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第五章 男ばかりの訓練所
001 出迎え
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農村地帯をしばらく進むと、西側に隣国との国境である壁が見えてきた。
シュナイト公爵領もファビウス侯爵領と同じで、隣国との国境に位置する領土だ。ただ、隣国との接地面積が大きいことから、治安が悪いところも多いらしい。
そんなシュナイト領の北の端に訓練所はあった。
遠くの方に見える、大きな灰色の壁に囲まれた建物がそれだ。
回りには何もないが、領主が住む町から十キロほど離れた所にあるそうだ。
馬車は訓練所の大きな門をくぐり、庭で停車した。
セシルはアルベリクに続いて外へ出た。
「よお。アルベリク!」
「ああ。ディルク」
セシル達を出迎えたのは、腰に剣を差し、長いくすんだ金髪を雑に後ろで結った体格のいい男の人だった。
セシルはその男に見覚えがあった。
聖女の時にも会ったことがある。
北の領地を隣国の進攻から守ったとされる。
英雄ディルク=シュナイトだ。
今はまだその功績は無いにしろ、国民憧れの英雄を前にセシルは感動していた。ディルクは親しげにアルベリクに話しかけている。
「いつも釣れないな~。レクトも久しぶ……。レクトって女だったか!?」
「いや。これは俺の使用人だ。ただの見学。視界に入れなくてい」
「視界に入れるなって、お前……。名前ぐらい、なあ?」
ディルクがセシルに向かって苦笑いで声をかける。
気さくで人の良さそうなひとだ。
「私は――」
セシルは言いかけて、口を閉じた。
アルベリクがすっごく睨んできたのだ。
ディルクが呆れた顔をしている。
「そんなことより、ディルク。馬車に盗品が詰んである。後は任せた」
「ああ。それなら――」
ディルクが建物の方へ目を向けると、扉から赤い派手なドレスを着た飴色の髪の女性が現れた。隣には背の高いメイドが立ち、二人でこちらに向かって歩いてくる。
そしてドレスの女性は、こちらへ近づきながら赤く紅を差した小さな唇を開いた。
「アルベリク様。ようこそ、我がシュナイト領へ。盗品でしたら、この私、シュナイト公爵領次期当主オリヴィア=シュナイトが街まで運んで被害者にお配りいたしますわ! おーほっほっほっほっ」
オリヴィアは高らかに笑い、その声は訓練所まで響き渡る。
しかし目の前までやって来たオリヴィアを、アルベリクは見向きもしない。ディルクに向かって「そうしてくれ」とだけ言い建物へ向かって歩きだした。
「あっ。ちょっと。アルベリク様ぁ!?」
騒ぐオリヴィアだが、どうもアルベリクの視界に入っていないようだった。オリヴィアは態度こそ大きいが、体が小さかった。
セシルよりも小さい。年は十歳くらいだろうか。
遠くにいた時は大人っぽく見えたのだが、気のせいだった。
セシルは呆気に取られてその場に立ち尽くしている。
「セシル。早く来い」
「はい」
セシルはオリヴィアにペコリと頭を下げてアルベリクを追った。後ろからオリヴィアの声がする。
「ライラ。アルベリク様が私に振り向いたわ!」
「そうですね」
ライラと呼ばれたメイドは、オリヴィアの言葉を肯定する。
しかし、実際はセシルに振り向いていた。
「アルベリク様が優しいなんて、私に惚れたのかしら?」
「そうですね」
「アルベリク様ぁ~。別に無視してもよろしくてよ。私はそっちの方がご褒美ですから~!」
この声はセシルにも聞こえている。
もしかしたらオリヴィアは、ミリアと似た人種かもしれない。
アルベリクに軽くあしらわれ、オリヴィアはうっとりと声を漏らす。
「ライラ。無視されたわ」
「そうですね」
「さすが。私の婚約者様だわ」
◇◇
アルベリクは足取り早く建物内に入ると、簡単に施設を説明してくれた。
「俺は第一訓練場で訓練を受けている。食堂が向こうで訓練場はそっち。それから宿舎が奥になる。まずは食事を済ませる。午後の訓練に参加するから、お前は俺の視界の中に必ずいるんだぞ」
「はい。あの……さっきの方、放っておいてよかったんですか?」
セシルはオリヴィアの事が気になっていた。
あの存在感をどうしたら無視できるのか理解できなかった。
「ディルクか?」
「いえ。あの、オリヴィア様の方です」
アルベリクは真顔で考え込んでいる。
これはからかわれている。それとも本気?
どちらだろうか。
「……いたか?」
「いましたよ」
本当に気付かなかった様だ。
なんだかオリヴィアが可哀想だ。
あんなに着飾って綺麗にしていたのに。
セシルが困惑していると、アルベリクはハッとして口元を緩ませた。
「……セシル。あいつは俺の婚約者らしいぞ。あいつの自称、だかな」
「こっ婚約者……?」
アルベリクは貴族だし、婚約者ぐらい、いてもおかしくない。
それに公爵家のご令嬢なら……喜ばしいことのはずだ。
考え込むセシルにアルベリクは尋ねる。
「セシル、どうかしたか?」
「お、おめでとうございます!」
深々と頭を下げたセシルの後頭部をアルベリクは冷めた目で見つめ、低い声でボソッと命を下した。
「……行くぞ」
「えっ? ちょっと待って下さい」
シュナイト公爵領もファビウス侯爵領と同じで、隣国との国境に位置する領土だ。ただ、隣国との接地面積が大きいことから、治安が悪いところも多いらしい。
そんなシュナイト領の北の端に訓練所はあった。
遠くの方に見える、大きな灰色の壁に囲まれた建物がそれだ。
回りには何もないが、領主が住む町から十キロほど離れた所にあるそうだ。
馬車は訓練所の大きな門をくぐり、庭で停車した。
セシルはアルベリクに続いて外へ出た。
「よお。アルベリク!」
「ああ。ディルク」
セシル達を出迎えたのは、腰に剣を差し、長いくすんだ金髪を雑に後ろで結った体格のいい男の人だった。
セシルはその男に見覚えがあった。
聖女の時にも会ったことがある。
北の領地を隣国の進攻から守ったとされる。
英雄ディルク=シュナイトだ。
今はまだその功績は無いにしろ、国民憧れの英雄を前にセシルは感動していた。ディルクは親しげにアルベリクに話しかけている。
「いつも釣れないな~。レクトも久しぶ……。レクトって女だったか!?」
「いや。これは俺の使用人だ。ただの見学。視界に入れなくてい」
「視界に入れるなって、お前……。名前ぐらい、なあ?」
ディルクがセシルに向かって苦笑いで声をかける。
気さくで人の良さそうなひとだ。
「私は――」
セシルは言いかけて、口を閉じた。
アルベリクがすっごく睨んできたのだ。
ディルクが呆れた顔をしている。
「そんなことより、ディルク。馬車に盗品が詰んである。後は任せた」
「ああ。それなら――」
ディルクが建物の方へ目を向けると、扉から赤い派手なドレスを着た飴色の髪の女性が現れた。隣には背の高いメイドが立ち、二人でこちらに向かって歩いてくる。
そしてドレスの女性は、こちらへ近づきながら赤く紅を差した小さな唇を開いた。
「アルベリク様。ようこそ、我がシュナイト領へ。盗品でしたら、この私、シュナイト公爵領次期当主オリヴィア=シュナイトが街まで運んで被害者にお配りいたしますわ! おーほっほっほっほっ」
オリヴィアは高らかに笑い、その声は訓練所まで響き渡る。
しかし目の前までやって来たオリヴィアを、アルベリクは見向きもしない。ディルクに向かって「そうしてくれ」とだけ言い建物へ向かって歩きだした。
「あっ。ちょっと。アルベリク様ぁ!?」
騒ぐオリヴィアだが、どうもアルベリクの視界に入っていないようだった。オリヴィアは態度こそ大きいが、体が小さかった。
セシルよりも小さい。年は十歳くらいだろうか。
遠くにいた時は大人っぽく見えたのだが、気のせいだった。
セシルは呆気に取られてその場に立ち尽くしている。
「セシル。早く来い」
「はい」
セシルはオリヴィアにペコリと頭を下げてアルベリクを追った。後ろからオリヴィアの声がする。
「ライラ。アルベリク様が私に振り向いたわ!」
「そうですね」
ライラと呼ばれたメイドは、オリヴィアの言葉を肯定する。
しかし、実際はセシルに振り向いていた。
「アルベリク様が優しいなんて、私に惚れたのかしら?」
「そうですね」
「アルベリク様ぁ~。別に無視してもよろしくてよ。私はそっちの方がご褒美ですから~!」
この声はセシルにも聞こえている。
もしかしたらオリヴィアは、ミリアと似た人種かもしれない。
アルベリクに軽くあしらわれ、オリヴィアはうっとりと声を漏らす。
「ライラ。無視されたわ」
「そうですね」
「さすが。私の婚約者様だわ」
◇◇
アルベリクは足取り早く建物内に入ると、簡単に施設を説明してくれた。
「俺は第一訓練場で訓練を受けている。食堂が向こうで訓練場はそっち。それから宿舎が奥になる。まずは食事を済ませる。午後の訓練に参加するから、お前は俺の視界の中に必ずいるんだぞ」
「はい。あの……さっきの方、放っておいてよかったんですか?」
セシルはオリヴィアの事が気になっていた。
あの存在感をどうしたら無視できるのか理解できなかった。
「ディルクか?」
「いえ。あの、オリヴィア様の方です」
アルベリクは真顔で考え込んでいる。
これはからかわれている。それとも本気?
どちらだろうか。
「……いたか?」
「いましたよ」
本当に気付かなかった様だ。
なんだかオリヴィアが可哀想だ。
あんなに着飾って綺麗にしていたのに。
セシルが困惑していると、アルベリクはハッとして口元を緩ませた。
「……セシル。あいつは俺の婚約者らしいぞ。あいつの自称、だかな」
「こっ婚約者……?」
アルベリクは貴族だし、婚約者ぐらい、いてもおかしくない。
それに公爵家のご令嬢なら……喜ばしいことのはずだ。
考え込むセシルにアルベリクは尋ねる。
「セシル、どうかしたか?」
「お、おめでとうございます!」
深々と頭を下げたセシルの後頭部をアルベリクは冷めた目で見つめ、低い声でボソッと命を下した。
「……行くぞ」
「えっ? ちょっと待って下さい」
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