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第五章 男ばかりの訓練所

004 運命は変えられる?

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「おい。ディルク、さっさと離れろ!」

 ディルク越しに聞こえたのはアルベリクの声だった。

 ディルクはセシルから手を緩め、セシルを気遣いながら体を起こしてアルベリクに言い返した。

「あっぶないだろ。アルベリク」

 危ないとは何のことだ。
 セシルは辺りを見回し、あるものを見つけた。
 ディルクが座っていた後ろの花壇に、木の剣が突き刺さっていたのだ。

 投げたのは紛れもなくアルベリクだろう。
 それなのに、アルベリクはディルクを責めている。

「なぜセシルの方に避けた? 一人で避けろ。セシルに触るな」
「ああっ。ごめんな。セシルちゃん、驚かせたな」
「いえ。大丈夫です」

 悪いのは凶器を投げたアルベリクだと思うが、そんな事を口にできる筈もなく、セシルはディルクの手を借りて立ち上がった。

 セシルのスカートの泥をディルクも一緒に払ってくれたのだが、その手はアルベリクに寄って弾かれている。

「いって。お前なぁ。力試しは終わったのか?」
「ああ。後はお前だけだが……今日はいい。教官が来たぞ」
「げっ。伯父上!?」 

 いつの間にか中年の恰幅のいい男の人の指導が始まっていた。しかし、訓練生達が訓練前から既にフラフラなのが心配である。

「あれは前騎士団長。よく見ておけよ。国最強の男だからな」

 アルベリクはセシルにそう言うと、訓練に戻って行った。

 国最強と言われても全くピンと来ない。
 セシルが知っている英雄はディルクだ。


 ディルクのことはよく覚えている。

 確か、セシルが十四歳になった頃、幾つかの隣国が飢饉で苦しみ争いが起こり、ここシュナイト領もその戦いに巻き込まれたのだ。

 その時活躍したのが英雄ディルク=シュナイト。

 争いが終息した時、セシルは聖女として、アルベリクに連れてこられたディルクの治療をした。一刻を争うほどの怪我だと思っていたセシルは、背中に浅く刺さった弓の怪我の治療だけだったことに酷く驚いたのだった。

 だって、英雄ディルクは……。
 一度目の記憶の時、戦死していたのだから。

 しかし、あれぐらいの傷で人は死んでしまうものなのだろうか。でも、もしもセシルのお陰でディルクが死ななかったのだとしたら……。

 今回はどうなる? この国に聖女はいない。
 いなかったら……ディルクは……。

 言い様のない不安が込み上げてきた。
 自分のせいで、誰かが死んでしまうかも知れない。

 セシルはディルク達から目を背け、荒れた花壇に目を向けた。初めてファビウス邸に来た時と似ている。

 今から土地を耕せば、飢饉は緩和出来ないだろうか。
 確か、天候不良のせいで作物が育たなかったと記憶している。

 シュナイト領も食糧不足になっていて、ファビウス領から支援していた。やはり、耕したとしても効果は薄いだろう。

 セシルに出来そうなこと……。
 庭の片隅の雑草がセシルの目に止まった。

 薬草だ。セシルの薬はよく効くようだし、今から頑張ればたくさん作れるかもしれない。

「そうよ。それよ!」

「おい。セシル」
「は、はい!?」

 勢いよく立ち上がったセシルの後ろにはアルベリクがいた。
 腕を組み、息を切らせながら汗を滴らせている。

「お前、全く見てなかっただろ。どうせ花壇でもいじりたいなどと思っていたのだろう?」
「あ……。えへへ」
「はぁ。それならディルクに相談しろ。俺は湯で汗を流してくる」
「あ、訓練終わったんですね」
「……俺がいない間はディルクといろよ。問題を起こすなよ。すぐ戻る」
「はーい……」

 アルベリクはディルクに声をかけてから、建物の方へさっさと歩いていった。

「セシルちゃん。花壇がどうこうアルベリクが言っていたんだけど?」
「あ。私、庭いじりが大好きなんです。良かったらここの花壇も何か植えてもいいですか? 簡単に育つお野菜とか……」
「へぇ~。それはいいな。手入れとか分かんないから、水やれば勝手に育つ奴がいいな」
「はい。それから……あの方達は大丈夫ですか?」

 セシルはずっと気になっていたことをディルクに尋ねた。
 訓練終了後も地面に倒れたままの訓練生達だった。

「あー。しばらく放っておけば動くと思うんだがな」
「いつもあんな感じなんですか?」
「いやいや。今日はアルベリクにボコボコにされてたからな。その後にそれを伯父上に怒られて。いつもの倍のメニューをやらされたからな。明日は痣の痛みと筋肉痛で目が覚めるだろうな」
「……あ。それなら。――私の鞄ってどこにありますか?」
「宿舎の入り口だな。部屋の準備がまだなんだ」
「入り口ですね。ちょっと待っててください」

 聖女じゃなくても、魔法を使わなくても、今のセシルに出来ることがあるかもしれない。
 セシルは薬のある宿舎の方へと駆けて行った。





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