわ」
「あれが……。遠くから見ると、キノコみたいですね」
「え?」
「例えるなら……金色のマッシュルーム」
「金色のマッシュルーム!?」
ヒスイは真面目な顔でテオドアをそう命名した。艶のよい丸みを帯びた金髪はマッシュルームと言われたら、そう見えなくもない。むしろそれにしか見えなくなってきた。驚くルーシャに、ヒスイは柔和な笑みを向けて言葉を続ける。
「見えますよね? 僕、人を物に例えるのが趣味なんですよ。因みに、ルーシャのお従兄さんだったら、焼き過ぎたステーキです」
「焼き過ぎたって、どうして?」
「焼き過ぎた肉は硬くて焦げてますよね。お従兄さんの髪は暗めの色ですし、性格は真面目で堅そうな方とお見受けいたしましたので」
何となくしっくりきた。従兄は身内のルーシャから見ても完璧な男性だ。優しいし、魔法も剣も得意で、城で要職に就いている。まさにステーキ。しかしルーシャのこととなると、頑固で融通の利かない面を見せるのだ。
「面白い趣味ね。でも、テオドア様は……。ふふっ。どうして?」
「あ、彼のことはよく知らないので、第一印象です」
門の奥で待つテオドアが、もうマッシュルームにしか見えない。彼のことをこんな気持ちで眺める日がくるなんて思いもよらなかった。
どうしても顔から笑みが溢れてしまう。ヒスイはいつもこんな楽しいことをしているのだろうか。
「ねぇ。それなら私は?」
「る、ルーシャは…………蜜です」
「えっ。何て言ったの?」
「ひ、秘密です!」
「あら。教えてくれてもいいじゃない!」
頬を膨らますルーシャを笑顔で流し、ヒスイは外を見るようにと目で合図すると同時に、馬車が足を止めた。
ヒスイとの会話を楽しんでいる間に、もう着いてしまったのだ。ルーシャが落胆していると、弾んだ男性の声が耳に響いた。
「ルーシャ! 待ちくたびれたぞ」
沈む夕陽をボーッと見つめるルーシャに、ヒスイは小さくため息をついた後、早口で言った。
「もし上手くいかなかった場合は、さっさとこの街から出ていきますからね」
「ええ。そうならないことを祈るわ」
パーティーでの出来事を話してから、ヒスイはずっと不機嫌だった。その上、婚約後のテオドアの浮気を知ると、彼を最低の奴だと罵り、そんなパーティーなど行かなくていいとまで言ってくれたのだが、そうはいかない。
公爵家から招待されたパーティーを断るなどすれば、アーネスト伯爵家に迷惑をかけてしまう。恩を仇で返すようなことは、絶対にしたくなかった。
ルーシャは十年前からアーネスト伯爵家で暮らしている。事故で両親を亡くしたルーシャは、母方の父である、アーネスト前伯爵に引き取られ、育ててもらった。
アーネスト前伯爵は、孫のルーシャを可愛がり、従兄のクレイスと共に大切に育ててくれたのだ。
「ルーシャ。あのお屋敷ですか?」
左手に大きな屋敷が見えてきた。街の少し外れの高台にある、シェリクス公爵家の本邸だ。街を見下ろすように聳え、この屋敷の裏側には守護竜がすまうとされる竜谷が広がっている。
「ええ。そうですわ」
「お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ヒスイ。そろそろ着くわね」
次第に屋敷が近づいてくる。向こうもルーシャの馬車に気づいた様子で、大きな門がゆっくりと開かれ、門の向こうには一人の男性が佇んでいた。
そういえば、パーティーの日、テオドアはああして門の前で待っていて、ルーシャを暖かく迎え入れてくれた。
あの時は嬉しかったけれど……。今はそんな気持ちにはなれなかった。
「テオドア様だわ」
「あれが……。遠くから見ると、キノコみたいですね」
「え?」
「例えるなら……金色のマッシュルーム」
「金色のマッシュルーム!?」
ヒスイは真面目な顔でテオドアをそう命名した。艶のよい丸みを帯びた金髪はマッシュルームと言われたら、そう見えなくもない。むしろそれにしか見えなくなってきた。驚くルーシャに、ヒスイは柔和な笑みを向けて言葉を続ける。
「見えますよね? 僕、人を物に例えるのが趣味なんですよ。因みに、ルーシャのお従兄さんだったら、焼き過ぎたステーキです」
「焼き過ぎたって、どうして?」
「焼き過ぎた肉は硬くて焦げてますよね。お従兄さんの髪は暗めの色ですし、性格は真面目で堅そうな方とお見受けいたしましたので」
何となくしっくりきた。従兄は身内のルーシャから見ても完璧な男性だ。優しいし、魔法も剣も得意で、城で要職に就いている。まさにステーキ。しかしルーシャのこととなると、頑固で融通の利かない面を見せるのだ。
「面白い趣味ね。でも、テオドア様は……。ふふっ。どうして?」
「あ、彼のことはよく知らないので、第一印象です」
門の奥で待つテオドアが、もうマッシュルームにしか見えない。彼のことをこんな気持ちで眺める日がくるなんて思いもよらなかった。
どうしても顔から笑みが溢れてしまう。ヒスイはいつもこんな楽しいことをしているのだろうか。
「ねぇ。それなら私は?」
「る、ルーシャは…………蜜です」
「えっ。何て言ったの?」
「ひ、秘密です!」
「あら。教えてくれてもいいじゃない!」
頬を膨らますルーシャを笑顔で流し、ヒスイは外を見るようにと目で合図すると同時に、馬車が足を止めた。
ヒスイとの会話を楽しんでいる間に、もう着いてしまったのだ。ルーシャが落胆していると、弾んだ男性の声が耳に響いた。
「ルーシャ! 待ちくたびれたぞ」
0
お気に入りに追加
394
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される
ねこいかいち
恋愛
魔法で栄えた国家グリスタニア。人々にとって魔力の有無や保有する魔力《オド》の量が存在価値ともいえる中、魔力の量は多くとも魔法が使えない『不良品』というレッテルを貼られた伯爵令嬢レティシア。両親や妹すらまともに接してくれない日々をずっと送っていた。成人間近のある日、魔導公爵が嫁探しのパーティーを開くという話が持ち上がる。妹のおまけとして参加させられたパーティーで、もの静かな青年に声をかけられ……。
一度は書いてみたかった王道恋愛ファンタジーです!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる
橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。
十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。
途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。
それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。
命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。
孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます!
※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる