上 下
100 / 102
後日談

『ファビウス家の秩序』 何が最善か

しおりを挟む
 リリアーヌは酷くやつれた顔で椅子に腰かけていた。

 私が部屋に入ると、体を強ばらせ、リリアーヌは小さく震えていた。
 私はテーブルの上に、国王から賜った勲章を置いた。

「アルベリクの代わりに、私がこれを受け取ってきたよ」
「………」

 リリアーヌは微かに口を開いたが、言葉を発することはせず、口を閉じて勲章を虚ろな瞳で見つめていた。

 前回話した時に、言い訳ばかりのリリアーヌに、私は言ったのだ。
『お前の言葉は聞きたくない。二度と口を開くな』
 と。その事を守っているのかもしれない。

「それから、クリストファ王子の流刑が決まったよ」
「…………!?」

 リリアーヌは瞳を見開き、驚いて固まっていた。

「流刑などでは足りないよな。国の英雄と聖女を殺したのに。……でも安心しろ。アレクシス王子が力を貸してくれる。クリストファは二度と国に戻ることはない。流刑先で暗殺されるんだ」
「あ………」

 リリアーヌはうつ向き泣き始めた。
 この涙は何の意味があるのだろう。

 かつて愛した者の死を嘆いているのか。
 自分も同じ道を辿ると思い恐怖しているのか。
 それとも、私と同じようにホッとし、喜んでいるのか。

 私にはリリアーヌの心を感じとることは出来なかった。

「クリストファ王子は実の兄によって、その命を落とすことになるだろう。アルベリクと同じだな。実の姉に裏切られ──」
「違いますっ。私は……アルを死なせたくなんかありませんでした。私は──」

 私はリリアーヌを疎ましく感じた。
 目の前から消えて欲しいほどに。

 この期に及んで、まだ自分の罪を認めないのだから。

「ただ利用されただけ……そう言いたいのか?」
「……私も、クリス様と同じ処罰をお与えください。どうか、私を死なせてください」 

 これは、反省して言っているのか、ただ楽になりたいだけなのか。
 どちらだろう。

 しかし、そのどちらだとしても関係はない。
 私はファビウス家の当主なのだ。
 その責務を果たすためには──。


「……それでは、ファビウス家に傷が付くではないか」
「えっ……?」
「お前の罪を知っているのは、クリストファと、ローエン家の者、それからクロエとレオンだ。お前がクロエに余計なことを言うから、幼い二人も罪を知ることとなった」
「……っ。だったら、私は……私はどうしたらよいのですか!?」

 頭を抱え、泣きながらテーブルに伏せるリリアーヌ。
 自分を被害者の様に思っているのだろうか。
 私にとってお前は加害者でしかないのに。
 
「……さあ? 私にも分からないよ。私に言えることは、これ以上ファビウス家の名を汚すな。それだけだ。自分がどうすべきか。──自分で考えろ」

 私はソファーを立ち上がると部屋を出た。

 久しぶりに会ったリリアーヌは、別人の様に生気が薄く、以前の艶やかさを失っていた。

 そんなリリアーヌを見て、投獄されたクリストファを思い出した。
 私もアレクシス王子と同じように、身内に罰を与えようとしている。

 リリアーヌに対して、私が求めるものが何だったのか、分からなくなっていた。

 クリストファの様な末路へと追いやりたいのか。
 それとも、許したいのか。

 ファビウス家を守るために、何が最善か。
 己の感情が複雑に入り交じり、答えが見えなかった。

 アルベリクだったらどうしただろう。
 リリアーヌを……許したかもしれない。
 いや、あの少女の死を目の当たりにしたら許さないだろうな。

 しかし、アルベリクなら、姉の死を望むこともせず、きっと別の手段を取るのだろうな。

 私は自室へ戻るとベッドに突っ伏し、今後のことに頭を悩ませた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...