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第1章
魔物と精霊
しおりを挟むやがて月日は流れ半年が過ぎようとしていた。
リアムの身体も心も次第に癒されていった
ムウ夫妻は山で生きる為の知識を教えてくれた。
リアムは夫妻の仕事を手伝い、山での狩りにも慣れ、夫婦の
生活を支えていた。
彼はそこでも修行を怠らなかった。大木を運ぶのを
トレーニングとし、狩りを戦いに想定して行っていた。
そしてある夜の事、彼ら夫婦の息子であるデリーが
城下町から戻った。
最初はリアムに驚いたデリーではあったが、その優しき家族の
中で育ったデリーも快くリアムを歓迎するのであった。
デリーは山や森暮らしの知識を生かし城下町で薬剤師の
仕事をしていた。彼は城下町の兵が血眼になりオスカーの実子を
捜索している事を話した。
リアムは夫婦に自分がオスカーの実子である事を伏せていた。
彼らを争いに巻き込みたくないからである。
彼は父オスカーが何者かに拐われた現実を知ったその日から
父を救うべく修行していた
拐われたと言う事はオスカーが無事である証拠である。
そしてドレン卿は何かあった時の為に実子であるリアム
を人質にしておきたかったのである。
ムウはその話しを誤魔化すかの様に口を開いた。
「リアムや……」
そして静かに目を閉じて何かを決心する様に語り始める
「以前話した化け物の事だがの、この山には精霊ていうのが
おってこの森を悪しき者から守っておるのじゃ、
お前さんもこの森に住む者として一度行ってみるがえぇ」
「しかしな森の精霊は人を守っておるのでは無い。森を守る者、
命の保証も無ければ帰れる保証も無い。」
「行く行かないかはお前さん次第じゃがお前さんの行く道に
取って必要不可欠な物になるかも知れんと儂は考えるのじゃ」
その目はリアムが心配でならない目をしながらも敢えて
リアムの事を真剣に思っての強い意志を感じる目に
リアムは直感で感じたのであった。
レイラも同じ目をしながらリアムの身体をそっと抱きしめた……
デリー「父さんあの場所は未だかつて踏み込んだ者を返した
事がない魔の森ではありませんか、私は反対です」
ムウ「儂はとんでもない事を言っておるの、しかしの
あの森から帰った者を儂は知っておる、そう儂じゃ……
私が16歳の時、森の奥深く住む魔物に追われた時があっての」
「儂は父から決してその森に入っては行けないと
言われとったのだがつい獲物を追ってしまい、知らぬ間に
足を踏み入れてしまったのじゃ
「儂のご先祖や近隣の者も奴の餌食になった者は少なくない
充分に注意はしておるが最近ではこの辺りでも被害者が
出てとるそうじゃ」
「その魔物は片手に蛇のような杖を持ち目は無くて
頭は羊のような角を生やしておった……
口が長細くその口からは異常に長い舌を3本生やしておって
断末魔のような雄叫びを上げながら儂を手に持つ杖で
切りかかって来おったやがて、その杖の様な武器には
毒が塗られておった様で儂は意識朦朧の中
森の奥深くにある大きな泉に辿り着いたのじゃ
「その魔物は泉には近寄ろうとしなくての……やがて意識を
失った儂が目を覚ますと2対の黒と白の精霊と出会ったのじゃ
彼等は私を治療し森の出口付近まで儂を案内してくれた」
「彼等はこうも言っておった、森を伐採だけする人間は敵だが
お前は森に新たなる息吹をこの森にもたらしている。
お前もまた森の一部として儂らが守ってやろう」と
「悪い精霊ではない事は事の経緯から、わかるじゃろうて」
彼が何故このような話をし敢えて危険な森の精霊に
会わそうとするお爺さんの心理をリアムはこの時はまだ理解は
出来なかったがその目には優しさと真にリアムの何かを思っての
言葉である事だけでリアムは精霊に会うリスクを冒すには
充分過ぎる理由であった。
翌朝になりデリーの反対を押し切りリアムは禁断の森へと
向かう、デリーは街で売る筈だった貴重な薬を全てリアムに
持たせた。
リアムは懸命に断ったがデリーはリアムを家族と思っている
兄が弟の心配をするのは当たり前といい、持って行かないなら
この薬は捨てるとまで言われリアムは渋々其れを受け取った
その薬は彼等が生活する為の資金源であり、其れを渡す事は
ムウ一家にとって生きるギリギリの食べ物しか買えない事を
リアムは知っていたからこそ余計辛かったのである。
ムウは言った
人は雨や風を凌ぐ場所と生きる為の必要最低限の食料があれば
それで良いのだと、その薬でリアムが危険を回避出来る事こそが
その薬の今の使うべき時だと。
お爺さんもお婆さんもデリーも満点の笑顔でリアムを送り出した
リアムはその瞼のない瞳に大粒の涙を流しながら山の奥深く
出発したのであった。
時は過ぎ辺りが暗くなり始めた頃、リアムの周りの草木が
ざわめき出した
夕暮れに赤く染まる景色こそ綺麗ではあったが、リアムを
取り巻き始める不穏な空気感はやがて緊張のヒリヒリ感と変わる
ガサガサ……
ビュッ
リアムの顔めがけ矢が飛んで来た、リアムはその矢を片手で
軽々しく掴む。
お爺さんの話から何者かが森にいる事も、その者は毒を使うとも
知っていた彼の心は冷静であった。
リアムの周りに徐々に霧が覆いはじめた
その霧は次第に黒くなり始め、リアムの身体に、まとわりつき
始める。
その闇は絡みつく様に獲物に取り付くと動きを封じ込めるかの
様に重く冷たく、のしかかる
動きの取れにくい、この霧にリアムは身体を丸め始める
彼にとって恐怖は、この恐怖では無い。
自分の家族を奪われる事そしてムウ家族の幸せを失う事である。
彼はムウ家族を脅かすその存在を許さない
恐怖という感情は怒りへと変わり、その愛に応えるように
心は冷静にその魔物を捉えようと集中していた。
恐怖は足をすくわれる、今は恐怖を力に変える時
成し遂げる為に、その目的に纏わりつく一切の感情を排除し
感じる事だけに神経を研ぎ澄ます
獲物を狙う魔物は用心深く、時だけが過ぎて行く……
心の恐怖をさらに練り込み筋肉を極限までに収縮させ続ける
常人ではこの恐怖に耐えられずその場を駆け出すであろう
その隙を魔物が狙っている事を彼は直感で察していた
狩りで培った野生への適応、追う者と、追われる者
両者の感情をリアムは自然から学んでいた。
やがて闇が彼の全体を覆い尽くして数分が経った
リアムは覆い尽くされる闇を指の動きで、その粘着性を計る
その強さが増す度に身体の筋肉をさらに引き締めてゆくリアム
獲物がもう動けないと踏んだ魔物が背後からリアムの後頭部
目がけ襲いかかった!
ドスン!鈍い音を立てその凶器のハンマーは地面へと突き刺さる
リアムは溜めていた筋力を一気に解放し、それを回避すると
同時に魔物へ飛びかかる
それは木から地面へ滴り落ちる水滴の早さより数段早かった
ハンマーが地面へ刺さる同時にリアムの拳は魔物の顔面を
粉砕していた
何事も無かったかの様にリアムはその場を離れようとした時
背後から魔物が再び立った。
その顔はムウが言う通り人でも獣でもない異様な姿だった
ユラユラと立ち上がる魔物、顔面はリアムに半分粉砕されるも
血の代わりにドス黒い霧を出していた
頭を割られ、なお立ち上がる姿はまるで恐怖を具現化した
姿だった。一瞬の怯みに魔物が襲いかかるも辛うじて躱すリアム
そのスピードたるや森のどの生き物よりも速かった
リアムは恐怖を呑み込み再びそれを怒りに変える
ムウ一家を守る為に感情は怒りを通り越してゆく……
高々と奇声を上げドス黒い霧を全身に纏い姿をカモフラージュ
しながら突進してくる魔物にリアムの研ぎ澄まされた一撃が
頭部を荒々しく、わし掴みにする。
激しい突進にリアムの指は裂け腕からも裂傷が起こる
肋は数本折れ激しい痛みが脳を突き刺すも彼は魔物の頭部を
完全に粉砕した。
激痛に膝を落とすリアム……
しかし三度、魔物がその影をより濃くしながら妖しくも立ち上がった
気付かないリアムの背後から魔物の鋭い爪が容赦なく肩を貫いた
「うぐっ」
その鋭い爪は刺さりながらリアムの肩をゆっくりと抉っていった
だが彼はそこで倒れる訳にはゆかなかった。
気絶する様な痛みに耐えるも動きの取れないリアムにとどめの
一撃が襲うその瞬間、化け物の背後からまるで紐で形取った
大きな手が魔物を殴り吹き飛ばした!
その勢いたるや台風の風の様な風圧にリアムも人形に様に
大木の一つに激突した。
衝撃で肋が更に折れ彼は完全に動けなくなった
意識が朦朧としてリアムは気絶した……
数刻経ちリアムは目を覚ますと彼は大きな泉の側で
寝かされていた。すると泉から一本の糸で形成された様な形で
とても大きな顔が緩やかに顔を出し始めた。
それは白い顔と黒い顔の2体の精霊であった。
ズザザザザ……
その精霊たちはリアムに問いかける
白の精霊「お前はこの森に何しに来た……」
その声はとても大きくやまびこの様に反響する声であった。
黒の精霊「白よ、人間に問いかけるまでもない
早々に殺して森の栄養としようではないかぁぁ……」
白の精霊「黒よ、慌てるでない、この者は、森を荒らす
あの魔物と戦っておったではないかぁぁ……」
黒の精霊「確かになぁ、あの邪悪な魔物には
手を焼いておるよなぁぁぁ」
白の精霊「それより、この者から匂うこの香りには身に覚えが
あるぞぉぉ……」
黒の精霊「そうじゃ確かに身に覚えがある匂いだぁぁ……」
白の精霊「それにこの者からは邪悪な匂いは感じるがその奥に
とても強い光りの匂いも感じるぞぉぉぉ……
お主ひょっとしてムウの知り合いかぁぁ?」
事の経緯をリアムは精霊達に話した。
精霊達は元はこの森の意識でありこの世界に存在しながらも
物質としては存在しないものとして森を見守る事しか
出来なかった。
ムウの家系は代々この山で育ちこの森の精霊達が
まだ形を成し始めた頃ご先祖がその一本の紐に家族の平和と
森の平和を願ってこの泉に投げ込んだ、
その糸に込められた想いが彼等の意思と同調し
その紐を媒介にして意識体だけであった彼等はこの森から
仇なす者を守る力を得た様だった。
黒の精霊「ムウはいい奴だぁぁ……黒はムウが認めた奴なら
助けたいぞぉぉ」
白の精霊「事の経緯は理解した、ムウは何の意味もなくお主を
此処へよこすとは思えないぞぉぉ……
我ら兄弟ムウに紐なすお主に力を貸すぞぉぉ……」
白の精霊「それにお主からは、とても強い宿命と
意思を感じるぞぉぉ……
覚えておくが良い、人間には必ず宿命を背負って生まれて来る。
それが皆が皆、なし得る訳では無い。大概がその宿命を
放棄するか道半ばで挫折してしまぅぅぅぅ……」
黒の精霊「そうだ、その渦が大きければ大き程に
その過酷さは増し、必ず反発する闇が外から内から
襲いかかるのだぁぁ……」
「宿命は成し遂げたとしても、すぐにまた宿命は課せられる
終わりがあるのかは我らにも解らぬがお主がその定めに
立ち向かう意思が有るのならば我ら兄弟お前を地獄へと
誘ってやるではないかぁぁ」
白の精霊「その地獄とお前の歩む道が無から現実に生成
されるかはお前次第であるぅぅぅ現実は人が作るものなのだぁ」
リアム「成し遂げ……なければ成らなない……事がある。
だが、おれ……には力がない兄弟よ、この出会いが
宿命の一つならば、お……れに力を貸してく……れ
俺には放棄することも目を塞ぐ事も選択肢にはない……っ!」
白の精霊「宿命は求める者にしか姿を現さず」
黒の精霊「旅立つが良い求める者よ」
泉の上空に一本の光の筋が突き刺す、時空に歪みが出来
周りの景色が歪む、リアムの身体が光りに吸い込まれると同時に
現世の身体が粉々に弾け飛んだ。
白の精霊「現世の身体をも次元を越えさせる力は我らには無い。
宿命の男よ、お主が再び、この地に戻れるかはお主次第だ……」
「主が彼奴に認められ定めがお主を必要とするならば
その身体は再びこの大地を踏みしめるであろう」
リアム手記
宿命も運命も希望も絶望も光も闇も……
全ては己が作る物、目を背け堕落へ堕ちるも天を掴むも
その全ては自分が現実にするもの、他人の人生を生きる事は
誰にも出来ない。
周りがそれを阻もうが、世界がそれを阻もうが、
それは壁に過ぎない。
人が生きる道は誰のもでもない自分だけの道である。
置かれた環境に嘆く者、陥れられる者、利用される者
世界や環境がどうであれ、己の人生は己だけの世界である。
その全ては自分だけ人生である。
見る物も感じる事も、物事の全てが……
故に変えられるのもまた、自分だけである。
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