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最終章 神獣と灯

011 道標

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「道標? なんだ、その話」

 ノエルが一番に声を上げた。この話はノエルは知らない。
 知っているのはリシャール様と陛下と、そして神獣様だけだから。

「ノエル。前に、平和なこの世界に神獣様を呼ばず、そのままにしておけばよかったって言ってたわよね? でも、五十年前、神獣様を召喚したのは、何者でもなく神獣様の為だったの」
「神獣様の為?」
「どうして異世界の巫女が、この世界と神獣様を絆ぐ為の存在なのか。みんな忘れてしまったけれど、ヴェルディエの書物にはちゃんと書いてあったの。――ですよね。リシャール様」

 リシャール様は手に持った古い本を、ノエルや皆へと見せ頷いた。

「ああ。千年前にトルシュの兄妹が召喚したのは、異世界の巫女だげじゃない。神獣様もだったのだ」
「神獣様も?」
「そうだ。神獣様もまた、異世界から召喚されていたのだ。巫女と違い、神獣様は魔力を元に姿を成している。しかし、この世界の魔力では適合せず、巫女を通じてこの世界の者達とと絆がることで力を変換し成長することが出来きるようなのだ」

 神獣様はリシャール様の言葉にじっと耳を傾け、ノエルの視線に応えるように頷かれた。

「一度目の召喚の時、初代の巫女様はこの世界を案じ残ることを決めた。巫女様は亡くなる前に神獣様を異世界へ送還しようとしていたが、魔族との戦いで力を消耗していた為、それを叶えることは出来なかったのだ。そしてその数百年後、神獣様も長き寿命を終えることになった。その時、仰ったのだ」
「もう一度、故郷の空を飛びたかった。と。……皆が見守る中、そう仰ったのだ」  

 まるで過去で全て見てきたかの様に、陛下は言葉を続けた。

「ヴェルディエは新しい巫女を招くことにした。神獣様を還るべき場所に、還す為に。神獣を崇拝するトルシュやテニエには、その意図を隠したまま、トルシュに召喚を勧めた」
「だから五十年前、神獣様は自分の世界に帰りたいと強く想う少女を選んだのですか?」

 ノエルの問いに神獣様は小首を傾げ、少し考えてから頷いた。
 きっと無意識の内に、そう選んだのだろう。

「私は、神獣様と共に還ります。私は神獣様が元の世界に還る為の、道標として呼ばれたのですから」
「ま、待てっ。それではクラルテはどうなるのだ? 巫女の力がなければ北の地の復興は望めない。クラルテと私を死地へ送るのと同じなのだぞ。君はそれで良いのか?」
「それは……」
「まぁ。酷い人達。この子を召喚したのはワタクシよ。利用するだけして、用が済んだら捨てるのね。今、この場には各国の要人、そして国の人々が集まっているのに、よくもそんな低俗な事が出来ますこと。――傲慢なのは誰の方なのかしら?」

 周りをぐるりと見回して、クラルテは最後に陛下へと目を留めた。陛下を傲慢と言いたいのだろうけれど、それこそが傲慢である。
 人々の冷たい瞳はクラルテへと向けられ、陛下も同じ瞳を向けていた。

「北の地は魔族達の墓場でもある。あの地に花を咲かせるのは、異界から来た神獣様の力を借りて行うべきではない。我々がこの手で実現していくべきことである」
「父上は私に、そのような大義を与えてくださったのですね。クラルテ、ともに頑張ろう?」
「は? 貴方、馬鹿じゃないの? ここにいる誰もがそんなこと無理だってわかっているのよ。だから、そういうことなのよ。わたしもロベールもお払い箱ってこと。ほら、みんなの目を見れば分かるでしょう?」

 私だったら震え上がってしまいそうな無数の視線を、クラルテは慣れた目付きで流し見て微笑んで言った。

「要するに、神獣も巫女もワタクシも、力のある者は目障りなんでしょ。産まれた時からずっとこの視線に晒されてきたもの。巫女を召喚できる力を持っていたってだけなのに……」

 クラルテの笑顔には、その影に潜む悲しみと寂しさが微かに見え隠れする。
 クラルテはこの世界が大嫌いだと言っていた。
 神獣様の復活と巫女の召喚の重責を担い、それ相応の力を持つ事で周りにも馴染めず孤独だったのかもしれない。
 
 ロベールが微かに震えるクラルテの肩に手を伸ばそうとした時、中庭から声が上がった。
 
「姉様。それは自業自得ではないですか? 姉様の代わりに王女を努めた異世界の巫女は……いえ。アカリは、姉様が培ってきた傲慢な王女の肩書を払拭し、民から信頼される王女になりましたよ」
「……アレク。だから何? その子はワタクシとは違うわ。特別な力もなく、神獣が側にいたから民に慕われただけでしょ? 邪魔な姉が消えて嬉しいからって随分と饒舌ね」 
「嬉しい? 違います。悲しいですよ」
「は? ああ、そうね。トルシュから国を追放される者が出るのですから」

 薄っすらと瞳に涙を溜めたアレクの言葉に、クラルテは皮肉を口にするも、戸惑いを見せていた。それは、アレクの伸ばした手に、やっと気づいてくれた瞬間だった。

「そうですね。ですが、それよりも姉様にこれまて自分が何もしてあげられていなくて、その事を悔いています」
「…………フッ。憐れみなんて必要ない。理解なんか求めていないわ。ワタクシはここにいる誰とも違うの。異界との繋がりを持ってるのはワタクシだけ。アナタ達みたいに、換えの利くような人達とは違うのよ!」
「はい。そんな姉様なら、たとえ追放されようとも、有り余る魔力を持ってして北の地を変えられるのではないかと、期待しています」 
「な、何ですって?」

 アレクよ期待を込めた言葉に、ダンテさんが頷き同意を示すと、トルシュの人々も誰からとなく首を縦に振りクラルテを見つめた。
 きっと期待していたはアレクだけだったかもしれない。でも、アレクの想いはトルシュの民へ繋がり、そして中庭の雰囲気をも飲み込んでいった。
 
「それに、私は大嫌いですが、姉様はロベール殿を選ばれ、自分を取り戻そうとした。いくら偽の自分が名声を得ようとも、ロベール殿が居なければ、姉様はそのまま陰日向で温々と余生を送っていたでしょう」
「何を知ったようなことを……」

 クラルテは俯き両の手を震わせ怒りを顕にした。
 周囲の冷たい視線には耐えられても、憐れみと期待が入り混じり、クラルテという人間を受け入れるべきではないかという空気には耐えられなかったのだ。

 顔を上げた彼女から、怒りと拒絶、そして強い魔力のうねりを感じた瞬間、神獣様が私を庇うように羽を開いた。

「ワタクシを馬鹿にしないでっ!!」

 クラルテの叫びと同時に、辺りに突風が吹き荒れた。

 あちこちから悲鳴と魔力のざわめきが広がるが、神獣様に視界が塞がれ何も見えず、魔力のざわめきが収まった時、人々の怯えた声とクラルテを蔑む声、そして陛下の悲嘆な声が耳に届いた。

「ろ、ロベール……」
 
 目の前を覆っていた神獣様の羽が降り、クラルテを抱きしめたまま、佇むロベールの姿を視界で捉えた。彼は全身を風の刃で切り刻まれて傷だらけでいた。
クラルテは青ざめた顔で手のひらに付いたロベールの血に、目を見開き固まっている。

「クラルテ……。落ち着いて。私は大丈夫だ。我が国の宮廷魔導師は優秀でな。誰も怪我なんてしていないだろう?」
「で、でも、ロベールが……」

 陛下やバルコニーにいた人々、そして中庭にいた人々は、神獣様の魔法やヴェルディエの宮廷魔導師によって守られ、怪我人はいないようだった。

 ホっと安心し、神獣様を抱き寄せようと手を回した時、生暖かい液体に触れた。
 私の手の平もクラルテと同じ様に赤い血で染められていた。

    
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