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第八章 終焉と死に戻りの秘密
007 回想・2
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目を開けたら、いつもの庭だった。
目の前には入れたての紅茶。婆やの匂いがした。
「あらあら。アル様?──何だか、大人になられましたか?」
よくある日常の風景だった。
しかし、俺は気づいたら一筋の涙を流していた。
あれは夢?
「アル様!? 目にゴミでも入りましたか!?」
レクトが慌ててハンカチを差し出した。
レクトが……少し幼く見えた。
何かがおかしい。蘇生術を試したはずなのに。
俺は失敗したのか。
でも、それならどうして生きている?
あの本の持ち主である、父なら知っているだろうか。
「婆や。……父上は?」
「……オズワルド様は、半年前にお亡くなりになられました」
メアリの言葉で確信した。
今は、あの日から二年ほど前の日だと。
俺は書斎へ急いだ。
古い木箱の中には、あの本が入っていた。
兄と集めた魔術の材料はない。
そう。二年前ならまだない筈なのだ。
もしかしたら、時間が巻き戻っているのかもしれない。
俺はそう思い、教会へ急いだ。
セシルがいるかもしれない。
でもセシルの姿は何処にもなかった。
礼拝堂にも、裏庭にもいない。
セシルがいないなら、俺は何のためにここにいるんだ。
セシルのいない世界に、意味なんかない。
俺は井戸の前で途方にくれ、崩れ落ちた。
その時だった。井戸の中から光が溢れたのだ。
「魔法?」
セシルは魔法が使えたそうだ。
そのせいで処刑された。
誰かを救ったのに。
本で魔法について読んだことがある。
人を傷つける魔法もあるようだが。
きっと、セシルのそれは違うのに。
俺は、井戸から発せられた光に導かれるようにして立ち上がり、高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸した。
走ったからか、それとも、セシルが井戸の底にいるかもしれないと思ったからか、俺の心臓は益々早くなった。
そして、井戸から表れたのは、水色の髪の少女だった。
その顔は青白く悲愴感に満ちた顔をしていた。
俺の記憶のセシルとは、違う。
傷つきボロボロになった儚げな少女だった。
この子を守るにはどうしたらいい?
魔女と異端者と罵られないようにするには何が一番いい?
「……お前、名前は?」
「わ、私は……セシルよ」
俺はセシルの手を引いて、礼拝堂へ向かった。
セシルを守るには、力を示せばいいんだ。
領民全てに認められ、崇められるほどの力を。
誰かを救ったのに殺されるなんておかしい。
セシルを聖女に。
そして今度こそ、ディルクを英雄として凱旋させたい。
時を遡った理由は、本を読んでも分からなかったけれど、俺はきっと、この二人の運命を変えるために生かされたのだ。
でも、俺は臆病だったから、また、青い薔薇を咲かせ、光蝶の鱗粉を集めた。
そして、剣の鍛練を積んだ。
来たる北の争乱を沈めるために。
ディルクは死ななかった。俺自身も大分強くなっていたし、セシルの力によってディルクは救われた。
ディルクはその後、意中の相手であったオリヴィアと結ばれ、俺は素直に嬉しかった。
しかし、北へ行くことが長くなっていた間に、セシルの隣には別の男がいるようになっていた。それは、時を遡る直前にも会っていたあの金髪の青年、クリストファ王子だった。
彼の隣にいるセシルは幸せそうだった。
俺の前では見せないような笑顔を見せ、それが寂しくもあり、でも、セシルが幸せならそれで良かった。
思い返してみれば、あの時もう、俺はセシルを愛しく思っていたのだろう。
セシルは英雄ディルクを助けた功績が認められ、クリストファ王子の婚約者になった。リリアーヌとの婚約は破談になった。しかしリリアーヌも、いずれは第二夫人の様な立場につくのだろうと気にも止めていなかったが、それがいけなかった。
リリアーヌはセシルを陥れ、婚約者の座に返り咲いたのだ。
王都でそんな騒ぎになっているとは知らずに、俺が駆けつけた時にはセシルの首が落ちるときだった。
一瞬だけ、セシルと視線が交わった。
死を前にしても美しいその瞳は、死を受け入れるかのように、誰も恨んでいないように見えた。
どうしてセシルが死ななければならないのか。
俺には受け入れられなかった。
あの美しい瞳と対照的に、世界は歪んで見えた。
セシルを嘲笑うリリアーヌ。
俺が時を遡ぼらなければ、姉にあんな顔をさせることは無かったのに。
姉をそうさせてしまったのは、俺のせいだ。
何を間違えたのだろう。全部全部俺のせいだ。
聖女になれば、セシルは誰からも愛され幸せになれると思ったのに。結局また、処刑されてしまうなんて。
まるで自分は被害者のように嘆く王子が憎かった。
セシルを幸せにしてくれるかと思ったのに。
セシルに石を投げる者もいた。
自分達の怪我を治してもらったくせに。
この国は王家も民も腐っているのだと思った。
この世界の全てが敵に見えた。
……また戻れるだろうか。
今度こそセシルを救えるだろうか。
もしもまた、あの蘇生術で時を遡ることが出来るなら。
今度はどうするべきだろうか。
王子に会わせなければいい。
こんな国は捨てて、セシルをどこか遠くへ連れ出せばいい。
また戻れる確証はない。
しかしそれをやらない道は選べない。
セシルを守れなかったのは俺のせいだ。
セシルがいない世界なんか、俺には必要ないのだから。
そして、俺はまた、あの蘇生術を行使した。
目の前には入れたての紅茶。婆やの匂いがした。
「あらあら。アル様?──何だか、大人になられましたか?」
よくある日常の風景だった。
しかし、俺は気づいたら一筋の涙を流していた。
あれは夢?
「アル様!? 目にゴミでも入りましたか!?」
レクトが慌ててハンカチを差し出した。
レクトが……少し幼く見えた。
何かがおかしい。蘇生術を試したはずなのに。
俺は失敗したのか。
でも、それならどうして生きている?
あの本の持ち主である、父なら知っているだろうか。
「婆や。……父上は?」
「……オズワルド様は、半年前にお亡くなりになられました」
メアリの言葉で確信した。
今は、あの日から二年ほど前の日だと。
俺は書斎へ急いだ。
古い木箱の中には、あの本が入っていた。
兄と集めた魔術の材料はない。
そう。二年前ならまだない筈なのだ。
もしかしたら、時間が巻き戻っているのかもしれない。
俺はそう思い、教会へ急いだ。
セシルがいるかもしれない。
でもセシルの姿は何処にもなかった。
礼拝堂にも、裏庭にもいない。
セシルがいないなら、俺は何のためにここにいるんだ。
セシルのいない世界に、意味なんかない。
俺は井戸の前で途方にくれ、崩れ落ちた。
その時だった。井戸の中から光が溢れたのだ。
「魔法?」
セシルは魔法が使えたそうだ。
そのせいで処刑された。
誰かを救ったのに。
本で魔法について読んだことがある。
人を傷つける魔法もあるようだが。
きっと、セシルのそれは違うのに。
俺は、井戸から発せられた光に導かれるようにして立ち上がり、高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸した。
走ったからか、それとも、セシルが井戸の底にいるかもしれないと思ったからか、俺の心臓は益々早くなった。
そして、井戸から表れたのは、水色の髪の少女だった。
その顔は青白く悲愴感に満ちた顔をしていた。
俺の記憶のセシルとは、違う。
傷つきボロボロになった儚げな少女だった。
この子を守るにはどうしたらいい?
魔女と異端者と罵られないようにするには何が一番いい?
「……お前、名前は?」
「わ、私は……セシルよ」
俺はセシルの手を引いて、礼拝堂へ向かった。
セシルを守るには、力を示せばいいんだ。
領民全てに認められ、崇められるほどの力を。
誰かを救ったのに殺されるなんておかしい。
セシルを聖女に。
そして今度こそ、ディルクを英雄として凱旋させたい。
時を遡った理由は、本を読んでも分からなかったけれど、俺はきっと、この二人の運命を変えるために生かされたのだ。
でも、俺は臆病だったから、また、青い薔薇を咲かせ、光蝶の鱗粉を集めた。
そして、剣の鍛練を積んだ。
来たる北の争乱を沈めるために。
ディルクは死ななかった。俺自身も大分強くなっていたし、セシルの力によってディルクは救われた。
ディルクはその後、意中の相手であったオリヴィアと結ばれ、俺は素直に嬉しかった。
しかし、北へ行くことが長くなっていた間に、セシルの隣には別の男がいるようになっていた。それは、時を遡る直前にも会っていたあの金髪の青年、クリストファ王子だった。
彼の隣にいるセシルは幸せそうだった。
俺の前では見せないような笑顔を見せ、それが寂しくもあり、でも、セシルが幸せならそれで良かった。
思い返してみれば、あの時もう、俺はセシルを愛しく思っていたのだろう。
セシルは英雄ディルクを助けた功績が認められ、クリストファ王子の婚約者になった。リリアーヌとの婚約は破談になった。しかしリリアーヌも、いずれは第二夫人の様な立場につくのだろうと気にも止めていなかったが、それがいけなかった。
リリアーヌはセシルを陥れ、婚約者の座に返り咲いたのだ。
王都でそんな騒ぎになっているとは知らずに、俺が駆けつけた時にはセシルの首が落ちるときだった。
一瞬だけ、セシルと視線が交わった。
死を前にしても美しいその瞳は、死を受け入れるかのように、誰も恨んでいないように見えた。
どうしてセシルが死ななければならないのか。
俺には受け入れられなかった。
あの美しい瞳と対照的に、世界は歪んで見えた。
セシルを嘲笑うリリアーヌ。
俺が時を遡ぼらなければ、姉にあんな顔をさせることは無かったのに。
姉をそうさせてしまったのは、俺のせいだ。
何を間違えたのだろう。全部全部俺のせいだ。
聖女になれば、セシルは誰からも愛され幸せになれると思ったのに。結局また、処刑されてしまうなんて。
まるで自分は被害者のように嘆く王子が憎かった。
セシルを幸せにしてくれるかと思ったのに。
セシルに石を投げる者もいた。
自分達の怪我を治してもらったくせに。
この国は王家も民も腐っているのだと思った。
この世界の全てが敵に見えた。
……また戻れるだろうか。
今度こそセシルを救えるだろうか。
もしもまた、あの蘇生術で時を遡ることが出来るなら。
今度はどうするべきだろうか。
王子に会わせなければいい。
こんな国は捨てて、セシルをどこか遠くへ連れ出せばいい。
また戻れる確証はない。
しかしそれをやらない道は選べない。
セシルを守れなかったのは俺のせいだ。
セシルがいない世界なんか、俺には必要ないのだから。
そして、俺はまた、あの蘇生術を行使した。
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