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第二章 婚約者と仔猫

002 テニエの青年

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 ネージュ=テニエがトルシュを訪れる当日、レナーテは早朝から巫女探しの為にコリーヌ山にある祭壇へ調査へ行き、アレクは呪いの森の侵食を防ぐために、城壁近くの木々を切り倒しに行った。

 ダンテさんは私の身支度を完璧に仕上げると、食事の支度へと向かった。この城には、ダンテさんと極小数の使用人しか残っていないらしく、彼は大忙しだ。私は邪魔なだけなので神獣様と部屋に置いてきぼりだ。

 ネージュ=テニエが到着したらアレクが迎えに行き、私は城で待ち、顔合わせ中は黙ってニコニコしていればそれでいいと言われた。
 神獣様は朝からオリーブの実を食べ、私の頭の上でまったりしている。

「キュピ~?」
「どうかしましたか? 港に船が見えたら、ダンテさんが呼びに来てくださいますよ」
「キュピピッ」
「えっ。し、神獣様!?」

 神獣様は機嫌よく声を上げると、私の頭から飛び立ち廊下へ飛び出すと、窓枠へと降り立った。ここからは城の中庭が見える。花は一輪も咲いておらず、枝葉が揃えられた形の良い低木が並ぶもの寂しい中庭だ。

「キュピピィ~」
「誰かいらっしゃるんですか?」
「ピピッ」

 誰か見つけたのか、神獣様は窓から降下し中庭の方へと飛んでいってしまったので、私も後を追うことにした。

 ◇◇

 飛んでいったはずの中庭には誰もいなくて、神獣様を探し回るも、声すらしない。ドレスは窮屈で動きにくいし慣れないヒールでかかとは擦り切れていた。

「痛っ。絆創膏貼らなきゃ……。はぁ。そんなものあるわけ無いか。あ、あそこ――」

 中庭を抜けた城壁の方へと目を向けると大きな城門の横にある通用門が開いたままになっていた。

 もしかしたら城外へ出て行ったのかもしれない。私は急いで門へと向かうと、神獣様のご機嫌な鳴き声が聞こえてきた。

「キュピピピぃ~!」

 門を抜けると白い石畳の広場があり、中央の大きな噴水に目を引かれた。小鳥が羽を休めるのに丁度良いのか、鳥のさえずりが聞こえ、水のカーテンの向こう側には紫色のローブを着た人影が見えた。

 紫といえば、テニエの国の色だ。もう到着していたのかと驚いたが、こんな所で一人でテニエの方がいるのはおかしい。
 警戒しつつ歩み寄ると、噴水の向こうで神獣様がそのローブの人の腕に止まり、何やら楽しそうに戯れている様子が伺えた。

「良かった……」

 誰かは分からないが、悪い人ではないようだ。
 ホッと安心し、噴水を避けて迂回し足早に近づくと、ローブの人の顔が見えた。
 まだ少年らしさの残るあどけない顔の青年で、紫色の瞳は慈しむように神獣様を見つめている。とても優しそうな子で、その容貌は『トルシュの灯』に出てきた攻略キャラのジン=テニエと雰囲気が似ていた。
 もしかしたら彼がネージュ=テニエかもしれない。

「あのっ。貴方は――」

 声をかけたら急に鋭い瞳で睨まれて、言いかけた言葉は驚きと共に失くしてしまった。そして彼は、私を睨みつけたまま一歩ずつゆっくりと近づいてきた。

「お前。巫女なのか?」
「えっ?」

 私が驚くと、彼は神獣様と顔を見合わせ会話をするかのような行動を取った。
 そう言えば、テニエは神獣様の守り人を務める種族だから、神獣様と意思の疎通が取れるスキルがあった気がする。 
 攻略キャラであるジン=テニエの「巫女のくせに何にも分かってねぇな」って捨て台詞が大嫌いであんまり選ばなかったキャラだからすっかり忘れていた。

「おい。神獣様がそう仰っている。お前は巫女なのか?」
「神獣様が……あ、貴方。本当に神獣様の言葉が分かるの!?」

 この人がいれば、神獣様が人型になる前でも会話ができるかもしれない。ゲームの中だと、私より神獣様と仲良しアピールしてくるから鼻につく存在だったけれど、よく考えてみると、何と稀有な力を持った人物だったのだろう。

 そう気づくと気持ちが高ぶり自然と声が大きくなってしまい、彼はそんな私を見て顔を引きつらせ、一歩身じろいでいた。
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