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第五章 男ばかりの訓練所
012 駄目
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今まで聞いたこともないような、アルベリクの甘い声。
セシルは驚いて全身を硬直させた。
「このままどこか遠くに、お前と消えてしまいたい」
「……きゅ、急にどうしたんですか?」
「急じゃない。ずっと……ずっと前から考えていた。どうしたらセシルと一緒にいられるか……」
セシルは唐突な告白に動揺した。
ずっと一緒に? どこか遠くに?
アルベリクがそんな事を考えていたなんて知らなかった。言わなきゃ分からないなんてセシルに言っておきながら、アルベリクの方こそ何も教えてくれないじゃないか。
「セシル。どこにも行かないで欲しい。ずっとそばにいて欲しい」
懇願するようにアルベリクはセシルに囁いた。
耳がくすぐったい。胸がドキドキして苦しくて。
でも、それが凄く嬉しいと感じていることに気付いた。
アルベリクに、必要とされている。
でも、それはどういう意味なのだろう。
ハロルドは言っていた。使用人と主人は平行線だと。
アルベリクの言う一緒にいて欲しいとは、使用人としてなのだろうか。
それとも……。
「セシル。俺じゃ嫌か?」
「い、嫌とかではなくて……」
「俺みたいな男は嫌いか? セシルは、優しくて素直でいつも笑っている奴の方が好きなのか?」
「えっ?」
それって誰だろう。一瞬クリスの顔が浮かんだが、セシルはまだクリスに出会っていない。
だったら……ハロルドのことだろうか?
「あんな奴に、セシルは渡さない。セシルのこと、ずっと見てた。いつも失敗ばかりで、もう堪えられない。セシルが幸せになってくれたら、俺はそれで良かったのに。見てるだけなんて無理だ。──もう。大切な人を目の前で失いたくないんだ」
セシルの腕に水滴が落ちた、これはアルベリクの涙?
「な、泣いてるんですか?」
「……泣いてない」
言ったアルベリクの声はか細くって消え入りそうな声で、腕の力も緩くなった。
セシルは立ち上がってベッドに腰を下ろした。そして床にボーッと座ったままのアルベリクに向かって両膝をたたく。
「アルベリク様、どうぞ!」
「……だから。泣いてない」
アルベリクはフラりと立ち上がると、そのままセシルに倒れ込む。セシルは受け止めきれずにそのままベッドに押し倒された。
「ぁぁあアルベリク様?」
「…………」
しかし、返事がない。
「寝てますかぁー?……寝ちゃった」
セシルは覆い被さったアルベリクから何とか脱出し、胸を撫で下ろした。
寝息を立てて静かに眠るアルベリクの顔をじっと見つめる。
頬に残る涙の跡を、ハンカチで拭ってあげた。
大切な人を目の前で失いたくないって、アルベリクは言っていた。両親の死を思い出したのだろうか。
それに、セシルにずっと一緒にいて欲しいとも言った。セシルもアルベリクにとって大切な人だって解釈していいのかな。
嬉しいけど、それってどれくらい?
聖女の時は、金儲けの道具に使っていたのに。
今度はどんな意味で私を必要としているのですか?
分からないことだらけ。聞きたいことだらけ。
さっき言ったことは本心? 酔ってでたデマカセ?
でも、そのどちらだとしても、私は――。
「私は、アルベリク様の使用人なんだから……」
アルベリクの隣にいるけれど、違うんだ。
きっとアルベリクの隣にはオリヴィアのような人がいて、その横に自分がいるだけなんだ。
それじゃ……嫌だな。
「私、なに考えてるんだろう……」
三度目のやり直し中なのに。
自分が生き抜く道を探さなきゃいけないのに。
でも、その道にアルベリクがいたら嬉しい。
「だから、駄目だってば……」
もう男の人は信じちゃ駄目だ。
二度もクリスに処刑されたのに。
アルベリクだって、住む世界が違う人なんだ。
私を迎えに来てくれた人かもしれないけど。
大切だって言ってくれる人かもしれないけど。
クリスだって、私を裏切ったのだから。
もう。誰かと一緒にいたいなんて、思っちゃ駄目なんだ……。
セシルは驚いて全身を硬直させた。
「このままどこか遠くに、お前と消えてしまいたい」
「……きゅ、急にどうしたんですか?」
「急じゃない。ずっと……ずっと前から考えていた。どうしたらセシルと一緒にいられるか……」
セシルは唐突な告白に動揺した。
ずっと一緒に? どこか遠くに?
アルベリクがそんな事を考えていたなんて知らなかった。言わなきゃ分からないなんてセシルに言っておきながら、アルベリクの方こそ何も教えてくれないじゃないか。
「セシル。どこにも行かないで欲しい。ずっとそばにいて欲しい」
懇願するようにアルベリクはセシルに囁いた。
耳がくすぐったい。胸がドキドキして苦しくて。
でも、それが凄く嬉しいと感じていることに気付いた。
アルベリクに、必要とされている。
でも、それはどういう意味なのだろう。
ハロルドは言っていた。使用人と主人は平行線だと。
アルベリクの言う一緒にいて欲しいとは、使用人としてなのだろうか。
それとも……。
「セシル。俺じゃ嫌か?」
「い、嫌とかではなくて……」
「俺みたいな男は嫌いか? セシルは、優しくて素直でいつも笑っている奴の方が好きなのか?」
「えっ?」
それって誰だろう。一瞬クリスの顔が浮かんだが、セシルはまだクリスに出会っていない。
だったら……ハロルドのことだろうか?
「あんな奴に、セシルは渡さない。セシルのこと、ずっと見てた。いつも失敗ばかりで、もう堪えられない。セシルが幸せになってくれたら、俺はそれで良かったのに。見てるだけなんて無理だ。──もう。大切な人を目の前で失いたくないんだ」
セシルの腕に水滴が落ちた、これはアルベリクの涙?
「な、泣いてるんですか?」
「……泣いてない」
言ったアルベリクの声はか細くって消え入りそうな声で、腕の力も緩くなった。
セシルは立ち上がってベッドに腰を下ろした。そして床にボーッと座ったままのアルベリクに向かって両膝をたたく。
「アルベリク様、どうぞ!」
「……だから。泣いてない」
アルベリクはフラりと立ち上がると、そのままセシルに倒れ込む。セシルは受け止めきれずにそのままベッドに押し倒された。
「ぁぁあアルベリク様?」
「…………」
しかし、返事がない。
「寝てますかぁー?……寝ちゃった」
セシルは覆い被さったアルベリクから何とか脱出し、胸を撫で下ろした。
寝息を立てて静かに眠るアルベリクの顔をじっと見つめる。
頬に残る涙の跡を、ハンカチで拭ってあげた。
大切な人を目の前で失いたくないって、アルベリクは言っていた。両親の死を思い出したのだろうか。
それに、セシルにずっと一緒にいて欲しいとも言った。セシルもアルベリクにとって大切な人だって解釈していいのかな。
嬉しいけど、それってどれくらい?
聖女の時は、金儲けの道具に使っていたのに。
今度はどんな意味で私を必要としているのですか?
分からないことだらけ。聞きたいことだらけ。
さっき言ったことは本心? 酔ってでたデマカセ?
でも、そのどちらだとしても、私は――。
「私は、アルベリク様の使用人なんだから……」
アルベリクの隣にいるけれど、違うんだ。
きっとアルベリクの隣にはオリヴィアのような人がいて、その横に自分がいるだけなんだ。
それじゃ……嫌だな。
「私、なに考えてるんだろう……」
三度目のやり直し中なのに。
自分が生き抜く道を探さなきゃいけないのに。
でも、その道にアルベリクがいたら嬉しい。
「だから、駄目だってば……」
もう男の人は信じちゃ駄目だ。
二度もクリスに処刑されたのに。
アルベリクだって、住む世界が違う人なんだ。
私を迎えに来てくれた人かもしれないけど。
大切だって言ってくれる人かもしれないけど。
クリスだって、私を裏切ったのだから。
もう。誰かと一緒にいたいなんて、思っちゃ駄目なんだ……。
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