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第七章 争乱と奇跡の力

011 聖女セシル

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 純白の修道服を着たセシルが、爺やに手を引かれて広間へと足を踏み入れた。

 いつも結っていた髪は下ろし、顔にも薄化粧をして、形見のロザリオも皆に見えるように首から下げていた。アルベリクからプレゼントされた指輪は左手の薬指に嵌めている。

 セシルは顔を上げ広間を見渡し、驚いて足を止めた。

 エドワールが待っているとは聞いていたが、アルベリクがいることは聞いていない。
 それに、よく見たらディルクもいる。
 そして、クリスも、リリアーヌも。

 エドワールはセシルを差し、クリスへ向かって言った。

「クリストファ王子。この者は奇跡の力をもってして人々の傷を癒すことが出来る──聖女なのです」
「せ、聖女? セシルが?」
「兄上……」

 アルベリクの顔は驚愕の表情で固まったいた。
 なぜ、セシルの力をエドワールが知っているのか。
 エドワールはセシルをどうするつもりなのか。
 信じていた兄に裏切られたのか。
 いや、兄が裏切る筈がない。
 そう心の中で葛藤を繰り返す。

 この場にいる者の中で、唯一落ち着いて微笑んでいるのは、エドワールだけだった。

「アル。だからさ、ちょっと黙っててね。……ですから、使用人ではないのです。リリアーヌとの婚約の件は、メアリを付けることでご了承いただけますか?」
「え……。まあ。それでいいよ。──でも……奇跡の力って本当なのか?」
「爺や」

 エドワールが目配せすると、爺やはディルクの元へ歩み寄り、深々と礼をした。

「失礼します。ディルク様」
「はい?──ちょっ……」

 爺やは抵抗するディルクの上半身を容赦なく脱がし、腹に巻かれた包帯をほどいた。

「ご覧下さい。ディルク様の傷を癒したのはこの聖女セシルなのです」
「そんな。あの酷い怪我を……」

 クリスもディルクの怪我を目にしていた。
 正直、助からないとさえ思っていた。
 しかし、傷はその痕すら残っていなかった。

「じゃあ……セシルは魔女ってこと?」

 クリスは瞳を閉じ、確認するようにエドワールに尋ねた。

「いいえ。違います」
「は? それって魔法でしょ? セシルは異端者ってことだよね?」

 クリスは腰の剣を引き抜きセシルへ向けた。
 セシルの前には、エドワールが立ちふさがった。

「クリス様。我がファビウス家に異端者などおりません。ここにいるのは、奇跡の力を有した神の子。聖女なのです」
「あははっ。──そうか。……魔法は魔法でも、こちらに都合のよいものなら、それは奇跡ともてはやされ正義になるのだね?」

 クリスは氷のように冷めた瞳でそう語り、うっすらと笑みをこぼした。そして剣を鞘に納め、エドワールを鋭くにらみ返した。

「では、その聖女を僕の婚約者にしよう。その方がきっとこの国の為になるよ。ファビウス家の養女ってことにしていいからさ」
「ははは。それは全く思い付きませんでしたよ。クリストファ王子。……この者は献上品として、国王へお贈りすることにしたのです。シュナイト領のオリヴィア様と相談して、そう決めたのです」
「ち、父上に?」
「はい。一週間後の勲章授与式の時に……と考えております。しかし、これは国王様には秘密でお願いしますね。内緒にして、驚かせたいのです」
「……そんな。セシルは僕のなのに……」

 失意のクリスはエドワールの後ろに青い顔で佇むセシルに近づいた。

「セシル。セシルも嫌だよね。国王なんかより、僕の方が……」

 その時クリスの目にはアクアマリンの指輪が映った。
 それは自分が贈った物ではない。
 別の誰かから贈られたと思われる指輪が。

「くっ…………失礼するよ」

 クリスはそう言い捨てると、悲痛な面持ちで広間から出ていった。

「く、クリス様っ!?――……お兄様。見事なお手並みでしたわ。私がクリス様を支えて見せますわ」

 リリアーヌはセシルを一瞥し嘲笑うと、クリスを追って広間を飛び出して行った。

 急に力が抜けて、セシルはその場に座り込んだ。

「セシルっ」

 アルベリクが駆け寄り、セシルの背を支えた。
 そして兄を見上げる。

「兄上。どういうことですか? セシルを国王へ献上する? 何を馬鹿げたことを言っているのですか!?」

 エドワールはアルベリクの怒声を遮るように耳を押さえ、緩く微笑んだ。

「あー。アル。そんなに怒鳴らないでよ。まあ、アルにしては、よく我慢したな。……でも、全部これで丸く収まるだろ? リリアはクリス王子と一緒になれる。クリス王子はセシルを手に入れることを諦める。――ああ、そうだ。ディルク様、私の執事が失礼しました。それから、オリヴィア様はこの件をご存じないので、お尋ねにはならないようお願いします」

 ディルクは全く分からず頭をかいた。

「ど、どういうことだ?」

 アルベリクは困惑していた様子のセシルと顔を見合わせ、エドワールをもう一度見上げた。
 
「兄上。もしかして……」


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