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第六章 王子と指輪と誕生日
002 一度目の最期
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これは夢だ。夢でなければならない。
もう二度とこんな経験はしたくない。
一度目の記憶は一番辛い記憶だから。
◇◇
教会の裏庭は、いつも二人だけの秘密の場所だった。
「この指輪。セシルに貰って欲しいんだ」
そう言ってクリスは、頬を紅潮させながら、セシルの薬指にアクアマリンの指輪を嵌めた。
「こんな高価なもの、貰えないよ」
「なんで? 僕のこと、嫌いなの?」
瞳を潤ませてセシルを見つめるクリス。
この世界でただ一人、セシルに優しくしてくれる男の子。
彼だけがセシルの救いだった。
セシルは慌てて首を横に振った。
「嬉しいよ。セシル。僕、セシルが大好きだよ」
クリスはセシルのおでこに優しくキスをした。
真っ赤に染まるセシルの顔を嬉しそうにじっと見つめている。
「可愛いセシル。その指輪はね。僕の母親の形見なんだ。指輪にアクアマリンが付いてるでしょ? 僕の母もセシルと同じアクアマリンみたいな瞳だったんだよ」
「お母様の形見?」
「うん。僕にとって、何にも代えがたい、とても大切なものだよ。だから、僕の一番大切なセシルに持っていて欲しいんだ」
セシルも形見のロザリオを持っているが、誰かに渡そうなど考えたこともなかった。そんなに大切な物を、クリスはセシルにくれたのだ。しかも、この特別な日に。
「うん。大切にする。──今日ね、私の十五歳の誕生日なんだ」
「えっ。そうだったの? そっか。セシルは十五歳か……セシルが貴族の生まれだったら、もっと身分が高ければ、結婚を申し込んだのに……」
「へっ?」
結婚?
クリスはそんなことまで考えてくれていたんだ。
嬉しいな。すごく、嬉しい。
何の取り柄もない私を、好きになってくれたなんて。
「セシル。また会いに来るね」
「うん。クリス、待ってるね」
その日、クリスはハンカチを落としていった。
だからセシルは急いでクリスを追った。
ハンカチを渡すために。
そこでセシルは馬車の前に飛び出してしまった。
でも、クリスが身を呈して守ってくれた。
セシルが目を開けると、クリスは頭から血を流して倒れていた。
「ごめん。格好悪いね。僕……」
痛みをこらえて笑うクリスに、セシルはある日の記憶を思い出した。昔、井戸に落とされた時に、神様にお願いしたら怪我が治ったことがあったのだ。
神様はいつも何もしてくれないけれど、本当に苦しい時は助けてくれるのかもしれない。
セシルはクリスの頭を抱きしめてお祈りした。
「クリスの怪我が治りますように……」
その時、ロザリオが仄かに光り、暖かい風に包まれた。
目を開けると、クリスの傷が綺麗に治っていた。
「クリス。もう痛くない? 大丈っ──きゃぁ」
何が起こったか分からなかった。
セシルはクリスに突き飛ばされて地面に叩きつけられていた。クリスは立ち上がると、今まで見たことがないような瞳でセシルを睨み付けていた。
「な、なんで? どうしたの……クリス?」
「触るな。魔女め。お前も魔女なんだな。僕を騙してたんだな!?」
「だ、騙してなんかない。私は──」
「こいつを捕らえろ! こいつは異端者だ。魔女だ!」
それから、たくさんの手がセシルに伸びてきた。
抵抗もしていないのにみんながセシルを引っ張った。
口を縛られ、腕も足も硬い縄できつく縛り上げられた。
苦しくて怖くて涙が止まらなかった。
「プレベール王国第二王子であるこの僕が命ずる。異端者を処刑せよ。魔女にお似合いなのは……火炙りだな」
クリスは親を殺した敵でも見るような目でセシルをにらんでいた。この時初めて、クリスがこの国の王子だと知った。
何でこんなことになってしまったの?
私はクリスを救いたかっただけなのに。
私は魔女なの?
みんなに憎まれる異端者なの?
街の広場で私は木に磔にされた。
みんなの目が怖かった。
クリスの目が怖かった。
クリスは私の事を愛してくれていたんじゃなかったの?
結婚したいって言ってくれたのに。
ああ。でも違うんだ。
私の身分が高ければって言ってたじゃないか。
元々私の事なんて、その程度にしか思ってなかったんだ。
やっぱり神様なんていない。
誰かの命を助けたのに殺されるなんて、おかしいよ。
こんなのおかしいよ。
そして私は火炙りにされて命を落としたのだ。
◇◇
アルベリクは冷やした濡れタオルをセシルの額にのせた。
ずっと苦しそうに唸っていたけれど、少しだけ呼吸が落ち着いてきた。
セシルが部屋で休んでいると聞いた時は、馬鹿も風邪を引くのだな、と笑っていたけれど、実際に熱にうなされるセシルを見たら放っておけなかった。
「熱は魔法で治せないのか? ……聞こえないか」
セシルの瞳の端から、一筋の涙が溢れた。
「アル……ベリクさま……」
「セシル?」
「…………」
まだ眠っているようだ。
何か夢でも見ているのだろうか。
もう二度とこんな経験はしたくない。
一度目の記憶は一番辛い記憶だから。
◇◇
教会の裏庭は、いつも二人だけの秘密の場所だった。
「この指輪。セシルに貰って欲しいんだ」
そう言ってクリスは、頬を紅潮させながら、セシルの薬指にアクアマリンの指輪を嵌めた。
「こんな高価なもの、貰えないよ」
「なんで? 僕のこと、嫌いなの?」
瞳を潤ませてセシルを見つめるクリス。
この世界でただ一人、セシルに優しくしてくれる男の子。
彼だけがセシルの救いだった。
セシルは慌てて首を横に振った。
「嬉しいよ。セシル。僕、セシルが大好きだよ」
クリスはセシルのおでこに優しくキスをした。
真っ赤に染まるセシルの顔を嬉しそうにじっと見つめている。
「可愛いセシル。その指輪はね。僕の母親の形見なんだ。指輪にアクアマリンが付いてるでしょ? 僕の母もセシルと同じアクアマリンみたいな瞳だったんだよ」
「お母様の形見?」
「うん。僕にとって、何にも代えがたい、とても大切なものだよ。だから、僕の一番大切なセシルに持っていて欲しいんだ」
セシルも形見のロザリオを持っているが、誰かに渡そうなど考えたこともなかった。そんなに大切な物を、クリスはセシルにくれたのだ。しかも、この特別な日に。
「うん。大切にする。──今日ね、私の十五歳の誕生日なんだ」
「えっ。そうだったの? そっか。セシルは十五歳か……セシルが貴族の生まれだったら、もっと身分が高ければ、結婚を申し込んだのに……」
「へっ?」
結婚?
クリスはそんなことまで考えてくれていたんだ。
嬉しいな。すごく、嬉しい。
何の取り柄もない私を、好きになってくれたなんて。
「セシル。また会いに来るね」
「うん。クリス、待ってるね」
その日、クリスはハンカチを落としていった。
だからセシルは急いでクリスを追った。
ハンカチを渡すために。
そこでセシルは馬車の前に飛び出してしまった。
でも、クリスが身を呈して守ってくれた。
セシルが目を開けると、クリスは頭から血を流して倒れていた。
「ごめん。格好悪いね。僕……」
痛みをこらえて笑うクリスに、セシルはある日の記憶を思い出した。昔、井戸に落とされた時に、神様にお願いしたら怪我が治ったことがあったのだ。
神様はいつも何もしてくれないけれど、本当に苦しい時は助けてくれるのかもしれない。
セシルはクリスの頭を抱きしめてお祈りした。
「クリスの怪我が治りますように……」
その時、ロザリオが仄かに光り、暖かい風に包まれた。
目を開けると、クリスの傷が綺麗に治っていた。
「クリス。もう痛くない? 大丈っ──きゃぁ」
何が起こったか分からなかった。
セシルはクリスに突き飛ばされて地面に叩きつけられていた。クリスは立ち上がると、今まで見たことがないような瞳でセシルを睨み付けていた。
「な、なんで? どうしたの……クリス?」
「触るな。魔女め。お前も魔女なんだな。僕を騙してたんだな!?」
「だ、騙してなんかない。私は──」
「こいつを捕らえろ! こいつは異端者だ。魔女だ!」
それから、たくさんの手がセシルに伸びてきた。
抵抗もしていないのにみんながセシルを引っ張った。
口を縛られ、腕も足も硬い縄できつく縛り上げられた。
苦しくて怖くて涙が止まらなかった。
「プレベール王国第二王子であるこの僕が命ずる。異端者を処刑せよ。魔女にお似合いなのは……火炙りだな」
クリスは親を殺した敵でも見るような目でセシルをにらんでいた。この時初めて、クリスがこの国の王子だと知った。
何でこんなことになってしまったの?
私はクリスを救いたかっただけなのに。
私は魔女なの?
みんなに憎まれる異端者なの?
街の広場で私は木に磔にされた。
みんなの目が怖かった。
クリスの目が怖かった。
クリスは私の事を愛してくれていたんじゃなかったの?
結婚したいって言ってくれたのに。
ああ。でも違うんだ。
私の身分が高ければって言ってたじゃないか。
元々私の事なんて、その程度にしか思ってなかったんだ。
やっぱり神様なんていない。
誰かの命を助けたのに殺されるなんて、おかしいよ。
こんなのおかしいよ。
そして私は火炙りにされて命を落としたのだ。
◇◇
アルベリクは冷やした濡れタオルをセシルの額にのせた。
ずっと苦しそうに唸っていたけれど、少しだけ呼吸が落ち着いてきた。
セシルが部屋で休んでいると聞いた時は、馬鹿も風邪を引くのだな、と笑っていたけれど、実際に熱にうなされるセシルを見たら放っておけなかった。
「熱は魔法で治せないのか? ……聞こえないか」
セシルの瞳の端から、一筋の涙が溢れた。
「アル……ベリクさま……」
「セシル?」
「…………」
まだ眠っているようだ。
何か夢でも見ているのだろうか。
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