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第五章 男ばかりの訓練所
008 ……がいい
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セシルがそう願った時、遠くの方から壁を殴り付けたような地響きと悲鳴が聞こえた。
「ん? 何か外が騒がしくないか?」
「こんな夜に?」
廊下からざわざわと喧騒が聞こえる。
それから、壁に響く破壊音。
『アルベリク。扉壊すなってば~』
『面倒だから全部蹴破る』
『あー。ノックしてからにしろよ。──おーい。起きてる奴は扉開けてくれ~。壊される前に~』
外からアルベリクとディルクの声がした。
「やべ。どうする?」
「上のベッドに隠そうぜ」
「んんっ」
セシルがラックの肩に担がれた時──部屋の扉が轟音と共に蹴破られた。男達がその衝撃に怯んだ隙に、アルベリクは一瞬で距離を詰めて、拳をめり込ませた。
「げっ──ぐふっ」「すっすいま──がはっ」
「俺は何も──ひぃ」
無言で三人を瞬殺し、アルベリクはセシルを抱き上げた。
ディルクが壊れた扉の横で「うわぁ。容赦ないねぇ」と声を漏らし、酒のボトルを見ると拾い上げ、一旦部屋を出た。
『食堂の酒泥棒は無事捕まえた。みんなおやすみ~。騒がせて悪かったな~』
廊下に出ていた訓練生達は「なんだよ~」と愚痴を溢しながら部屋へと戻っていった。
ディルクが部屋に戻ると、アルベリクはセシルを抱きしめたまま部屋の真ん中で座り込んで動かないままだった。
ディルクはその後ろ姿に声をかけられず、小さくため息をつくと扉に寄りかかり、二人に背を向け廊下へと視線を伸ばした。
◇◇
「セシル……嫌なことされたか?」
セシルはアルベリクの声にホッと息を吐き、ギュッとアルベリクに抱きつき顔を埋めた。
これだ。安心する。やっぱり助けに来てくれた。
もう怖くない。アルベリクがいればなにも怖くない。
「嫌なこと言われたか?」
セシルは何度も首を縦に振る。
でも、アルベリクの方を見ようとはしなかった。
頭はクラクラするし、このままアルベリクの心音を聞きながら眠ってしまいたかった。
「あいつら、ぶっ殺していいか?」
唐突に頭の中に入ってきたアルベリクの低く冷たい声色にゾクッとして、セシルは顔を上げアルベリクの瞳を見た。エメラルドの瞳には影が差し、本当に殺りそうな目だ。
「んー」
「なぜ否定する?」
「んー、ん」
なにか話そうとしているが、口を縛られていて話せない。アルベリクは布をとると、セシルは瞳に涙を浮かべながら言った。
「……がいいれす」
「んっ?」
「私、アルベリク様がいいんれす」
そう言ってセシルはアルベリクの胸に顔を埋めた。
「せ、セシル? お前、酔ってるのか?」
「酔ってないれす。でも。あ、お酒を少々。すみません。ぜんぶ、私が、悪いんれす……」
酔っていないと言うが、ろれつが回っていない。
それに瞳がとろんとしていて、顔も赤い。
「は、話は部屋で聞くから……」
「でも、いつも私。アルベリク様になら……」
「せ、セシル。いいから部屋に戻ろう」
「……はい」
アルベリクは気付いていた。扉の辺りでディルクが必死で口を押さえて声を殺して笑っていることに。
ディルクは呼吸を整えてからアルベリクに尋ねた。
「アルベリク。この三人は、ここの規則に則って処罰を与える。それでいいな?」
「……ああ。そうしてくれ」
アルベリクはそれだけ言うとセシルを抱えて立ち上がった。
「セシルちゃんの荷物は部屋に置いておくから、何かあったら言えよ」
「ああ。迷惑をかけたな」
「俺が部屋を用意してなかったせいだ。後の事は任せておけ」
「頼んだ」
珍しく素直に返事を返すアルベリクにツッコミを入れたいのを我慢して、ディルクは三人組の事後処理を始めることにした。
今はそっとしておいてやろう。と、ディルクなりに気を遣ってみたつもりだが、アルベリクはそれすら気付いていない様子で何も言わず廊下を後にした。
「ん? 何か外が騒がしくないか?」
「こんな夜に?」
廊下からざわざわと喧騒が聞こえる。
それから、壁に響く破壊音。
『アルベリク。扉壊すなってば~』
『面倒だから全部蹴破る』
『あー。ノックしてからにしろよ。──おーい。起きてる奴は扉開けてくれ~。壊される前に~』
外からアルベリクとディルクの声がした。
「やべ。どうする?」
「上のベッドに隠そうぜ」
「んんっ」
セシルがラックの肩に担がれた時──部屋の扉が轟音と共に蹴破られた。男達がその衝撃に怯んだ隙に、アルベリクは一瞬で距離を詰めて、拳をめり込ませた。
「げっ──ぐふっ」「すっすいま──がはっ」
「俺は何も──ひぃ」
無言で三人を瞬殺し、アルベリクはセシルを抱き上げた。
ディルクが壊れた扉の横で「うわぁ。容赦ないねぇ」と声を漏らし、酒のボトルを見ると拾い上げ、一旦部屋を出た。
『食堂の酒泥棒は無事捕まえた。みんなおやすみ~。騒がせて悪かったな~』
廊下に出ていた訓練生達は「なんだよ~」と愚痴を溢しながら部屋へと戻っていった。
ディルクが部屋に戻ると、アルベリクはセシルを抱きしめたまま部屋の真ん中で座り込んで動かないままだった。
ディルクはその後ろ姿に声をかけられず、小さくため息をつくと扉に寄りかかり、二人に背を向け廊下へと視線を伸ばした。
◇◇
「セシル……嫌なことされたか?」
セシルはアルベリクの声にホッと息を吐き、ギュッとアルベリクに抱きつき顔を埋めた。
これだ。安心する。やっぱり助けに来てくれた。
もう怖くない。アルベリクがいればなにも怖くない。
「嫌なこと言われたか?」
セシルは何度も首を縦に振る。
でも、アルベリクの方を見ようとはしなかった。
頭はクラクラするし、このままアルベリクの心音を聞きながら眠ってしまいたかった。
「あいつら、ぶっ殺していいか?」
唐突に頭の中に入ってきたアルベリクの低く冷たい声色にゾクッとして、セシルは顔を上げアルベリクの瞳を見た。エメラルドの瞳には影が差し、本当に殺りそうな目だ。
「んー」
「なぜ否定する?」
「んー、ん」
なにか話そうとしているが、口を縛られていて話せない。アルベリクは布をとると、セシルは瞳に涙を浮かべながら言った。
「……がいいれす」
「んっ?」
「私、アルベリク様がいいんれす」
そう言ってセシルはアルベリクの胸に顔を埋めた。
「せ、セシル? お前、酔ってるのか?」
「酔ってないれす。でも。あ、お酒を少々。すみません。ぜんぶ、私が、悪いんれす……」
酔っていないと言うが、ろれつが回っていない。
それに瞳がとろんとしていて、顔も赤い。
「は、話は部屋で聞くから……」
「でも、いつも私。アルベリク様になら……」
「せ、セシル。いいから部屋に戻ろう」
「……はい」
アルベリクは気付いていた。扉の辺りでディルクが必死で口を押さえて声を殺して笑っていることに。
ディルクは呼吸を整えてからアルベリクに尋ねた。
「アルベリク。この三人は、ここの規則に則って処罰を与える。それでいいな?」
「……ああ。そうしてくれ」
アルベリクはそれだけ言うとセシルを抱えて立ち上がった。
「セシルちゃんの荷物は部屋に置いておくから、何かあったら言えよ」
「ああ。迷惑をかけたな」
「俺が部屋を用意してなかったせいだ。後の事は任せておけ」
「頼んだ」
珍しく素直に返事を返すアルベリクにツッコミを入れたいのを我慢して、ディルクは三人組の事後処理を始めることにした。
今はそっとしておいてやろう。と、ディルクなりに気を遣ってみたつもりだが、アルベリクはそれすら気付いていない様子で何も言わず廊下を後にした。
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