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第八章 終焉と死に戻りの秘密

003 引き合う運命

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 アルベリクは真っ青な顔でソファーのにでうずくまり、声を絞り出した。

「婆やを……」
「よ、呼んできますっ」

 セシルは書斎を飛び出した。
 扉を出ると、そこにはリリアーヌの姿があった。

 リリアーヌは氷のような冷えきった瞳で、セシルを見下ろし、口を開いた。

「あら。残念。あなたは食べなかったの?」
「リリアーヌ様っ」
「そうよ。私は一応解毒薬を飲んだし、毒無しのクッキーをいただいたから心配ご無用よ。でも、アルは――」
「どうしてこんな事を!?」
「あなたのせいでしょ。あなたに大事な弟を連れて行かれたくないの。安心して。死ぬような毒じゃないわ。今すぐ処置をしても、一週間は動けないだろうけれど」

「一週間……」

 それは、授与式の日だ。セシルが国王に献上される日。

「そうよ。一週間後、アルベリクは勲章を授かり、あなたは国王に献上される。あなたは一生、国王の慰みものになればいいのよ」

 セシルはリリアーヌの言葉に目眩を覚えた。
 酷い。そんなにセシルが憎いのだろうか。
 アルベリクに毒を盛るほどに。

「そんなに、私のことが……」
「勘違いしないで。これが、ファビウス家にとって一番有益な事よ。分かるでしょう? アルベリクだって国に残れば英雄よ。あなただって、異端者のくせに皆に崇められる聖女になれるわ。――アルベリクも喜んでくれるでしょう?」
「そんなこと、喜ぶわけないじゃないですか!?」
「黙りなさい。きっとアルベリクには伝わるわ。あなたみたいな子といても不幸になるだけだもの。屋敷にいることが、この国の民として高く評価されることの方がアルベリクの幸せなのよ」
「そんなこと……」
「では、ごきげんよう。解毒薬なら、医務室にあるわよ。早く取りに行ったら?」

 リリアーヌはセシルを嘲笑い廊下を去っていった。その後ろ姿を見て、セシルは苦しむアルベリクを思い出した。

 こんなところで時間を無駄にしてはいけない。
 早く、メアリに知らせなければ。

 ◇◇

 メアリは厨房で明日の夕食の仕込みをしていた。
 そこへ、セシルが血相を変えて飛び込んできた。

「メアリさん!」
「セシル。どうしたの?」
「アルベリク様が……」


 メアリはセシルを連れて救護室へ急いだ。解毒薬を棚から取り出し、セシルはそれを見ると成分を確認した。

「これなら、庭にあるもので作れそうです」
「でも、外はもう暗いわ……」
「私の薬の方が効きます。メアリさんは、この薬をアルベリク様に飲ませてあげてください。私は庭で材料を集めますから」
「分かったわ」

 セシルは解毒薬をメアリに渡すと、庭の花壇へと走った。

 セシルの手作りの解毒薬ならもっと効果が高いはずだ。それを飲ませて魔法を使えばき早く回復できる。
 あんなに苦しむアルベリクの姿は見たくない。

 セシルは月明かりの下、庭で薬草を摘んだ。
 そして屋敷へと戻ろうとした時、誰かに呼び止められた。

「セシル?」
「へっ?」

 その声の主は、本館の渡り廊下からこちらに手を振り歩み寄ってきた。金色の髪を揺らしながら、満面の笑みで。

「く、クリス……王子様?」
「すごいね。こんなところで会うなんて。やっぱり僕らは運命の赤い糸で結ばれているんだね」

 何でまだ屋敷にこの人がいるのだろう。
 もう城に帰ったと聞いていたのに。

 月明かりに妖艶に光る青い瞳に、体の奥底から恐怖が沸いてきた。

「すみません。急いでますので」
「待ってよ。セシルはいいの? 国王の献上品なんて」

 セシルの行く手を阻むようにクリスは両手を広げて立ちはだかった。アルベリクの所へ急いで戻りたいのに。

「大丈夫です。私には構わないでください」
「僕なら君を救えるよ。僕の別邸でかくまってあげる。そしたら、ずっと一緒にいられるよ」

「……めてください」
「えっ?」
「やめてください。私はクリス王子と一緒にいたいなんて思ってません!」

 クリスを押し退け、セシルは屋敷へと急ごうとしたのだが、クリスに足をかけられ芝の上に派手に転んでしまった。
 散らばった薬草を必死でかき集めるセシルに、クリスは不快感を露にして声を発した。

「……何で。あいつの所に行くの? あーあ。ただの麻痺毒じゃなくて、死ぬような毒にしちゃえば良かったな……」

 クリスの言葉が許せなかった。
 薬草を握った手が怒りで震えた。
 セシルだけではなく、アルベリクまで死に追いやろうとするのだから。

「それ、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。あ、でも、そしたらセシルも死んじゃってたかも。それは……嫌だな」
「クリス王子がリリアーヌ様を唆したのですか?」
「違うよ。僕は知っていて止めなかっただけ。ただの傍観者。これって何かの罪だっけ?」

 傍観者? この人最低だ。
 知らなかった。クリスがこんな人間だったなんて。

「では、何故ここにいるのですか?」
「毒で寝込んでるセシルを助けてあげようと思ったんだよ。僕の屋敷に運ばせて、介抱してあげようって。それからずっと君と一緒にいるために」

 クリスは地面にへたり込んだままのセシルの手にそっと自分の手を重ねた。
 クリスの手は、白くて細い、女性のような手だ。
 こんな手に守られたいなんて、触れられたいなんて、これっぽっちも思わない。

「……ないで」
「なんだいセシル?」

 優しく頬に触れようとしたクリスの手を、セシルは力いっぱい払いのけた。

「触らないでっ。私はあなたの運命の人じゃない。私はあなたを必要としていませんっ」

 クリスはうつ向き、腰の剣に手を伸ばした。

「じゃあ、リリアーヌが言った通りだったってこと? セシルは僕を騙していたの?」

 悲しみに満ちたクリスの声、そしてセシルを見る目は疑いと怒りと、嫌悪。

 またこの瞳を見ることになるなんて。
 まだ、十五歳の誕生日ではないのに。
 また運命は繰り返されるの?

 恐怖で硬直したセシルの体に、クリスは剣を引き抜いた。
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