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籠城 前編

籠城⑤

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念の為ヒビが入る筋を見極めるクリス
倒壊の際どの方向に倒れるかを予測した。

ロープに体を巻き付け倒壊の際に下に落ちない様に
準備を進める彼だったが……

その手を止めた……

「駄目だ……この建物2階は全て落ちるな
倒れた際、ロープで
体を固定すれば外すにも時間がかかる」

「倒壊の際に体に巻き付いたロープも体の自由をも
奪いかね無い、いやそもそも2階が全て落ちるなら
ロープの意味が無ぇ……」

握り締めた短銃2丁の状態をチェック、ナイフも
出すもなにせ数の多いゾンビには最早玩具である。

囲まれれば銃なんぞ、恐怖心のある武器の無い
人間なら多少は効果はあるが……

八方塞がりだった。

「……」

「もう……いいか」

手が止まり空を見上げた。

「パッパラー……」
「ゲームオーバー……か」

空は彼の命の危険など素知らぬ様に何時もと
変わらぬ景色だった。大地で起こる人間の事など
関係無いと言った感じだ、時間も同じく
何が起ころうとその歩を止める事も無い。

「どうせ最後ならアイツ道連れにしてやっか……」

悪戯にドラグノフのスコープでハクを見た。

「……」

彼は真剣だった、ハクを希望を見た彼にトドメを
刺す事、其れはこの世の未練を断ち切る事でも
あったのかもしれ無い。

ユックリと引き金に置かれた指に力が入る……

決意の後押しを込めて……

「じゃあな、この腐った人生に……」

「……」

だが彼は見てしまった……ハクの懸命な姿を
何時もならターゲットの表情等、目に入り込んでも
気にする所か背景のように感じていた筈の彼の目に
吐きながらも冷えた体に手から見える赤い血を
鉄パイプを曲げたフックで配線を伝う様に
此方に向かうハクを

「……何故そんなに頑張ってんだ」

「何の為に……?」

「ヤツは逃げられた環境だった……それは確かだ」

「……」

「まさ……か」

「……俺の為?」

「ははっ、まさかな……俺は奴に殺意があった、
其れは奴も感じた筈だ」

「だが……」

「だが奴は……今鉄塔にいる……しかも逃げる
方向が逆だ」

「山側に伝う鉄塔に行くんだろ?
何故此方に向かう必要がある!」

手が血で滑り落下しそうになるも体を紐で縛り
安全帯を施したハクの体が宙にぶら下がる。

だが彼はその都度ロープを伝い無様にも
よじ登り此方に向かった

「……アイツ命落とすぞ」

「壁に書いた文字……やはり此処に」

「何の為に……俺の為……」

クリスは懸命に違う答えを導き出そうとした。
自分の今までの生き方を否定する彼の行動に
懸命にハクのメリットの理由を探る。

「何か理由がある筈だ、人間は損得で動く筈
奴のソレは何だ!」

「何なんだ!」

思わず声を上げ叫んだ。

怒りに似た感情が彼を襲う。

その声に反応し、下にいるゾンビも動きを
活発かさせた。

どれ位の時間考えたろう……
俺を助け仲間に?冗談じゃねぇ!俺は1人で
やってきた、これからも変わらねぇ!」

「仲間だ?反吐が出る!裏切る癖に!」

「……」

「裏切る?奴がか……ならそれ以前に此方に向かう
理由が無え……」

「仲間だ?……奴がそんな事考えるか?いや
そもそも今も俺は奴に殺意を持ってる
事を奴は知ってる」

「いや、そもそも仲間に引き入れる理由がねぇ……
逆だ、あるとすれば敬遠する筈だ」

「わからねぇ……」

雪の穴で過ごした過去の時間が思い出された。

あの状態と同じだ……と
そしてさっきまでの其れはハクも同様だった筈

「置いてかれたあの時、人を信用しないと俺は……
俺は……誓った」

「……」

「だが今俺の見る光景は何だ?いったい何なんだ」

「裏切る前提も何もありゃしねぇ!
元々仲間でもねぇ!廃墟では俺は奴を襲い今も」

「このままほっときゃ奴には……メリット……
しか無ぇ筈……だ……よ……な」

「体がボロボロで……向かう理由なんか
何処にも、コレっぽっちも……なぁねぇだろ」

「クソ!何なんだ!」

クリスは引き金に力を入れた。
其れはプライドだった自分が生きてきた中で培った
全てを否定するこの現状とその存在を消す為に


「……俺はあの時」

「……」

「助けて……欲しかった……」

命が助かるという結果論では無かった。
雪の穴での出来事は人を信じたい、見放したくは
無い、幼きクリスの心、今は薄れた本当の自分の
信じたかった大切な心の何か

夢でも見てるかの様な自分に向けられた現実
だがその過去の現実と同じく自分の身を挺し
此方に向かうハクもまた現実

同じ現実でありながら相対的な現実……

クリスは引き金を引かなかった
いや引けなかった……

「……」

「はは……は」

「そうか俺が……俺が信じたかった
モノが此処に……」

クリスの目には涙が流れた。

手で涙を拭うクリスは暫くうつ伏せになった。
ハクから見えない様にする為だった。

だが彼の心の闇は深く、その現実を否定したい心が
彼を再び支配して行く

「めんどくせぇ……全て……」

近づくハクにライフルを肩から背負い
近距離用の拳銃一丁をポケットの中に握り締め
指は引き金に、更には置いた指に力を入れた。

葛藤の時間は4時間も過ぎていた。
だがクリスにとっては一瞬だった
逆にハクにとっては永遠に続くかと
思われる時間だったろう。

同じ時を生きるも流れはまったく違っていた。

体力がもう殆ど無い状態のハクはクリスが苦悩
している間にほぼ到着する距離迄来ていた。

鉄塔をクリスの居る高さまで降り
ロープを鉄塔から倒壊建物近くの電柱へ
投げ込み『H』型の様に繋ぐ

其れを伝いクリスの真上付近迄、
到着したのだった。

そして着いた瞬間クリスの居る二階の半分が音を
激しくたてて一気に崩壊し始めた。

ハク「もう時間が無い!僕の手に捕まって!」

2階に手が届く様に安全帯であるロープを利用し
宙に浮いた状態でぶら下がり逆さまの姿勢でハクは
クリスへと手を伸ばす。

クリス「……」

顔を下げたままハクに近づくとクリスは手を
差し出した、しかしその手には拳銃が握られ
ハクの額に向けられた……

かつての雪の穴の時とは逆の決断……
コインでは無く拳銃を出したクリス

ハク「早く!」

差し出された手を前にクリスは未だ俯きを通す
彼の頭の中に悪魔の様なモノが囁きかけた。

囁く声「……もう自由じゃなくなるぞ、
やりたい様にやって何ものにも縛られない
自由が消えるぞ……」

クリス「やりたい様にやって……自由……」

同時に囁く声がもう一つ……

幼な心のクリス『もう自由……になって……』

「自由……」

頭に響く二つの声、今までの彼、そしてあの穴で
起きた彼の人生の分岐点前の彼自身……
そう、幼いクリス自身の心だった。

囁く声「また信じて裏切られる事を味わいたいのか
……あの時もそうだったろう、
信じた仲間に後ろから刺された事を忘れたか?」

クリス「う……裏切り」

幼な心『誰に裏切られたの?……』

囁く声「自分の身が危険になった時、仲間はお前を
どう扱ってきた?いつもそうだったろう……」

「都合の良い時だけ近づく、危険になると離れる
存在……それが人ではないのか?」

「……」

囁く声「あの時も形勢が不利となったあの時も
お前を差し出そうとした者もいたなぁ……」

クリス「あぁ……いたな、1人や2人では無かった」

「だが全ての人間じゃない、あの時の奴は……
奴は家族の為だったかも知れない……
あそこでクタばる訳には行かないと言う……」

囁く声「あの時も、この時も……敵はお前を憎み
味方はお前を利用する……」

幼な心『僕はどうしたかったのかな……』

囁く声「常に勝ち続けなければ……
お前は見捨てられている」

『見捨てられたく無いから勝つの?』

「あぁ……そうだな、俺はアイツらを纏めあげ
なきゃならなかった……奴らの弱い所も暴力性も」

「犠牲も出した……今更かもな」

『やり方は間違ってたかも知れないけど……
その本心は何だったの?』

囁く声「その全てを否定する存在は目の前だ……」
「お前の生きてきた人生全てを……」

『その全てに引っ掛かった答えが目の前に……』
『僕が生きてきた人生全てを……』

囁く声「握れ!」
幼な心『握れ!』


「お前の象徴を!引き金を!その否定する存在に
向け引くだけでお前は再び自由を手にする事が
出来る……なに、簡単な事さ……指を引くだけさ」

『僕の象徴を!手を!その肯定する存在に向け
握るだけで僕は再び本当の自由を手にする事が
出来る……なに、苦労するだけさ……
これから君は本当の意味で自由なんだから……」

俯くクリスの顔が不気味に笑う……

囁く声「そうだ……お前は……お前の本性が
それなのだ!自らの野生を取り戻せ!
生きる為に!強き自分を取り戻す為に」

幼な心『僕の本当の姿、なりたかった自分
葛藤する心、本性がそれだよ!自らを取り戻せ!
生きる為に!強き自分を取り戻す為に』

クリス「……」




















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