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第二章 婚約者と仔猫

006 証の持ち主

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「あれを何だと思っているのですか。神獣様の成長に必要な物なのですよ。それでも守り人の一族の一人ですか!?」
「……黙れ。貴様なんぞに誇り高き獣人の何がわかる」

 ついカッとなって声を上げると、ネージュの目から光な消えた。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。孤高の支配者だったら、己と対等に言葉を交わすことが出来る相手を求めるはずたから。
 私は震える手を握り締めて自分の言葉を絞り出した。

「獣人は関係ありませんし、出会ったばかりの相手の事なんてこれっぽっちも分かりません。私は、尊き神獣様の守り人の役割について言っているのです」
「小生意気な人間め。その守り人の役割とやらはノエルに言え。貴様、人間の癖に良く吠えるな。しかし、口の利き方に気を付けろ。お前の立場をわきまえることだな。――ノエル。神獣様を任せたぞ」
「はい。兄者」

 ネージュの静かながらも圧のある言葉とその光のない瞳に貫かれ、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
 この人が私の婚約者。ハードル高過ぎ。
 もし攻略に失敗したら、本当に一生奴隷にされそうだ。

「大丈夫か?」

 ネージュが馬を走らせ立ち去ると、ノエルが尋ねた。
 私はその時、息もできないほど身体が硬直していて、それに気付いたノエルが背中を軽く叩いてくれて、やっと身体が自由になった。

「ごほっ。げほっ……。あ、ありがとう」
「凄いな。お前。あんなに好き勝手に言ったのに、兄者を怒らせなかった」
「えっ。十分怒っていたでしょう? 怖くて身体が言うことを効かなくなっていたのよ」
「あれは、挨拶程度の威圧だ。普通に怒らせていたら、それだけで護衛兵ですら兄の威圧で卒倒する」

 確か、威圧のスキルを持っているキャラがパーティーにいると、雑魚敵がよって来なくなる。実際にあんな奴がいたら近寄りたくないし。

「……私だったら即死レベルってことね」
「は? お前、やっぱり変な奴だな。あ、そうだ。兄者は友好の証を捨ててなどいないからな。持ち主はオレだ」
「え。貴方が?」
「ああ。ほら」

 ノエルは徐ろに尻尾を私へと伸ばした。尾先には友好の証のペンダントが付いたネックレスが巻きつけられていた。

「父は兄に引き継いだが、兄はそれを拒否してオレが」
「じゃあ。私は貴方との友好を深めればいいのね」
「は? あ、そうか。そうだな」
「キュピピィ~」

 面倒くさそうに返事をしたノエルを見ると、ネージュには無関心だった神獣様が高らかに鳴き声を上げた。

「神獣様も喜んでらっしゃるわ。貴方で良かった。ノエル」
「なっ。何でだよ!? 兄者の奴隷と仲良くするなんて、オレには迷惑な話なんだからなっ」
「ど、奴隷なんかにならないわよ! ネージュ様とも、時間はかかるでしょうけれど、きっと分かり合えるわ。それに、貴方だったら、神獣様を大切に思っているから気が合いそうだと思ったのに」
「……お前、噂と違うな。いや、傲慢で自由……ある意味合っているのか」
「そうかしら?」

 確かに、神獣様のこととなると、私は貪欲かもしれない。 
 少しは自制しなくちゃ。
 ノエルは目を細めて私を見据えていた。

「まぁいいわ。これからよろしくね。ノエル」
「……ああ。人間」
「味気ない呼び方ね。ちゃんと名前で読んで。私は羽咲あか……」
「ウサキ?」
「ち、違くて」
「は? 何だよ。ウサキって? クラルテ=トルシュ……だろ。幼名か?」
「いえ。えっと……。そうそう。ウサギが好きで、そう呼ばれていたの」

 取り敢えずノエルの案を採用したら、彼は呆れ返った様子で尋ねた。

「で、オレに幼名で呼んでほしいのか?」
「いいえ。……クラルテでよろしく。ここは人間ばかりなのよ。人間呼びはやめて」
「はぁ? お前から言ったくせに。じゃあ……巫女代理。これで文句ないだろ。さっさと城へ戻ろう。神獣様がお疲れだ」
「キュピ~」

 神獣様は私の頭に降り立ち、溜め息と共に鳴き声を漏らした。産まれてまだ数日。こんなに羽をはためかせたのは初めてだっただろう。しかし、ノエルに先に指摘されてしまうとは、お世話係失格だ。

「そうね。戻りましょう」

 ノエルは馬に跨がると、私へと手を伸ばした。
 彼の手を見て、友好の証の持ち主が彼で良かったと再度認識した。

「ほら。乗ってけ」
「……ありがとう」

 
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