上 下
26 / 102
第三章 甘い香りとティータイム

010 理解力

しおりを挟む
「それから、婆やから報告を受けたのだが……クロードと揉めたそうだな」
「へっ?」

 アルベリクは隣に座ったままセシルに目線を向けずに尋ねた。
 双子の話が終わったかと思うと、明らかにさっきまでと違う声のトーンでセシルに尋ねた。

「クロードからかくれんぼに誘い、二人で物置に隠れたそうだな」
「……はい」
「軽率だな。執事は聖人ではない。ましてやクロードには前科しかない。しかし、息子より幼い者にまで手を出すとは」
「はい?」

 額を押さえため息をついたアルベリクは、首を傾げるセシルへ目を向けた。

「何でもない。減給、免職、投獄、それか処……。こほん。お前が望む罰を与えよう」
「罰だなんて……。私はクロードさんに肘でこうやってやり返したんです。レオン様やクロエ様にはクロードさんが必要です。それに、クロードさんも良かれと思っての行動だったようですし、必要ありません」

 セシルは身振り手振りでクロードにした肘打ちをアピールする。そんなへなちょこな攻撃で逃げ出せたということは、クロードも本気ではなかったと言うことになる。それに、クロードがいなくなったら、レオンやクロエも悲しむのは目に見えていた。

「そうか。ならば減給と、こちらへの立ち入り禁止処分にする。ついでに少し、剣の相手でもしてもらうか……」
「……はい」

 不敵な笑みを溢しベッド横の剣に目を向けた後、アルベリクはセシルへと視線を戻した。

「それから……。セシル。お前に一つ、良いことを教えてやる」

 アルベリクはセシルの隣に座ると、ぐっと顔を寄せセシルの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。

「いいか。俺が言った言葉をお前も続けて言え。ちゃんと声に出して言って、頭でも身体でも理解し守るんだぞ?」
「はい」


「男と──」
「男と……」

「密室で――」
「密室で?」

「二人きりにならない」
「二人きりにならない?」

「そうだ。続けて言ってみろ」
「お、男と密室で二人きりにならない! ですね」

 セシルは自信満々に言い切った。
 アルベリクはそれを何故かつまらなそうに見ている。

「あの……私、間違えましたか?」
「いや。ちゃんと理解したか?」
「はい!」
「本当に?」
「本当の本当にです!」

 アルベリクはその言葉を鼻で笑い飛ばした。

 いつも笑わない人だと思っていたが、今日はよく笑っている。
 いや、これは俗に言う笑う、より嗤うに近いし、笑顔とは程遠い。多分、馬鹿にされているだけだ。

「お前は理解力が足りない。今のお前は、どこに誰とどんな格好でいるのだ?」
「えっ?」

 セシルは今、アルベリクの部屋でアルベリクといて、ネグリジェを着ている。
 だから……何なのだ?

「お前は夕方から爆睡してよく分かっていない様だな。もう一度言うぞ。――密室で男と……その続きは何だ?」

 セシルはそこまで言われてようやく気付いた。
 辺りを見回し、セシルとアルベリクしか部屋にいないことを確認した。
 この状況も、密室で男と二人きりにならないに当てはまるのだ。

「し……失礼しました。自室に戻りますっ」

 セシルは慌ててベッドから飛び降りドアを目指した。
 アルベリクは鼻で嗤いセシルを見送った。

「今日はありがとうございました。お休みなさいませっ」

 セシルは深々とお辞儀すると部屋を飛び出していった。
 心臓がバクバクとうるさい。
 アルベリクの顔が忘れられなかった。
 セシルの反応をみて小馬鹿にして愉しんでいる、あの顔が。

 この胸の高鳴りも苦しさも、熱くて火が出そうなほどの顔も身体も、全部全部、あのアルベリクのせいだ。

「あんな意地の悪い人、大っ嫌い」

 セシルは顔を真っ赤にして、自室へと早足で帰って行った。

 ◇◇◇◇

 アルベリクは静かになった寝室で小さく息を吐くと、ベッドへ横になる。
 まだ温かい。さっきまでいたセシルの温もりがそこに残っていた。

「……ふっ」

 セシルが見せた百面相を思い出すと、無意識の内に笑みが溢れていた。
 
「セシル……」

 名前を呼ぶとセシルの笑顔が瞼に浮かんだ。
 そしてそれと同時に、リリアーヌと対峙した時の強ばった表情も。
 あの二人は根本的に合わないのかもしれない。
 この屋敷にセシルを招き入れたのはアルベリクだ。
 今度こそセシルを守りたい。誰にも傷つけさせたくないし、触れられるのも、奪われるのも嫌だ。

「傲慢だな……」

 ただ普通に生きて、幸せになって欲しいと思っていただけなのに、いつの間にか自分の中に別の感情が見え隠れしていた。

「あいつが、……セシルが……馬鹿すぎるんだ」

 そうだ。そのせいで放っておけない。
 留守番すらまともに出来ないのだから。

 だから、こんな気持ちになるのだ。
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

処理中です...