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第二章 婚約者と仔猫

001 神獣様の寝床

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 神獣様は、可愛らしい嘴でオリーブの実をつついて食べたり、嘴をテッカテカにしながらオリーブオイルを舐めたりして食事を楽しむと、私の部屋の隅に置かれた台座の上でご就寝された。

 台座は神獣様の形態に合わせて進化していた。今は石の台座の上に藁が敷かれ、その上に赤いクッションと止り木がある。
 これも魔法なのだと感激していたけれど、もしかしたらダンテさんが用意したのかも知れないと、さっき気付いた。
 でも、現実離れした状況であることに変わりはない。

「美し過ぎる……。これが現実だなんて、夢みたい」

 でも、夢ではないのだ。
 私のお腹の虫が豪快に唸り声を上げているのだから。

 夕食は今日もごく少量だった。クルミパンとミルクスープ? 具なしでミルクだけだから、ホットミルクかな。
 この国の現状を知った今、量が少ないのは仕方がない事なのだと頭では分かっていても、身体は正直だった。

「お腹空いた。いずれ慣れるわよね……」

 ここは、火山を有する小さな孤島で、この島に唯一存在する国がトルシュ王国である。
 現在、王国の大半は呪いの森に侵食されている。
 呪いの森は植物を介して徐々に範囲を広げ、先月、小麦とオリーブの畑も紫色に変色させたそうだ。今やトルシュの領地は、城より海岸へ抜ける街しか残っていない。

 しかし、アレクだって何も対処しなかった訳ではない。森の侵食に対抗する打開策はないが、畑の移転は進めていたし、近隣国へ援助を求めたりもしたそうだ。

 その結果、国民の半数以上が隣国のヴェルディエや他国へと移住する事が出来て、今は海岸沿いの人々とトルシュの王族だけが島には残り、呪いを解く為の策を講じようとしている。

 また、獣人族の国であるテニエ王国は、五十年前に途絶えた交友を、王女との婚約を機に解決し、国民のトルシュへの不信感を払拭してから援助したいと言ってきたそうだ。

 ネージュ=テニエ王子が、クラルテを気に入っているとの話も聞いている。
 明日は初めての顔合わせ。テニエと言えば、ツンデレ系キャラで、神獣の守り人を務める種族だ。

 神獣が存在すると分かればより友好的な関係が築けるだろう。友好の証も、きっと持っている筈だから、神獣様の成長にも繋がる。

「フフッ……。やだ。私、笑ってる」

 ついつい笑みが溢れてしまう。
 でも今日、神獣様の進化を目の当たりにしたのだから仕方がない。
 このままうまく行けば、神獣様はもっと成長して――。

「いずれ人型にも……。フフッ」

 また笑ってしまった。神獣様を進化させるには、最低でも三人との友好関係を最大値まで築かなくてはいけないのだから、まだまだ先なのに。

 でも、巫女の事が気がかりだ。
 本来なら、異世界から召喚された巫女が攻略対象者との友好を深めれば神獣様は成長する。だけど今は、悪役であるはずの王女である私がそれを担っている。

 私は婚約者がいる王女なのだから、恋愛感情ではない愛を深めればいいのよね。誰からも慕われる神獣マニア……じゃなくて、愛され王女を目指すのよ。

 まずは手近な所から攻めましょう。毒舌王子の信頼を更に得て、そして婚約者のネージュの好感度を上げていかなくては。婚約者の好感度を……。

「そっか。私は王女なのだから、本当に婚約者なのよね。ということは……愛の種類で言えば恋愛? 違うか。家族愛? ……なんか違うな」

 今まで恋人すらいなかったのに、未来の旦那様に会うんだ。ツンデレだから慣れればデレてくるのよね。猫耳に尻尾だし可愛い……わよね。

「ああっ。想像したら緊張してきた。どうしよう……。あら?」
「キュピィ~」
「えっ。寝ていらしたんじゃ……」

 いつの間にか神獣様は、私の膝に寄りかかり、背中に顔を埋めると、そのまま寝息を立て始めていた。

「あぁ。癒やしだわ~」

 神獣様の側にいられるなら、何でもいいや。
 私は神獣様を起こさないように台座の上のクッションに寝かせ、自分はベッドに横になった。
 私にはダンテさんだっている。身の振り方なら教えてくれる。だから――。 

「きゃっ」

 顔面に何か柔らかいものが降ってきて、私は悲鳴を上げた。その柔らかいものは直ぐに顔から離れ、ふよふよと浮かび私の枕の隣に落ちた。

「神獣様……」

 赤いクッションの上に神獣様がいた。
 どうやら私の枕元を寝床に選んだみたい。
 まだ幼鳥だし、甘えん坊なのかも。

 私は神獣様の温もりを感じながら眠りについた。
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