上 下
6 / 102
第一章 ファビウス侯爵家

002 冷酷無慈悲な金の亡者

しおりを挟む
 顔を上げると、クリスの穏やかな蒼い瞳とは似ても似つかない、大きなつり目のエメラルドの瞳と目が合った。

「あ、アルベリク様!?」

 アルベリクはセシルが暮らすファビウス領の領主、ファビウス家の次男坊だ。
 そんな身分の高い彼に、セシルは勢い余って抱きつくような形になってしまっていた。
 彼はアッシュブロンドの髪を風に靡かせ、セシルを不機嫌そうに見下ろすと、そっとセシルの体を引きはがし、セシルのせいで濡れてしまった自身の体へと目を向けていた。
 
「し、失礼いたしました」
「……お前、名前は?」

 アルベリクの質問にセシルはドキッとした。
 以前もこの場所で、同じことを聞かれていたから。

 しかし、ついさっき処刑場で見た彼は、セシルの死を愁いでくれていると思ったのだが、目の前のアルベリクからは、そんな感情に至る要素が微塵も感じられないほど無愛想だ。

 ただ、こちらの不機嫌な顔つきの方が馴染みがある。セシルの知っているアルベリクは、いつもこんな顔をしていたから。

 まさか彼が井戸から引き上げてくれるような優しい男性だとは思っていなかったが、前の記憶の時も、井戸から出て最初に会ったのは、この男だった。

「わ、私はセシルと申します」
「そうか。セシル、俺について来い……。いや、その前に自室で着替えを済ませ荷物をまとめろ」
「……? 荷物?」

 セシルはアルベリクの言葉に首をかしげた。

 前の記憶だと、この後セシルはアルベリクにシスターの所まで連れていかれ、聖女に祭り上げられた。
 しかも、そのやり口はとても強引で、アルベリクはシスターの前で自身の腕を剣で傷つけ、セシルに治癒させたのだ。教会にいた全ての人の前で、セシルの力は奇跡の力だと知らしめるように。

 そしてその後、アルベリクによって聖女の存在は国中に轟かせられた。領内に人を集め活性化させ、それによって自らの私腹を肥やすために。
 聖女の恩恵を授かるためには、身分に応じて相当のお布施を戴いていたと記憶している。

 そう。目の前のこの男は、冷徹無慈悲な金の亡者のなのだ。しかし、彼について行けば、聖女になり、ただの村娘では稼げないようなお金が手に入り、世話になった教会も潤い、セシルの新たな人生へ向けての資金を稼ぐことが出来る筈だ。

「おい」
「は、はい!!」

 考え事をしていたら、いつの間にかアルベリクの表情が苛立っていた。

 この人、気は短いし、すぐ怒るのだ。
 口数は少ないが、一言の殺傷能力が高い。
 セシルはアルベリクが苦手だった。

 セシルが慌てて部屋へ向かおうと踵を返すと、背中に暖かさを感じ、振り返るとアルベリクの上着が掛けられていた。

 井戸水で濡れたセシルを気遣ってくれたのか。
 意外な優しさに触れ、驚いてアルベリクへと視線を伸ばす。

「あ、あの。ぇと」

 礼を述べようとしたが、アルベリクの不満そうな瞳に跳ね除けられる。言葉を濁しその場で立ち尽くすセシルの腕を、アルベリクは掴み軽く引き寄せると、顔を近付け耳元で囁いた。

「セシル。俺はお前の秘密を知っている。異端審問にかけられたく無ければ──俺に従え」

 アルベリクはセシルを脅すと、顔を離しその瞳を至近距離で見つめ返した。

 この瞳からは逃れられない。
 見つめた相手を征服して服従させる。
 そんな威圧感のある瞳だった。

 萎縮したセシルに、アルベリクは苛立ち息を吐くと、教会の方へと視線を伸ばした。

「さっさと着替えてこい。風邪を引くぞ」
「はっはいっ」

 優しいのか怖いのか、よく分からないけれど、どうしてだろう。前よりアルベリクとの距離感が近い。もっと、目に見えない壁の向こうに側にいる人間だと思っていたのに。
 セシルは困惑しつつ、逃げるように自室へと走っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。 「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。 聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。 ※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...