上 下
58 / 102
第六章 王子と指輪と誕生日

002 一度目の最期

しおりを挟む
 これは夢だ。夢でなければならない。

 もう二度とこんな経験はしたくない。
 一度目の記憶は一番辛い記憶だから。

 ◇◇

 教会の裏庭は、いつも二人だけの秘密の場所だった。

「この指輪。セシルに貰って欲しいんだ」

 そう言ってクリスは、頬を紅潮させながら、セシルの薬指にアクアマリンの指輪を嵌めた。

「こんな高価なもの、貰えないよ」
「なんで? 僕のこと、嫌いなの?」

 瞳を潤ませてセシルを見つめるクリス。
 この世界でただ一人、セシルに優しくしてくれる男の子。
 彼だけがセシルの救いだった。

 セシルは慌てて首を横に振った。

「嬉しいよ。セシル。僕、セシルが大好きだよ」

 クリスはセシルのおでこに優しくキスをした。
 真っ赤に染まるセシルの顔を嬉しそうにじっと見つめている。

「可愛いセシル。その指輪はね。僕の母親の形見なんだ。指輪にアクアマリンが付いてるでしょ? 僕の母もセシルと同じアクアマリンみたいな瞳だったんだよ」
「お母様の形見?」
「うん。僕にとって、何にも代えがたい、とても大切なものだよ。だから、僕の一番大切なセシルに持っていて欲しいんだ」

 セシルも形見のロザリオを持っているが、誰かに渡そうなど考えたこともなかった。そんなに大切な物を、クリスはセシルにくれたのだ。しかも、この特別な日に。

「うん。大切にする。──今日ね、私の十五歳の誕生日なんだ」
「えっ。そうだったの? そっか。セシルは十五歳か……セシルが貴族の生まれだったら、もっと身分が高ければ、結婚を申し込んだのに……」
「へっ?」

 結婚?

 クリスはそんなことまで考えてくれていたんだ。
 嬉しいな。すごく、嬉しい。
 何の取り柄もない私を、好きになってくれたなんて。

「セシル。また会いに来るね」
「うん。クリス、待ってるね」

 その日、クリスはハンカチを落としていった。
 だからセシルは急いでクリスを追った。
 ハンカチを渡すために。

 そこでセシルは馬車の前に飛び出してしまった。
 でも、クリスが身を呈して守ってくれた。

 セシルが目を開けると、クリスは頭から血を流して倒れていた。

「ごめん。格好悪いね。僕……」

 痛みをこらえて笑うクリスに、セシルはある日の記憶を思い出した。昔、井戸に落とされた時に、神様にお願いしたら怪我が治ったことがあったのだ。

 神様はいつも何もしてくれないけれど、本当に苦しい時は助けてくれるのかもしれない。

 セシルはクリスの頭を抱きしめてお祈りした。

「クリスの怪我が治りますように……」

 その時、ロザリオが仄かに光り、暖かい風に包まれた。
 目を開けると、クリスの傷が綺麗に治っていた。

「クリス。もう痛くない? 大丈っ──きゃぁ」

 何が起こったか分からなかった。

 セシルはクリスに突き飛ばされて地面に叩きつけられていた。クリスは立ち上がると、今まで見たことがないような瞳でセシルを睨み付けていた。

「な、なんで? どうしたの……クリス?」
「触るな。魔女め。お前も魔女なんだな。僕を騙してたんだな!?」
「だ、騙してなんかない。私は──」

「こいつを捕らえろ! こいつは異端者だ。魔女だ!」

 それから、たくさんの手がセシルに伸びてきた。
 抵抗もしていないのにみんながセシルを引っ張った。
 口を縛られ、腕も足も硬い縄できつく縛り上げられた。

 苦しくて怖くて涙が止まらなかった。

「プレベール王国第二王子であるこの僕が命ずる。異端者を処刑せよ。魔女にお似合いなのは……火炙りだな」

 クリスは親を殺した敵でも見るような目でセシルをにらんでいた。この時初めて、クリスがこの国の王子だと知った。

 何でこんなことになってしまったの?
 私はクリスを救いたかっただけなのに。

 私は魔女なの?
 みんなに憎まれる異端者なの?

 街の広場で私は木に磔にされた。
 みんなの目が怖かった。
 クリスの目が怖かった。

 クリスは私の事を愛してくれていたんじゃなかったの?
 結婚したいって言ってくれたのに。

 ああ。でも違うんだ。
 私の身分が高ければって言ってたじゃないか。
 元々私の事なんて、その程度にしか思ってなかったんだ。

 やっぱり神様なんていない。
 
 誰かの命を助けたのに殺されるなんて、おかしいよ。
 こんなのおかしいよ。


 そして私は火炙りにされて命を落としたのだ。

 ◇◇

 アルベリクは冷やした濡れタオルをセシルの額にのせた。
 ずっと苦しそうに唸っていたけれど、少しだけ呼吸が落ち着いてきた。

 セシルが部屋で休んでいると聞いた時は、馬鹿も風邪を引くのだな、と笑っていたけれど、実際に熱にうなされるセシルを見たら放っておけなかった。

「熱は魔法で治せないのか? ……聞こえないか」

 セシルの瞳の端から、一筋の涙が溢れた。

「アル……ベリクさま……」
「セシル?」
「…………」

 まだ眠っているようだ。
 何か夢でも見ているのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

処理中です...