上 下
86 / 99
最終章 神獣と灯

001 神獣の守護石

しおりを挟む
 インペリアルトパーズ。
 それはまるで、神獣様の瞳の色みたいに透き通ったオレンジ色。

 私はベッドに潜り込み、反対の手の平でそれを包み込んだ。神獣様の炎のように温かなぬくもりを感じて心が安らいでいく。

 神獣様は、これを神獣の守護石だと仰っていた。
『トルシュの灯』に、神獣様の守護石は出てこなかった。
 だからこれは、本当に私だけの石だ。
 それは心の底から嬉しいのに、少しだけ寂しい。

 指輪には神獣様の守護石がひとつ。
 みんなと絆いで生まれた五つの宝石。
 それぞれが色を帯びたあの瞬間、とても心が暖かくなった。一つ一つ思い入れが深かった分、なくなってしまった事が悲しかった。

 神獣様とノエルは窓辺のソファーで眠っている。
 神獣様は窓辺にクッションをいくつも置いて、その間に埋もれる様にして眠り、仔猫じゃなくなったけれど、ノエルは神獣様の近くにソファーを運び、そこで寝ている。

 横になってすぐ静かになったので気になって見に行くと、ノエルは微かな寝息を立てて静かに眠っていた。  
 ノエルの寝顔を初めて見た。無防備に眠るノエルは少し微笑んで見えた。友好の証が色づいた瞬間を、夢でまた見ているのかもしれない。

 夢でだけでも、ここで出会えた人達と、また会えたらいいな。
 いや。逆にこれが夢なんじゃないだろうか。
 聖地巡礼ツアーで興奮しすぎた私が見た夢だったとか。
 でも、それはそれでグッジョブ自分……よね。

 明日は生誕祭前夜祭。
 日が沈む頃から、街の広場で炎を焚き、その炎と踊りを絶やすことなく朝日を迎える事が習わしらしい。
 きっとそれが、この世界で過ごす最後の夜になる。
 神獣様と、そして私を助けてくれた皆との最後の夜に。


 ◇◇◇◇

 翌朝、目覚めると部屋には誰もいなかった。ノエルは、私を置いて神獣様と朝のお散歩を楽しんできたらしい。
 酷い。昨日はこの世界の色々なことを教えてやるって言っていたのに。

「ズルい。どうして誘ってくれなかったの?」
「いやいや。お前は高熱で寝込んでることになってるんだから、外をうろつくのは不味いだろ。街なら兎も角、人気のない早朝の城内は目立つからな」
「そっか」
「分かればいい。軽率な行動は控えるんだぞ」

 仔猫を卒業したノエルは、頭の中まで大人になったみたい。感心ていると、扉がノックされリシャール様が顔を出した。

「おはようございます。おぉ。それが神獣様の石ですか。遠目で見ても素晴らしいですね」
「リシャール様のお陰です。よくもまぁ、あんな危険な真似をしてくれましたね。ありがとうございます」
「あはは。全然お礼に聞こえないんだけど、感謝の意として受け取っておくよ」

 仲がいいような悪いような。
 リシャール様とノエルは笑顔のまま互いに牽制し合っている。

「ねぇ。ふたりとも目が笑っていないのだけれど」
「アカリ様はお気になさらず。仔猫と戯れていただけですから。それより明日の流れを確認しておきたいので屋敷で一番高い塔から外を見ながらお茶なんていかがですか? 街の様子もよく見えますよ」
「ええ。行ってみたいわ」
「では、ノエル君はレナーテの相手をしてきてください」
「は?」
「レナーテはネージュ殿の所へ行くそうですよ。ロベールが本物の巫女を晒し、偽物を掴まされたテニエの格を落とそうとしていることを伝えに行くつもりだそうで。どうしてもネージュ殿に気に入られたいらしい」

 リシャール様の話からすると、レナーテはネージュの事が本当に好きみたいだ。ノエルはそれを知っていたのか、小さく溜息をついた後、面倒そうに言い返した。

「兄者なら適当に追い払います」
「分かっている。しかし向こうの連中は君だけ友好の証が不完全だと思っているし、巫女の不在を気にも留め無い様な無能な守り人では不味いだろう? ネージュ殿に相談する素振りを見せておかないと」
「キュピピ~」
「分かりました。神獣様がそう仰るなら。昼前には戻ります」
「キュピ」

 神獣様の助言によりノエルが渋々と出で行き、私はふと思ったことを尋ねた。

「リシャール様。レナーテの行動を、何故ご存知なのですか?」
「ああ。ロベールの周りには私と通じた兵士しかいないからだ」
「しか。ですか?」
「ああ。ロベールの近くにいればいるほど、彼に付いていこうと思う側近などいないのですよ。ですから、全て筒抜けです」
「そうですか。リシャール様が敵じゃなくて良かったと再認識しました」
「ははっ。それはどうも」

 さっきまで見せていた作り笑顔とは違って、親しみやすい笑顔を溢したリシャール様は、私の視線に気付くとキリッと眉根を寄せ、こちらへ真っ直ぐに手を差し伸べた。

「では参りましょうか。アカリ様?」

しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...