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第七章 争乱と奇跡の力

007 一段落

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 それからアルベリクとオリヴィアとハロルドは、当主エドワールに争乱が収束したことを報告へいった。ディルクは大怪我の状態である設定なので、西館で待機している。

 エドワールに進言し、ファビウス領の方が物資が安定していることを理由に、大怪我を負ったディルクの療養を西館ですることへの許可を得た。

 もちろんセシルの力の事は、オリヴィア達は内緒にしておくと約束してくれた。因みに、オリヴィアは明日ハロルドとシュナイト領へ帰還するとの事だ。

 オリヴィアは、ディルクの怪我に動転し、周りの意見を無視して無理やり付いてきてしまったらしい。セシルの知らないところで、オリヴィアとディルクは中々良い関係を築いていたようだ。


 そして夜、ディルクにハーブティーを持っていくと、オリヴィアがディルクの部屋にいた。お互い二人掛けソファーの端っこに座っているので邪魔をしてしまったかもしれない。

「お体の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫だ。ただ、しばらくはお世話になるから、よろしくな」
「はい。何でも言ってくださいね」
「セシル。私は明日、帰るのだけれど……ディルクをよろしくね」
「はい。オリヴィア様」

 オリヴィアはソファーから立ち上がると、セシルをギュッと抱きしめて耳元で囁いた。

「ディルクは私の……その、大切な人だから。えっと……」

 いつも歯に衣着せぬ物言いのオリヴィアとは思えぬほど覚束無い言葉に、セシルはクスッと笑みを漏らした。

「ふふっ。ディルク様は前々からオリヴィア様、一筋だったんですよ」
「そ、それ、本当に?」
「はい。お二人が仲良くされて、私も嬉しいです。私はお邪魔なので失礼しますね」

 セシルはお茶を入れ、そそくさと部屋を後にした。


 セシルが部屋を出ると、オリヴィアはディルクの隣に腰を下ろした。

「ディルク。貴方、私の事が好きですの?」
「えっ! 何でその事……」
「私、ディルクが大怪我して気づいたの。誰よりも貴方を失いたくないって。争いが始まって、私は何も出来なかった。でも、貴方は……すごく素敵だったわ」
「オリヴィア……様?」
「オリヴィアでいいわ。ディルク」

 オリヴィアがディルクに顔を近付ける。
 ゆっくりと、でも確実に迫るその愛らしい瞳に、ディルクは緊張して体が動かなかった。

 しかし、そんな二人に水を差す様に、部屋の隅で小さな咳払いが聞こえた。

 オリヴィアが驚き振り向くと、そこにはハロルドが仏頂面で突っ立っていた。

「きゃぁぁぁぁぁ!? 何でいるのよ。いつからいるのよ!」
「ずぅーーっといますよ。オリヴィア様の執事なので」
「……もう。最悪」

 オリヴィアはソファーから立ち上がりディルクに向き直ると、ハロルドから見えないように、そっとディルクの額にキスをした。そして、真っ赤な顔で硬直するディルクに微笑んで言う。

「シュナイト領で待っていますから。早く戻ってきてくださいね」
「お、おう」

 ◇◇

 セシルは書斎の前で深呼吸をした。アルベリクが帰ってきてからバタバタしていて、まだアルベリクと落ち着いて話せていない。二人きりになるのは一ヶ月ぶりで、少し緊張していた。

 セシルは扉をノックしようと心に決めたとき、書斎の扉が勝手に開いた。アルベリクがひょっこりと顔を覗かせる。

「ひゃぁぁぁ!?」
「遅い。早く入れ……」

 どうやら待ちくたびれて出てきたようだ。


 お茶を入れて二人でソファーに腰掛けた。
 なんだかいつもよりアルベリクとの距離が近い気がして益々緊張する。しばらく会っていなかったので距離感が分からなくなっていた。

「セシル、ディルクの件。力を使わせてすまなかった。でも、ディルクなら信頼できるから……」
「私もディルク様が無事で良かったです。オリヴィア様も喜んでいましたし」
「そうか。……ディルクが北へ戻る時、一人では心配だから送って行くつもりだ。セシルも一緒に行こう。その後は、もう屋敷に戻るつもりはない。それで……いいか?」
「へっ? は、はい」

 本当にこの時が来たんだ。
 アルベリクと一緒に、違う国へ行けるんだ。
 ここじゃない。クリスもいない国に。

「北で他国の争乱を鎮圧するときに、協力的な国があったのだが、その国へまず行ってみようと思う。小国ではあるが、緑が豊かで……って聞いてるのか?」
「はい。色々考えてくれてて、嬉しいです。私一人だったら、すぐに道端で倒れちゃいそうです」
「そうだな。俺がいないと……だろ」
「……はい。あ、私、アルベリク様から借りた本を読んで、魔法を試してみたんです」
「は?」

 アルベリクはポカンと口を開けて固まった。

「大丈夫ですよ。何も出来なかったので。それで、多分、私の魔法は時間に関係したものなんだと思います。病気は治せないのです」
「病気?」
「あ、たとえば、疫病にかかった植物は治せないんです。症状を抑えることは出来るんですけど、治すには薬を処方してから魔法を使わないと出来ないんです」
「なるほど」
「奇跡の力……なんて言われましたけど、そんなに万能なものではないみたいですね」
「そんな事ない。……セシルには色々な力があるぞ」

 アルベリクはセシルを抱きしめた。

「お前がいると、心が安らぐ。魔法なんかあってもなくても関係ない。これからはずっと一緒だ」
「はい。ずっと……一緒です」 

 セシルは瞳を閉じ、アルベリクの温もりに身を委ねる。

 今まで生きてきた中で、一番幸せだと感じた。
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