79 / 102
第七章 争乱と奇跡の力
010 クリスの来訪
しおりを挟む
翌日、アルベリクとディルクはエドワールに呼ばれて本館の広間でクリスを迎えていた。
クリスはエドワールに向かい微笑みながら述べた。
「アルベリク=ファビウス、そしてディルク=シュナイトに、国王より勲章を授与することとなった。一週間後に王都にて授与式を行う。それから、僕の婚約者もそこで発表する予定だ。リリアーヌ、準備をしておいてくれるかい?」
「は、はい。クリス様!」
リリアーヌはクリスに視線に力強く言葉を返す。
クリスは微笑み、続けてある条件をエドワールに提示した。
「それで、前に話していた付き人の件だけど……」
「クリストファ王子。それでしたら手配しております。婆や……失礼。メアリのクッキーを気に入っていてだけたそうで。リリアーヌと共にメアリを行かせます」
「うーんと。ちょっと勘違いさせちゃったみたいで申し訳ないんだけど。僕が言った使用人はその人じゃなくてセシルが――」
「兄上。何のお話ですか?」
セシルの名が出るとアルベリクがいち早く反応した。
しかし、エドワールはそれを笑顔で受け流す。
「アルは、少し黙っていてくれるか?」
アルベリクは怒りで震える拳を握りしめ、唇を噛んだ。
隣のディルクも殺伐としたファビウス家の空気に完全に飲まれ、気配を消し、身体を強張らせた。
クリスは怒りを露にしたアルベリクを見て嘲笑した。
「ははは。アルベリクには言っていないのですか? リリアーヌと婚約する為の条件を」
「はい。リリアーヌから、婚約するにはアルベリクの使用人を一人付けて欲しいと伺っております。ですがそれは、メアリのことですよね?」
「だから、それは勘違いだってっ……」
「では、レクトですか?」
「誰それ?」
エドワールの態度にクリスが苛立ちを見せ始める。
アルベリクもエドワールの意図をはかりかねていた。
「じゃあ、やはりクリストファ王子が言う使用人はメアリです。それ以外に、アルベリクに使用人はいないので」
「あ、兄上。何を言っているのですか?」
「……えっと。どういうことかな? セシルに何かしたの?」
アルベリクも戸惑いの色を見せ、クリスは剣に手を添え、リリアーヌとエドワールを威圧的な瞳でにらみ返した。
エドワールはそれを涼しい笑顔で受けるものの、リリアーヌは恐怖のあまり、胸を押さえてその場にたじろいだ。
「セシルはおりますよ。でも、もう使用人ではないのです。爺や──」
エドワールの掛け声と同時に、広間の扉が開いた。その先にいたのは、はち切れんばかりの筋骨隆々とした執事と、白い修道服を身に纏ったセシルだった。
◇◇◇◇
数十分前。
セシルはレクトと共に書庫の整理をしていた。
「レクト。この本読んだことある?」
「ないよ。んな字ばっかりの本なんか読んでられるかよ」
「えー。面白いのに……」
セシルは口を尖らせ本の表紙を眺めた。
「そういうのはアル様に言えよ。本好きだぞ」
「そっか……」
アルベリクはよく本を読んでいる。カバーが付いていて、いつも何の本を読んでいるのか分からないけれど、今度聞いてみようと思った。
「セシル。ほら、さぼってないで……あれ?」
レクトはセシルの後ろを見て首をかしげた。
一体何を見たのか、セシルが振り向くと──真後ろに爺やが立っていた。
全く気配を感じなかった。
視界に入れば、これでもかというほどの存在感があるのに。
恐るべし、爺や。
「び、びっくりしましたぁ!?」
「君がセシルで間違いないね?」
「は、はい」
「レクト。後の掃除は任せたよ」
「へ? 爺様?」
「エドワール様のご命令だ。セシル。急いで本館に来ておくれ」
爺やに手を引かれ、セシルは咄嗟にそれを振りほどこうとした。
「い、嫌です。本館って……」
本館にはクリスが来ている。
そんな所に行くなんて、絶対に嫌だ。
「大丈夫だよ。エドワール様は君を悪いようにはしない」
「爺様、アル様はこのこと知っているのですか?」
「……見てのお楽しみだとおっしゃっていたな」
「それって。知らないってことじゃないですか!?」
「細かいことは気にするな。さあ、セシル」
「きゃぁぁぁっ」
セシルは爺やの肩に担がれ悲鳴を上げた。
必死でレクトに手を伸ばすが届かなかった。
レクトも手を伸ばすか、爺やに片手で頭を押さえつけられ、手も足も出せずにいる。
「れ、レクト!?」
「セシルっ」
「大丈夫だ。後でちゃんと返すからな。では」
爺やはレクトを弾き飛ばし、そのまま本館へと走り去っていった。
「あらあら。どうしたのかしら?」
「婆様。セシルが連れていかれて……」
「あら。どうしましょう……。でも、あの人が大丈夫というなら。きっと大丈夫なのだと思うわ」
「そ、そうですかね」
「少し、待ちましょう……」
◇◇
そして本館のとある一室にて、セシルは着替えを渡された。
「あの。これは?」
「衣装だよ」
「……えっと。何のですか?」
セシルは白い服を手に取り持ち上げてみた。それはシルクのような優しい肌触りの、真っ白な修道服だった。
「セシル。君は聖女になるのだ」
「せ、聖……女?」
何で、急にこんなことに?
誰が何のために?
いくら考えてもこの状況が理解できなかった。
「さ、エドワール様がお待ちだ。早く着替えなさい。嫌がった場合は無理やりにでもと言われているのだが……」
爺やは指をポキポキと鳴らした。
「じ、自分で出来ます」
流れでつい受諾してしまい、セシルはカーテン越しに爺やの圧をヒシヒシと感じる中、聖女の衣装を身に纏った。
クリスはエドワールに向かい微笑みながら述べた。
「アルベリク=ファビウス、そしてディルク=シュナイトに、国王より勲章を授与することとなった。一週間後に王都にて授与式を行う。それから、僕の婚約者もそこで発表する予定だ。リリアーヌ、準備をしておいてくれるかい?」
「は、はい。クリス様!」
リリアーヌはクリスに視線に力強く言葉を返す。
クリスは微笑み、続けてある条件をエドワールに提示した。
「それで、前に話していた付き人の件だけど……」
「クリストファ王子。それでしたら手配しております。婆や……失礼。メアリのクッキーを気に入っていてだけたそうで。リリアーヌと共にメアリを行かせます」
「うーんと。ちょっと勘違いさせちゃったみたいで申し訳ないんだけど。僕が言った使用人はその人じゃなくてセシルが――」
「兄上。何のお話ですか?」
セシルの名が出るとアルベリクがいち早く反応した。
しかし、エドワールはそれを笑顔で受け流す。
「アルは、少し黙っていてくれるか?」
アルベリクは怒りで震える拳を握りしめ、唇を噛んだ。
隣のディルクも殺伐としたファビウス家の空気に完全に飲まれ、気配を消し、身体を強張らせた。
クリスは怒りを露にしたアルベリクを見て嘲笑した。
「ははは。アルベリクには言っていないのですか? リリアーヌと婚約する為の条件を」
「はい。リリアーヌから、婚約するにはアルベリクの使用人を一人付けて欲しいと伺っております。ですがそれは、メアリのことですよね?」
「だから、それは勘違いだってっ……」
「では、レクトですか?」
「誰それ?」
エドワールの態度にクリスが苛立ちを見せ始める。
アルベリクもエドワールの意図をはかりかねていた。
「じゃあ、やはりクリストファ王子が言う使用人はメアリです。それ以外に、アルベリクに使用人はいないので」
「あ、兄上。何を言っているのですか?」
「……えっと。どういうことかな? セシルに何かしたの?」
アルベリクも戸惑いの色を見せ、クリスは剣に手を添え、リリアーヌとエドワールを威圧的な瞳でにらみ返した。
エドワールはそれを涼しい笑顔で受けるものの、リリアーヌは恐怖のあまり、胸を押さえてその場にたじろいだ。
「セシルはおりますよ。でも、もう使用人ではないのです。爺や──」
エドワールの掛け声と同時に、広間の扉が開いた。その先にいたのは、はち切れんばかりの筋骨隆々とした執事と、白い修道服を身に纏ったセシルだった。
◇◇◇◇
数十分前。
セシルはレクトと共に書庫の整理をしていた。
「レクト。この本読んだことある?」
「ないよ。んな字ばっかりの本なんか読んでられるかよ」
「えー。面白いのに……」
セシルは口を尖らせ本の表紙を眺めた。
「そういうのはアル様に言えよ。本好きだぞ」
「そっか……」
アルベリクはよく本を読んでいる。カバーが付いていて、いつも何の本を読んでいるのか分からないけれど、今度聞いてみようと思った。
「セシル。ほら、さぼってないで……あれ?」
レクトはセシルの後ろを見て首をかしげた。
一体何を見たのか、セシルが振り向くと──真後ろに爺やが立っていた。
全く気配を感じなかった。
視界に入れば、これでもかというほどの存在感があるのに。
恐るべし、爺や。
「び、びっくりしましたぁ!?」
「君がセシルで間違いないね?」
「は、はい」
「レクト。後の掃除は任せたよ」
「へ? 爺様?」
「エドワール様のご命令だ。セシル。急いで本館に来ておくれ」
爺やに手を引かれ、セシルは咄嗟にそれを振りほどこうとした。
「い、嫌です。本館って……」
本館にはクリスが来ている。
そんな所に行くなんて、絶対に嫌だ。
「大丈夫だよ。エドワール様は君を悪いようにはしない」
「爺様、アル様はこのこと知っているのですか?」
「……見てのお楽しみだとおっしゃっていたな」
「それって。知らないってことじゃないですか!?」
「細かいことは気にするな。さあ、セシル」
「きゃぁぁぁっ」
セシルは爺やの肩に担がれ悲鳴を上げた。
必死でレクトに手を伸ばすが届かなかった。
レクトも手を伸ばすか、爺やに片手で頭を押さえつけられ、手も足も出せずにいる。
「れ、レクト!?」
「セシルっ」
「大丈夫だ。後でちゃんと返すからな。では」
爺やはレクトを弾き飛ばし、そのまま本館へと走り去っていった。
「あらあら。どうしたのかしら?」
「婆様。セシルが連れていかれて……」
「あら。どうしましょう……。でも、あの人が大丈夫というなら。きっと大丈夫なのだと思うわ」
「そ、そうですかね」
「少し、待ちましょう……」
◇◇
そして本館のとある一室にて、セシルは着替えを渡された。
「あの。これは?」
「衣装だよ」
「……えっと。何のですか?」
セシルは白い服を手に取り持ち上げてみた。それはシルクのような優しい肌触りの、真っ白な修道服だった。
「セシル。君は聖女になるのだ」
「せ、聖……女?」
何で、急にこんなことに?
誰が何のために?
いくら考えてもこの状況が理解できなかった。
「さ、エドワール様がお待ちだ。早く着替えなさい。嫌がった場合は無理やりにでもと言われているのだが……」
爺やは指をポキポキと鳴らした。
「じ、自分で出来ます」
流れでつい受諾してしまい、セシルはカーテン越しに爺やの圧をヒシヒシと感じる中、聖女の衣装を身に纏った。
0
お気に入りに追加
394
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです
Rohdea
恋愛
伯爵夫人になったばかりのコレットは、結婚式の夜に頭を打って倒れてしまう。
目が覚めた後に思い出したのは、この世界が前世で少しだけ読んだことのある小説の世界で、
今の自分、コレットはいずれ夫に離縁される予定の伯爵夫人という事実だった。
(詰んだ!)
そう。この小説は、
若き伯爵、カイザルにはずっと妻にしたいと願うほどの好きな女性がいて、
伯爵夫人となったコレットはその事実を初夜になって初めて聞かされ、
自分が爵位継承の為だけのお飾り妻として娶られたこと、カイザルがいずれ離縁するつもりでいることを知る───……
というストーリー……
───だったはず、よね?
(どうしよう……私、この話の結末を知らないわ!)
離縁っていつなの? その後の自分はどうなるの!?
……もう、結婚しちゃったじゃないの!
(どうせ、捨てられるなら好きに生きてもいい?)
そうして始まった転生者のはずなのに全く未来が分からない、
離縁される予定のコレットの伯爵夫人生活は───……
死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される
葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」
十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。
だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。
今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。
そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。
突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。
リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?
そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?
わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。
貴方を愛した私は死にました。貴方が殺したのですから ~毒花令嬢は闇に嫁ぐ~
胡蝶乃夢
恋愛
周囲から平民の捨て子と虐げられる聖女は、愛する婚約者からも酷使され、奴隷のように扱われていた。
まともに食事も与えられず、死を待つばかりだった聖女を救ったのは、過去に命を助けた魔物だった――。
これは、健気で可哀想な聖女が心優しい魔物に愛され癒されて、幸せな花嫁になる物語です。
※ダークメルヘン。残酷な描写があるので苦手な方はご注意ください。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
【完結】愛されなかった妻の逆行復讐物語
仲村 嘉高
恋愛
なぜ、白い結婚にする優しさが無かったのでしょう
なぜ、私があなた達の子供を産まなければいけなかったのでしょう
なぜ、屋敷の薄暗い部屋に、閉じ込められなければいけなかったのでしょう
やり直せるなら、やり直したい
愛されていると思い、結婚し、幸せな初夜を過ごしたあの時よりも前に
※タグの確認をお願いします
※30話までが、当初から考えていたお話で、短編部分になります。
その後は蛇足的なお話になります。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
縁談を妹に奪われ続けていたら、プチギレした弟が辺境伯令息と何やら画策し始めた模様です
春乃紅葉@コミカライズ2作品配信中
恋愛
幼少期 病弱だった妹は、両親の愛を全て独り占めしています。
学生時代、私に婚約の話が来ても、両親は
「まだ早い」と首を縦に振りませんでした。
しかし、私が学園を卒業すると、両親は
「そろそろ婚約の話を受けようじゃないか」
と急にやる気を見せましたが、それは十六歳を迎えた妹の為でした。
両親は私に来る縁談を全て妹に回し、
婚約を結ぼうとしていたのです。
それが上手くいく筈もなく
縁談はさっぱりまとまらず、
もう二年が過ぎようとしたある日。
弟はその事に気付き、隣の領地の辺境伯令息と何やら画策を始めて――。
ゆるふわっと設定の短編~中編くらいになりそうです。
ご感想*誤字報告*お気に入り登録ありがとうございます。
感想欄はほぼネタバレですのでご注意下さい。
また、R指定に触れそうな過激なご感想は、承認できかねますのでご了承下さい。
ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました
中七七三
恋愛
わたしっておかしいの?
小さいころからエッチなことが大好きだった。
そして、小学校のときに起こしてしまった事件。
「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」
その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。
エッチじゃいけないの?
でも、エッチは大好きなのに。
それでも……
わたしは、男の人と付き合えない――
だって、男の人がドン引きするぐらい
エッチだったから。
嫌われるのが怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる