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004 早く迎えに来て(ガブリエラ視点)
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馬車に揺られながら、私は深い溜め息を吐いた。
私を憂鬱にさせるのは、いつもルシアン様だ。
私がいくら声を張り上げても、彼は振り向かない。
彼が目に映すのは、庭に咲く花や木々ばかり。
私なんか、全く見ようともしない。
他の男達は誰でも私に寄り集まって来るのに。
どんなに痛い目に遭わせても、誰も私を嫌わないのに。
でもいいの。
私には生まれる前から婚約者がいるのだから。
一度も会ったことはないけれど、私の婚約者は他国の伯爵のご子息様だ。その伯爵は、魔法の鈴蘭の花で私の母親の命を救い、その変わりに私と息子の婚約を結ばせたとか。
契約書もなければ、その伯爵の名前も分からないし、連絡が来たことすらない。
でも、母は事故のショックで記憶が曖昧なのに、伯爵と交わした婚約の約束だけは絶対だと言う。
母の妄言かと思ったこともあったけれど、今でも鈴蘭の花は主の帰りを待つように、枯れことなく咲き続けている。
毎日の水やりが面倒だから、お姉様に任せっきりだけれど、あんなに美しい鈴蘭の持ち主となれば、それはそれは高貴な方に違いない。
きっと完璧な私に釣り合う、理想的な男性が迎えに来るのだ。
学園に通い始めてルシアン様に会った時は、その約束を疎ましく思った。でも、婚約を交わした契約書もないのだし、私に楯突く男性なんて居やしないのだから、どうとでもなると思った。
けれども今は、婚約者に早く迎えに来て欲しいと思っている。
きっとルシアン様は、私に素敵な婚約者が現れたら態度を改めるだろうから。
植物とばかりお喋りしてしまうルシアン様は、内向的で自分の感情を表に出すのが苦手だ。私が誰かのものになってしまうと分かれば、素直な気持ちをさらけ出すことが出来るだろう。
だから、早く十五歳になりたい。
婚約者が迎えに来るという約束の日に。
屋敷へ戻ると珍しく母が出迎えてくれた。
「ああ。私の自慢のガブリエラ。これを見て頂戴!」
「それは……?」
母は手にしていたのは書状を開き、誇らしげに文面を突きつけた。
「明日、サリュウス伯爵がいらっしゃるのよ!」
「サリュウス……伯爵?」
「ええ! 貴女の婚約者の父君よ。隣国の伯爵でね。七つの山を有する由緒正しいお家柄の方だそうよ。まさか、そんな方が命の恩人だったなんて。明日、王都に用があっていらっしゃるから、本当は使者に届けさせようと思っていらした貴女へのドレスを、伯爵自ら持ってきてくださるんですって!」
「ドレス?」
「来月の貴女の誕生日が約束の日でしょ? その日の為のドレスだそうよ。きっと素敵な方だわ。良かったわね。ガブリエラ」
「はい。楽しみですわ。お母様」
早くルシアン様にこの事実を知らせたい。
一体どんな顔をするだろう。
ルシアン様は隣国の方だから、サリュウス伯爵とは面識があるかもしれない。
「あ、それとね。もう一つ変な手紙が届いているの」
「え?」
「レオナルド王子がシェーラと婚約したいのですって。明日は学園がお休みだから、昼食をご一緒したいって。ガブリエラと間違えているのだろうけれど、何か聞いているかしら?」
「ふふふっ。その手紙は捨ててしまってよくってよ。どうせ来ませんから」
大抵の求婚者は、私を好きなままだけれど、一度痛い思いをすると二度と言い寄ってこない。恐らく、身体は覚えているのだろう。
「あらそう。まさか、王子にまで何かしたの?」
「さあ? わたくしは何も。――明日の準備がありますので、失礼しますわ」
「そうね。サリュウス伯爵様をお迎えする準備をしなくちゃ」
母は書状を胸に抱き、幸せそうに去っていきました。
私も明日はとびきり美しく着飾らなくては。
ルシアン様が婚約者へ嫉妬するように。
私を憂鬱にさせるのは、いつもルシアン様だ。
私がいくら声を張り上げても、彼は振り向かない。
彼が目に映すのは、庭に咲く花や木々ばかり。
私なんか、全く見ようともしない。
他の男達は誰でも私に寄り集まって来るのに。
どんなに痛い目に遭わせても、誰も私を嫌わないのに。
でもいいの。
私には生まれる前から婚約者がいるのだから。
一度も会ったことはないけれど、私の婚約者は他国の伯爵のご子息様だ。その伯爵は、魔法の鈴蘭の花で私の母親の命を救い、その変わりに私と息子の婚約を結ばせたとか。
契約書もなければ、その伯爵の名前も分からないし、連絡が来たことすらない。
でも、母は事故のショックで記憶が曖昧なのに、伯爵と交わした婚約の約束だけは絶対だと言う。
母の妄言かと思ったこともあったけれど、今でも鈴蘭の花は主の帰りを待つように、枯れことなく咲き続けている。
毎日の水やりが面倒だから、お姉様に任せっきりだけれど、あんなに美しい鈴蘭の持ち主となれば、それはそれは高貴な方に違いない。
きっと完璧な私に釣り合う、理想的な男性が迎えに来るのだ。
学園に通い始めてルシアン様に会った時は、その約束を疎ましく思った。でも、婚約を交わした契約書もないのだし、私に楯突く男性なんて居やしないのだから、どうとでもなると思った。
けれども今は、婚約者に早く迎えに来て欲しいと思っている。
きっとルシアン様は、私に素敵な婚約者が現れたら態度を改めるだろうから。
植物とばかりお喋りしてしまうルシアン様は、内向的で自分の感情を表に出すのが苦手だ。私が誰かのものになってしまうと分かれば、素直な気持ちをさらけ出すことが出来るだろう。
だから、早く十五歳になりたい。
婚約者が迎えに来るという約束の日に。
屋敷へ戻ると珍しく母が出迎えてくれた。
「ああ。私の自慢のガブリエラ。これを見て頂戴!」
「それは……?」
母は手にしていたのは書状を開き、誇らしげに文面を突きつけた。
「明日、サリュウス伯爵がいらっしゃるのよ!」
「サリュウス……伯爵?」
「ええ! 貴女の婚約者の父君よ。隣国の伯爵でね。七つの山を有する由緒正しいお家柄の方だそうよ。まさか、そんな方が命の恩人だったなんて。明日、王都に用があっていらっしゃるから、本当は使者に届けさせようと思っていらした貴女へのドレスを、伯爵自ら持ってきてくださるんですって!」
「ドレス?」
「来月の貴女の誕生日が約束の日でしょ? その日の為のドレスだそうよ。きっと素敵な方だわ。良かったわね。ガブリエラ」
「はい。楽しみですわ。お母様」
早くルシアン様にこの事実を知らせたい。
一体どんな顔をするだろう。
ルシアン様は隣国の方だから、サリュウス伯爵とは面識があるかもしれない。
「あ、それとね。もう一つ変な手紙が届いているの」
「え?」
「レオナルド王子がシェーラと婚約したいのですって。明日は学園がお休みだから、昼食をご一緒したいって。ガブリエラと間違えているのだろうけれど、何か聞いているかしら?」
「ふふふっ。その手紙は捨ててしまってよくってよ。どうせ来ませんから」
大抵の求婚者は、私を好きなままだけれど、一度痛い思いをすると二度と言い寄ってこない。恐らく、身体は覚えているのだろう。
「あらそう。まさか、王子にまで何かしたの?」
「さあ? わたくしは何も。――明日の準備がありますので、失礼しますわ」
「そうね。サリュウス伯爵様をお迎えする準備をしなくちゃ」
母は書状を胸に抱き、幸せそうに去っていきました。
私も明日はとびきり美しく着飾らなくては。
ルシアン様が婚約者へ嫉妬するように。
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